風降リモート調教
※つきあってない
※ギャグ
※性行為はないですが、卑猥な言葉や性的な表現があります
調教課題を失敗しそうになった降谷さんは……?
①ごあいさつ
②課題
③我慢
④未熟
⑤休息
⑥失格
⑦錯誤
⑧首輪(終)
時刻は、午後七時を過ぎたところ。
部下と一緒に、三週間後に迫る外交イベントの警備計画を立てていた。
ポケットにしまった、スマホがふるえる。画面を確認しなくたって、その、振動パターンで電話の主がわかる。
「すまん、ゼロからだ」
俺はいつもの通り、電話に出る。
「かざ…、あ……いや……えっと……」
冷や汗が噴き出た。乱れ切った呼吸音。とぎれとぎれの声。発音は不明瞭でろれつが回っていない。
これは……明らかに普通じゃない。
「……少し、席外す」
「え……?」
「状況が分かり次第、連絡する。あと、その警備計画、明後日までに提出だから、わかる範囲で詰めておいてもらえると、助かる」
ミーティングルームから抜け出し、電話を、インカムに切り替え、降谷さんに声をかける。
「もしもし、どうしたんですか? ケガ、ですか……? それとも、体調が……」
「かざみ、あの……いや……ごしゅじん、さま……僕、でちゃ、いそ……で」
「……え?」
駐車場に向かって走り出し、十秒が経ったか経たないかのタイミング。
降谷さんは確かに「ご主人様」と言った。
走るのをやめ、人が来ない場所を探し、歩き始める。
「えっと……ですね」
「今、仕事中なんですが」と、言おうとして、気がつく。これもまた、業務であるということに。
三日前、降谷さんにリモート調教のご主人様役を頼まれ、それを引き受けた。
おとといの夜、一度目の調教をおこない、二度目は、明日の夜と約束したはずだ。
出ちゃいそう、か……そう思いながら、階段を上がる。
「課題、難しかったですか……?」
簡単にしたつもりだったんだけど……と、思いながら、周囲を見渡す。人の気配はない。
踊り場で足を止め、降谷さんの答えを待つ。
「すまない……僕が……あっ……はあ……未熟であるばかりに……」
悶えるように、声を、ふるわせながら、降谷さんが謝罪する。
もしかして……というか、おそらくこれは……自慰をしながらの電話ではないだろうか?
俺は、深呼吸をし、ご主人様らしいふるまいを考える。次の約束を前にして、電話をかけてきた降谷さんをなじるべきか。あるいは、勝手に射精せず、縋りついてきたことを褒めるべきか。
難しい選択だと思う。
そもそも、どうして、俺が、上司の射精についてなんらかの判断をしなければならないのか? 役割を受けたのは自分ではある。しかし、職場でこのような電話に対応している状況に、気持ちが冷めていく。
「謝らないでください。悪いのは、課題の難易度設定をミスった俺ですから。それに、まあ、おとといも言いましたけど。俺たちの目的は、あくまで、調教ではないので……」
ある種の職務放棄ともとれる言葉。だが、降谷さんだって、本気でM奴隷を志望しているわけじゃない。
これが、本当の調教ではないことを確認することで、俺は、判断の保留をはかった。
「射精管、理……っ」
「え……しゃせ……? って?」
降谷さんの口から、その言葉が飛び出たことに、少しだけめんくらう。
困ったことに、降谷さんは、本気だ。
「……ちょ、うきょおの……。基本だって」
「射精管理が?」
「うん……んっあ……んん」
「降谷さん。もしかして……俺に、射精許可をもらいたくて、電話してきたんですか?」
そうたずねれば。
「そう、だ……ぼく、だしたくて……もう……ぃっちゃいそうで……」
降谷さんが、今にも泣き出しそうな声で、射精許可をねだる。
こうなったら、腹をくくるしかない。神聖な職場で、リモート調教を……という戸惑いを「これはゼロから託された重要な仕事なんだ」という気持ちでねじ伏せる。
そして、スマホで自作の資料「調教時のセリフ集(ご主人様).pdf」を開いた。
まずは、状況確認だ。
調教である以上、M奴隷からご主人様への状況報告が大事になる。
射精したいということは分かったが、降谷さんは、今どこにいて、現在ペニスはどういった状況にあるのか……など報告させる必要がある。
「えーと……。で、降谷さん……今どういう状況なんです?」
「えっと……昼に、組織の女と……打ち合わせをしたあとっ……はあ……家に帰って、寝不足解消のために、昼寝しようとしたら……」
「うん」
「したく、なってしまって……」
「はい」
「でも、そこから、なんとか……ハロと遊んだりして……気を紛らわせていたんだけれど……シャワーを浴びたら……ん……むしょうに……」
降谷さんは、ところどころ、つっかえながらも、自身の状況について説明した。
だが、主人である俺が知りたいのは「こうなった経緯」ではない。「今現在、自身の体がどうなっているのか」聞きたい。
「あの……それで? 今はベッドですか?」
「うん……っ……」
「服は……?」
「着てないっ……」
俺は、メゾンモクバのベッドを思い浮かべながら、次の言葉を考えた。
「えーっと……それで、降谷さんは、掛け布団は……?」
「えっと、布団の中だ……」
「じゃあ、まず、布団の外に出て、ご自分のぺ……」
ペニスと言いかけて、口をつぐんだ。さすがに職場で、その言葉を発するのは憚られる。
「えーっと、ご自身の……その」
「布団から出たぞ……それで……僕は……どうすれば?」
「えーっとですね……、その……」
「風見……? 電波が悪いのか? あっ……よく聞こえないのだが……」
「その、ですね……ぺ……」
「え? ペットか……君、まさか……犬とまじわれと……?」
調教しているのは、俺なのに、なぜか、俺の方が恥ずかしい気持ちになる。
職場で、性器の名前を呼ぶ場合、どうすればいいのか? 世のご主人様たちが、書き綴った、調教の際の声掛けの例文。彼らは、どうして、恥じらうことなく、これらのセリフを述べることができるのか?
