色男の条件

※初出:2021/4/29

【確認】
※性器に関する描写をちょこっと入れてしまったのでR-18になってますが、直接的な表現は、ほぼゼロです。
※風見裕也の過去の女性関係に言及する場面があります
※降谷零の過去の恋愛について言及する場面があります
※風見の友人ねつ造

風降芸能パロ

【あらすじ】
売れない劇団員風見裕也が、業界でも評判の美しすぎる敏腕マネージャー降谷零にスカウトされて……?!
降谷零から、飛田男六の芸名をもらい、彼の剛腕によって芸能界をのし上がっていく風見裕也だが……その変化についていけない自分がいて……


 

劇団の先輩に誘われたエキストラのアルバイト。
二十七歳の春。
そこで、俺は、運命の出会いを果たした。

現場の隅っこでひときわ目立つ、きらびやかな金髪。艶やかな褐色の肌。すらりと伸びた手足。そして顔がとてもいい。俺は「売り出し前のアイドルかな……」なんて。そんなことを考えながら、その横顔に見とれた。

グレーのスーツを着た絶世の美男子は、待機中の俺に「ちょっと、いいかな」と声をかけてきた。
怖いくらいに美しい笑顔と、差し出された一枚の名刺。
紙面を確認すれば、実力派俳優を多数抱える中堅芸能事務所の社名と、マネジメント部門統括課長の肩書。そして、どことなく芸名っぽさのある「降谷零」という名前が印字されていた。

「君、名前は? 今、どこかの事務所に所属している?」
「アマチュアの劇団に入っていますけど。事務所とか、そういうのは……。あ、名前は風見裕也です」
「ホォー……かざみゆうや。いい名前だな」
「……あ、ありがとうございます」
「ところで。かざみゆうや君……。君、僕と一緒に天下を取らないか?」
「……は?」
「僕が君を一流の俳優に仕立ててやる」

昔から、演じることは好きだ。
もう少し若かったころ。大学を卒業して三年目くらいまでは、ドラマや映画のオーディションに応募することもあった。けれど、背が高いことと声がいいことくらいしか取り柄がない俺は、大きな役を射止めるには至らなかったし、劇団の活動と、たまに舞い込んでくる教材DVDなどへの出演。それで、十分に楽しかったし満足もしていた。
だけど、目の前のたぐいまれなる美男子は。その容姿を武器に、いっそ自分で勝負した方が早いだろうに。どうやら俺を一流芸能人に仕立て上げるつもりらしい。
半信半疑。いや、疑いの方が先に立った。しかし、それでも、野心にゆれる青い瞳。その瞳で見つめられたら……断る、なんて選択肢は、瞬く間に消えた。

 

実際、降谷さんは、すごい人だった。
統括マネージャーという役職は、本来であれば、現場の業務は行わず。プロダクションに所属するマネージャー全員と、マネジメントに関するあらゆる事柄を統括するというのが正しい在り方なのだが。
彼は、わがままを通して、俺を直接の管理下に置いた。

同い年の友人とのサシ飲み。今はプロダクションをやめて、父親の経営する会社に入り、たまにアマチュア劇団で舞台に立つ役者仲間。彼にスカウトの一件を話したら、降谷さんがいかにすごい男なのかを教えてくれた。
タレントに対する的確なアドバイス。サポート。人望。美的センス。先を見通す力。そのどの能力も優れており、実際彼が担当したタレントは、現在日本を代表する役者になっている。
俺の一つ年下だから、現在二十六歳。学歴や経歴を問わない実力主義の芸能界とはいえ、二十六歳で統括マネージャーをしているというのは異例中の異例である。
昼間の大衆居酒屋チェーン。一杯299円のサワーを飲みながら、

『なんか同性愛者らしくて。あ、これは噂とかじゃなくて、雑誌のインタビューで彼が自分で語ってたことなんだけど。まあ、ゲイとしての男性に対する捉え方をマネジメントに活かしてるって話もしてたな。ただ、タレントのことはあくまで商品としてみているから、個人的な感情は一切交えずに仕事をしているって、その記事にはあったはず……だから……まあ、風見との間にそういうことは生じないと思う』

