失格

風降リモート調教⑥
※つきあってない
※ギャグ

聞きなれないアラームの音で目を覚ます降谷さん。
えっちなことはしていない。

ごあいさつ
課題
我慢
未熟
休息
失格
錯誤
首輪(終)


瞬きをする。

聞きなれない電子音で、目が覚めた。
ベッドボードに埋め込まれた目覚まし時計。スイッチを押しアラームを止める。

風見が手配した、ビジネスホテルのベッド。いつの間にか、僕は眠っていたらしい。
時刻は午前七時。
アラームをセットした覚えがない。しかし、鳴ったということはセットしたんだろう。
していたはずのアイマスクと、ワイヤレスイヤホンがない。あげく、あの調教が最終的にどうなったのか記憶がない。酔っぱらって記憶を飛ばす人の話を聞いたことがあるが、僕には健忘の経験がない。記憶の空白に、そわそわした気持ちになる。

それにしても、今朝は、ずいぶんと、体がすっきりしている。
射精欲に惑わされ、寝不足が続いたが、昨晩は久々によく眠れたらしい。

布団から這い出る。備え付けの簡易デスク。メモの存在に気がついた。

――お疲れさまでした。今日はゆっくりしてください。

それは、風見裕也の筆跡で間違いない。
僕は首をかしげながら、ひとまずシャワーを浴びた。

 

記憶があるのは、射精許可をもらって出したところまで。
出したのは、三回だったろうか? いや、もう一回あった気がする。よく覚えていないけれど、僕は、確かに、四度目の許可を求めたはずだ。

手書きのメモが置いてあった。それから、飲食の形跡も。
風見がこの部屋に来たことは、まず間違いない。
ならば、昨晩の調教は、リモートで始まり、途中からはこの部屋で直接的なものに切り替わったということだろうか? 思い出せないことがふがいない。この様子では、ご主人様から指導してもらったことも、すっかり抜け落ちているだろう。

いずれにせよ、風見に問い合わせる必要がある。
そもそも、本来の予定であれば、昨日から今日の昼頃まで、みっちりと、風見からM奴隷のお作法を教えてもらうはずだった。ご主人様探しにてこづった分、残された時間は少ない。いささかの無理は承知で、駆け足で調教を、つけてもらうしかない。

シャワーを終え、部屋に戻ると、風見からメールが届いていた。
添付された画像を確認する。SNS上のやり取りを収めたスクリーンショット。僕はびっくりした。あわてて、風見に電話をかける。

「風見か? メール、確認したが……あれは?」
「おはようございます。確認しましたか? メールにも書いた通り、ターゲットの調教経過を記録した画像です」
「これは……どこから?」
「特殊な世界ですから……愛好者が集い、情報交換するような場があってもおかしくないと思いまして、会員制のSNSを探したんです。そこから、降谷さんにいただいた情報をもとに、見当をつけながら閲覧を繰り返したところ……あっさり見つかりました」
「そうか……」
「会員用のURLと、自分が取得したIDとPassがあります。そちらでログインしていただければ、実際の書きこみを確認できるかと」

風見はいつの間に、ここまでの調査を進めていたんだろうか。
それに比べて僕ときたら。昨晩のリモート調教のことを、途中までしか思い出せない。

「ところで……非常に情けないことに、僕、三回目の射精の後の記憶がなくてな……いや、四回目までは、ぼんやりと覚えてはいるんだが……最終的に、調教がどうなったのか……覚えていなくて。君、この部屋まで、来てくれてたんだろう? そこまでしてもらったのに……僕は」

風見はよくやってる。
それに対して、僕はといえば、一人前のM奴隷になれぬまま、前夜の調教の記憶すら失う始末だ。

「あ……四回目……覚えてらしたんですか?」

風見に、問われて

「おぼろげながら……」

と、答える。

「勝手をしてすみません。しかし、体を拭いていたら、反応していらしたので……同じ男としてつい……手助けしたくなり」
「……体を、拭いた?」
「……はい。あの……降谷さん、覚えてらっしゃらないんですか? 途中で寝落ちしていたということに……」
「え? 僕……調教中に……寝たのか?」
「……いや。なんでもありません」
「報告しろ。ちゃんと……昨日なにがあったのか」
「……では、話します」