おそらく、これは覚悟の問題だ。
そう……俺は、まだ、腹をくくれていない。
最初の調教の際、降谷さんにM奴隷としての覚悟を説いたくせに、俺自身は、降谷さんのご主人様になることを、十分に飲み込めていなかった。
M奴隷をしつけるということは、M奴隷を支配することであると同時に、俺自身もまた、M奴隷に縛られるということだ。カイシャにいる間も、俺は、あの人のご主人様である。
――ペニス……この程度の言葉を言えなくてどうする。
「いえ、ペニスについてお聞きしようと思いまして」
「……そっか。……報告……」
「そうです。チンコ、どうなってるんです?」
一度、声に出してしまえば、恥じらいは、どこかに消えた。
眼鏡の位置を直しながら、職場でご主人様を演じる覚悟を決める。
「えっと……ガチガチになってて」
「うん……」
「先っぽから、我慢汁が出ています」
俺が、恥じらいを捨て、性器の名前を告げたおかげだろうか。
ようやくM奴隷らしい報告を聞いた気がする。
俺は、PDFファイルから「オナニー実況の際の声かけ」のページを開き、次の言葉を選んだ。
「えーと……降谷さんは、俺と電話をしながら、ペニスを勃起させ、いやらしい汁を垂れ流しているんですね」
「ああ、そうだ……じゃない。そうです。僕は、えっと……いんらん? なので、ご主人様に明日までって言われたのに、がまんできなくて……その……ペニスを、勃起させています」
おとといとは、別人のように、たどたどしいながらも実にMらしい言葉で、ご自身の性器の状況を報告する降谷さんに驚く。
降谷さんは、天才肌であるが、それだけではない。ものすごい努力家だ。
一度、トレーニングに付き合わせてもらったことがある。忙しい日々の中で、あの人は、アスリート並みのメニューをこなしていた。
おそらく、初回の調教でうまくできなかった点を、修正するために、勉強を重ねたのだろう。
M奴隷らしい言葉を集めた暗記カードを送ろうか……などと考えていた自分を恥じる。そんな、お節介……あの人には必要ない。降谷さんは、自分で自分を高めることができる男だ。
だが、一人の力ではM奴隷には、なれない。
M奴隷には、ご主人様が必要だ。俺のすべきことは、はっきりしている。自身のご主人様力を上げ、降谷さんによりよい調教を施すことだ。
「ご主人様……?」
不安そうな声で、降谷さんが、俺を呼んだ。
ここが職場であるとか。相手が、上司であるとか、そんなことは関係ない。
右腕として、ご主人様役を引き受けたのだ。ならば、M奴隷を調教管理する主人として、責任ある行動をとらなければならない。
降谷さんは、射精したい。
M奴隷に、射精を許可するのであれば、どのように精液を出すのか、的確な指示を出さねばならない。
「降谷さん……今日は、チンコ触ったんですか?」
「えっと……風見に……ご主人様に電話する直前まで、少し……」
「今は……?」
「触ってない」
なるほど、だから、電話を始めた当初よりも、しゃべり方が落ち着いてきたのか。
俺は、少し考えて、降谷さんにたずねた。
「どうして?」
「それは……僕は、ご主人様に、射精管理してもらっているので……。勝手に触んない方がいいかなって」
「あの……声、だいぶ、落ち着いてきましたけど。そのまま、明日まで我慢できます?」
「え……?」
「だって、あと、一日ですよ? ここまで、我慢できたなら、できるんじゃないですか?」
調教課題の枠組みの確認。
射精の許可を出すことは簡単だ。だが、許可を与えるにしても「課題を達成できなかったことを自覚させる」段階を踏む必要がある。
この場合。もっとも、よくできたシナリオは、このまま「調教課題の続行」を誓わせ、明日、射精欲求が極限まで高まったところで、ご褒美として好きなだけ射精させてあげることだ。
それが難しいようであれば、条件付きで射精をゆるす。
「あ……明日、まで……?」
「ええ。だって、そのご様子だと、あの調教の後から、ずっと、出したくて仕方なかったんでしょう? それを、ここまで耐えてきたんだから、あと一日くらい、がんばれるでしょ?」
「……しかし」
「どうします? あー……でも、無理かな……俺がカイシャにいる時間に電話かけてきたくらいだし、相当、切羽詰まってるのでしょう?」
「え……君、もしかして……」
「ええ。本庁の、高層階の階段の踊り場にいます」
もしかしたら、降谷さんは、俺がカイシャにいるかもしれない……ということを考えられないほどに、射精のことで頭がいっぱいだったのかもしれない。