と、友人は語った。

『あー……俺も降谷零にマネジメントされてみたかった……』
『でもさ……俺の芸名。飛田男六だぞ? とても、本気で売り出そうとしているようには思えないけど』
『いいじゃないか。飛田男六。あの降谷零からもらった名前なんだから、大事にしとけよ』
『お前、ひとごとだからってなー……あの人ネーミングセンスないのか?』
『さあ……ていうか、そもそも、あの事務所……会社の方針なのかわからないけど。本名とか、本名の漢字を変えたくらいの芸名で活動してる役者がほとんどだから。やっぱりお前は、例外中の例外だな』
『……そうなのか?』
『ああ。それから、あそこは、スカウトってほとんどしないんだ……。実力重視だから、まずはオーディションを通らないと……。俺達みたいな劇団員から取るにしても関係者の推薦があった人間にしか声がかからない』

では、なぜ、俺はスカウトされたんだ? 謎は深まるばかりだ。
ガタイがいいことと、声だけが取り柄で。どこにでもいそうな顔と言われるこの俺の一体なにが降谷零の琴線に触れたのか?

『ますます、わからねえよ……』
『まあ、俺も、なにがなんだかさっぱりだけどさ。信じてみる価値はあると思うぞ? 美しすぎる敏腕マネージャー降谷零はだてじゃないからな』
『……美しすぎる敏腕マネージャー……ね』

 

――バイトを全部やめてこい
――君は、骨格はとてもいいのに、筋肉が足りない。専用のトレーニングメニューを準備したから、さぼらずやるように。は? 1セットでいいわけないだろ? 朝晩2回。3セットずつだ。
――いいか、芸能の仕事はこちらの事情などお構いなしだ。現場から急なお声掛けをもらうこともある。体調を整え常に最大限のパフォーマンスができるよう準備するのは、我々の最低限の仕事だろう?
――ラーメンのスープを飲むときは、どんぶりに口をつけ、上唇で油分をせき止めて飲むといい。おい、全部飲んだら意味が無いだろう?
――それはもちろん、期待している

統括の仕事をこなしながら、降谷さんは可能な限り俺の現場に付き添った。
もちろん、いつも一緒に居られるわけじゃないし、忙しい人だから。いきなり電話がかかってきて「今から一時間以内に現場に直行するように」なんて無茶な指示を受けたこともある。
だが、人遣いはあらいが指導はいつも的確だった。

降谷さんと出会って、わずか二年。売れない舞台俳優だった俺は活躍の幅を広げ。年末の日本マカデミーでは助演男優賞の候補にノミネートされるまでになった。
充実した日々。俺は満足していたが、降谷さんはそうでもなかったらしい。

――期待されるよろこび。

しかし、一方で、飛田男六という商品が独り歩きしていくような感覚に、俺は、ほんの少し戸惑っていた。

 

日仏合同制作の長編大作映画の主演が決まったのは、日本マカデミーの助演男優賞にノミネートされた『執行人』の忠実な部下役がきっかけだ。
偶然、俺の演技を眼にした新進気鋭のフランス人監督からの熱いオファーが実現し……。ということになっていたが。当然そんなわけもなく。降谷さんの売り込みのおかげだ。
ただ、そのようにした方が世間の反応がいいことを、芸術派でありながら商業的成功に対しても野心を持つ監督は理解していた。
したがって、制作発表記者会見で俺は、最近注目の演技派俳優飛田男六として、それらしいふるまいを求められた。
監督にべた褒めされ。共演の美人女優に「飛田さんは……大変、雰囲気がある俳優さんでして」などと、ふわっとした言葉で持ち上げられ。俺自身は、降谷さんと練習した通りに「前々から一緒に仕事をしたいと思っていた監督からまさかのお声掛けをいただき……」と、白々しい芝居を披露する。