 

 

「つまり、僕は……極度の睡眠不足から……三度目の射精を終えたのち、眠っていたと?」
「ええ」
「そして、君は……僕の体調を心配してこの部屋にかけつけ……僕の……えーと……もろもろを始末し、部屋を去ったと?」
「そうなります」
「……では、僕の調教は、ほとんど、進まぬまま……ということか?」
「まあ、そうですね」

風見からの報告に、ショックを受ける。

「……すまない、君が、いろいろと協力してくれたのに」
「それはいいんです。……アレですから。俺が、おとといの夜、調子に乗って命令を追加したことが、深刻な睡眠不足に追い打ちをかけたわけで……。だから、あれは、ご主人様である自分の不手際です」

そうは言うが、どう考えても僕の落ち度だ。

「だが……僕が眠っていなければ……」
「……。数時間ほど眠ったあなたを、寝せたままにしたのは自分の判断です」
「……しかし、君が僕を起こせなかったのは、僕がぐっすり寝入っていたからだろう?」
「それは、違います」
「……?」

ベッドに腰を下ろし、風見の書いたメモを見つめる。

「仕事で、あなたを調教するのは、限界だと判断しました。……あなたを起こして調教の続きをするよりも、SNSから、対象につながる情報を集めることを優先しました」

その判断は、おそらく正しい。
恥ずかしい。僕が童貞だから、こんなことになってしまったのだろうか?

「……僕は、M奴隷失格か?」
「それにお答えするのは、難しいですね。ただ……少なくとも、当初の予定通り、あなたをM奴隷として、例のクラブに送るのは難しいと考えます」
「それに関しては、僕も同意する。なによりも時間がないし、君が、SNSから取ってきた情報を活かす方が、より安全に成果が得られると思う」

SNSを探る。あるいは、本人の周辺に近づき探りを入れる。基本的な捜査手順だ。
それなのに。
どうして、僕はその選択肢を取らず、自分がM奴隷になることにこだわったんだろうか。

「降谷さん……自分には、あなたの能力を推し量ることはできません。ですから……失格だとか、そうでないとか、そういうことは、あまり気にしないでください」
「ああ」

電話の向こうから、深呼吸の音が聞こえた。

「ただ……俺は俺自身のことをそれなりに正確に把握しているつもりです。降谷さんが……と、いうより……今回の仕事、俺にはちょっと難しかったです」

風見のメモを、ポケットにしまいながら、窓の外を見た。

「そうか……すまない。僕の方こそ。不慣れな分野ゆえに……粗相がいっぱいあったし……なによりも、少し、意固地になっていたかもしれない。一つの方法に固執しすぎるのはよくないな……君が取得したID……ありがたく、使わせてもらう」
「……降谷さん」
「なんだ?」
「……そこの朝食バイキング、おいしいので……。前回は、朝ごはんを食べずにチェックアウトしてしまったんでしょう? ワンちゃんの朝の散歩。今日は、自分がやっておきますから……ゆっくり、ご飯食べてから、家に帰ってください」

その言葉に、僕は、温かい気持ちになった。
そして、風見はもう、僕のご主人様ではないのに。彼は、僕の部下に過ぎないのに。

――なんて優しいご主人様なんだろう

って、そう思った。

 

 

 

【あとがきなど】

降谷さんを起こさなかった風見裕也。
そして、昨日のことをあまり覚えていない降谷零。
風見が、SMのSNSに入ったのは、あくまで捜査のためです。
降谷零……風見をただの部下として見れなくなってきました。
私はSMって、よくわからないのですが。おそらくそれは、恋愛感情とは異なる、M奴隷としての感情の芽生えなんだと思います(?)

 

 

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