「……すまん。その……仕事の、じゃまを……」
「いえ、ご主人様としての仕事も、俺にとって、大事な業務ですから。で? どうです? 明日まで、我慢できます?」
「……がまん、する……」
「え……? 大丈夫です? それ?」
降谷さんの言葉に、拍子抜けした。
もちろん、職場で上司のオナニー実況を聞くような趣味はない。しかし、そうなることをある程度、覚悟していた。
それだけに、降谷さんが、明日まで我慢する道を選んだことに、驚いてしまったのだ。
「だって、ご主人様が、僕のために考えてくれた課題を……それ、に……」
「うん……」
「迷惑をかけてしまったし……」
「え、迷惑、ですか?」
「だって……君は、堅物だし。本当は、職場で、こんなセクシャルなことに付き合いたくなかっただろ? いくら、ひとけのない場所とはいえ……本庁で、卑猥な言葉を言うのだって……」
せっかく、慣れてきたのに、そこを指摘するのはやめてほしい。
恥ずかしくなってくる。
それに、迷惑、だなんて……そんなことを気にされるのは心外だった。
そりゃあ、俺だって、職場でご主人様をすることに抵抗はあった。だけど、降谷さんが、俺を頼りにしてくれていることが、うれしくもあるのだ。
「いいんですよ。そんなことは……」
「でも……」
あなたの役に立てるのなら、俺はなんだってします。
そう、言いたくなった。だけど、それじゃあ、俺の方が奴隷みたいだから。
「M奴隷をしつけるのは、主人の務めですから。まあ、これも業務と言えば業務ですし」
ご主人様らしく、そう答える。
「そっか、そう、だよな……」
「だいぶ、落ち着いてきましたね……」
「ああ。君のおかげだな。まだ職場だというのに、僕に付き合ってくれて……ありがとう。おかげで頭を冷やすことができたよ」
降谷さんの言葉が、いつも通りに戻っている。M奴隷っぽさがない。
でも……まあ、いいかと思う。なんであれ、この人にお礼を言われるのはうれしい。
「では、明日……。また、例のホテルに部屋を準備しておきますので」
「ああ……えっと」
「ん……?」
「調教課題を失敗しそうになって、ご主人様に電話をかけてしまった……えーっと、こらえ性のない……い、……いんらんな僕ですが……がんばって、明日の夜まで、射精を我慢しますので……明日も、なにとぞ、よろしくお願いします」
「えーっと」
「ごあいさつ、してなかったなと思って……」
はあ。とため息をついた。一般的なご主人様が、M奴隷にこのような感情を抱くかわからないが……。俺のM奴隷……真面目すぎてかわいくないか?
「そう……ですね。あいさつは礼儀ですもんね」
「ああ……いや、はい……。僕、ちゃんと、ごあいさつできてましたか?」
かわいらしさのあまり、意地悪したい気持ちが湧いてきた。
「おとといより、だいぶ、上手にできてましたよ。今日は、全裸でしかも、勃起させながらでしたしね……」
エロい気持ちになるような声掛けをする。
「はい……はあ……」
一生懸命、射精を我慢している降谷さんに、その声掛けは、効果てきめんだったらしい。とたんに、呼吸が乱れてきた。
「……あれ? もしかして、また、やらしい気分になっちゃいました? 本当に、明日まで我慢できます?」
「……我慢、します」
「じゃあ、また明日。たっぷり、しつけてあげますから……そうだな。今夜も、もう一回、途中までオナニーしてから寝るように」
「え……? そん、な?」
「無理ですか?」
「いや……がんばります。ちゃんと、我慢して……明日……」
「うん。信じてますよ。それでは」
「はい……ありがとうございました」
電話を切り、ふーっと、息を吐く。
時計を見れば、十五分も経っていない。
階段を降り、部下の待つミーティングルームに戻る。
――明日の調教が楽しみだな
そんなことを思い、俺は、顔がにやけそうになるのをこらえた。
【あとがきなど】
昨日の晩。がんばって、我慢して……
今日も頑張ろうと思ったけど、我慢できなくて、ご主人様に射精許可を願い出る降谷さんと……
降谷さんがギアを一段上げた感じの電話を入れてきたので、ちょっと戸惑ってしまった風見のお話でした。
課題失敗で、罰を……という展開も、いいよね♡ と思ってたんですけど……
降谷君が、がんばってるんで……どうにか課題を成功する方向で話を進めたくなり……
明日まで我慢させることにしました。