その夜。
日仏のスタッフと役者たちの交流会が、都心のホテルで催された。
主演である俺は、部屋の手配までされていて、夜中まで飲んでも帰りの心配をする必要がなかった。
日付が変わるあたりまで飲んで。さらに六本木に繰り出そうとする一団からの誘いを断り、部屋に向かう。
大きな窓から見える夜景。キングサイズのベッド。センスのいい調度品。
なにもかもが、俺には分不相応だった。
数年前の俺は、一泊一万五千円のちょっといいビジネスホテルに泊まるだけで、ラグジュアリーな気持ちになれた。いや、今だって、きっとそうだ。今、あのホテルに泊まったとしても。俺は、朝食バイキングでパンを全種類制覇すると思うし、バスローブを着てはしゃいでしまったと思う。
そんなことを考えながら、夜景を眺めていたら、こんこんと、ドアをノックする音が聞こえた。
このフロアは、映画の関係者だけで貸し切りになっていたはずだ。スタッフかな……と思いながらドアを開ければ、そこには、美しすぎる敏腕マネージャー降谷零が立っている。

「あ……降谷さん。お疲れさまです」
「飛田、今日の記者会見の映像もらってきた。今から反省会するぞ」
「……はい」

お疲れさまの一言もなく、反省会は始まった。
備え付けのテーブル。俺たちは、ひざを突き合わせ、タブレットをのぞき込みながら今日の記者会見をふり返った。

「ここ、監督の代表作を引き合いに出しながら、本作への意気込みを語ったところ。これは、よかったな」
「ええ……でも、ここは、降谷さんと練習した箇所ですから……俺ががんばったというよりは……」
「……いや、さすが舞台出身だと思ったよ。たしかに、この発言の台本は僕が作ったけれど。飛田はちゃんと、自分の言葉にしてこれを表現している」
「……そんな。全部、降谷さんの指示の通りにしているだけで。俺が舞台出身であるとか、そういうのは関係ないですよ。会見の練習だって、前日にみっちり三時間。お忙しい合間を縫ってお付き合いいただいたし。……今日だって、統括の仕事を終えて、その足でここに来たんですよね?」

二十七歳の春。
たまたま、降谷零の目に留まって。「飛田男六」なんて、ふざけた芸名をもらって、そして、指示の通りに動いていたら、予算50億円の日仏合作映画の主役に抜擢されてしまった。
飛田男六は、降谷零の操り人形で。だから、アマチュア劇団で舞台に立って、たまに映像の仕事をして、ふだんはアルバイトに明け暮れていた風見裕也は、この状況をどう受け止めていいのかわからない。
飛田男六という分身に、おいてけぼりにされてしまったような、そんな不安があった。

「どうした?」
「……降谷さん。自分でも言うのもおかしいけれど。俺はどこにでもいる普通の顔をした男で。取柄と言ったら身長と声のよさくらいで。俳優としてのセンスや、表現者としてのこだわりだって、一流と呼ぶには程遠くて。……飛田男六が人気になればなるほど。自分が自分でなくなっていくような感覚があって……。なんか、すごく、怖いんです」

とうとう、弱音を吐いてしまった。
自分に不釣り合いな仕事。そのプレッシャーは計り知れない。

「……すまん」

降谷さんは、タブレットを鞄にしまうと、席を立ち、それから、自身のネクタイをほどいた。

「降谷さん……?」

仕立ての良いグレーのスーツは彼の勝負服で。今日、現場に来れないながらも、それを着ていたことに、今回の仕事に対する意気込みを感じる。
せっかく掴んだチャンス。それなのに、俺は、女々しいことを言って。降谷さんを困らせている。
ひらりと、降谷さんがネクタイを床に投げた。
そして、今度はジャケットを。
スーツを脱ぎ捨てていく降谷さんの仕草があまりにも美しくて、思わず見とれてしまったが。シャツのボタンが3つ外れたところで、俺はようやく、降谷さんが何をしようとしているのかを理解した。

「降谷さん……!」

服を脱ごうとしているということはわかった。しかし、なぜそうしているのかはわからない。
老舗ホテルの新館。空調は快適な温度で保たれていたし。ここは浴室でも、サウナでもない。

「……なにをしてるんですか? どうしたんです? やめてください」

声をかけて制止する。しかし、降谷さんは服を脱ぐのをやめない。
俺の方が身長は高い。だから、実力行使で阻止しようと思えばできたはずだ。
それなのに。俺は最後の最後。降谷さんが、パンツを脱ぎ去るまで、椅子に座ったまま、ただただ、その姿に見とれていた。

「風見さん……風見君……いや。うーん。風見?」

降谷さんが、俺を風見の名前を呼ぶ。芸名をつけられてからは、これが初めてだった。

「見ろよ、僕のココ」

言われる前から見ていた。

「君は、いい男だよ。マネージャーとしての僕はともかく。降谷零個人としての本音を打ち明ければ。僕はずっと、風見裕也のことを、こういう目で見ていた」

体が熱くなるのがわかる。

「もちろん、タレントとしての飛田男六も魅力的だ。君は僕の言うとおりにしてきただけだと言ったが、誰かの指示やアドバイスを、その通りにこなし続けるなんて、誰にでもできることじゃない。だいたい、マネージャーの僕は、スパルタなんだ。褒めることもあるが、それ以上に要求水準も高いし。そもそも、期待に応えられない人間は容赦なく切り捨てる」

卑屈になっていた自分が恥ずかしくなってくる。

「風見……セクハラと訴えてくれてもかまわない。だが、マネージャーではない、素の降谷零はずっと君に抱かれてみたかったし。君のことを思って、一人で体を慰めることもあった。君は本当にいい男なんだよ」
「……降谷さんのような美しい方が、一人寝を……?」

自分でも、どうしてそんなことを言ったのかはわからない。
だけど、少なくとも、降谷零のオカズにされていたことに不快感はなかったし。それよりも、降谷さんが一人寝していたという事実が妙に腹立たしかった。

「そりゃあ、忙しいし。僕は一途なんだ。一応、自分を同性愛者と認識しているし、自称もしているけれど、昔……女性に恋をしたことがあって。……小学生の頃に見たドラマの女医さんにずっと憧れてた……」
「ドラマの女医さん?」
「ああ。もう引退している女優だと思う。大学生になって、男性とおつきあいするようになってからも、彼女への憧れは消えなくて。僕がこの世界に入ったのは、彼女にもう一度、会いたいと思ったからなんだ」

それで、腑に落ちた。
これだけの美貌とセンスを持ちながら、この人が、表舞台に出ることを選ばなかった理由を。
彼は、自分が演じたり表現したり、またそれによって名声を得ることに対して興味がないのだ。

「そうでしたか」
「うん……。まだ、彼女には会えていなんだけれど。思いのほか、この仕事を気に入ってしまって……あ、すまん。なんか、妙な話をしてしまったな。まあ、とにかく、君は、いい男なんだ」

降谷さんが、にっこりと笑う。

「わかりました……。ですが、それを説明するのに、脱ぐ必要ってありました?」
「あるよ。君も男ならわかるだろ? 言葉は嘘をつくが、ここは、結構正直だ」

うすい金色の体毛から、にょきっと突き出たそれは、なんだかきれいな形をしていて。先端からは透明の蜜がしたたり、きらきらと光っている。
俺も男だからわかる。そこは、確かにそこは結構正直だ。
俺は椅子から立ち上がり、スラックスとパンツを脱いだ。

「おい……風見……いや、飛田……?! 君は一体何をしているんだ?」

先に脱いだのは自分なのに、慌てふためく降谷さんの様子が面白い。

「確かに……ここは、結構正直ですよね」

シャツの裾をずり上げて、そこを見せる。降谷さんが、ハァ…と短く息を吸い込んだ。
過去に関係を持った演劇仲間の女性から「風見はよく身長と声だけが取り柄って自虐するけどさ。もう一個いいもの持ってるじゃん」と評されたことのあるそれは、自分でも”かなりのもの”だと思っている。

「飛田……それ……」

降谷さんの視線が、俺のそこに釘づけになる。

「降谷さん、飛田じゃなくて……俺を……俺のこと、風見って呼んで?」
「ああ……。あの、風見。それ……どうして?」
「……降谷さんだって、男だからわかるでしょ。どういう衝動を感じた時に、ここがこうなるか」
「……でも……だって、君……女性の方が」
「降谷さんだって、同性愛者でありながら、憧れの女優さんがいたんでしょう? それも自分の職業を決めてしまうくらいに、強く恋い焦がれた……」
「……でも」

俺の身長は高い。そして、声がいい。
モデルのように背の高い降谷さんを前にしたって、俺の方がほんの少し目線は上だ。
丸裸の降谷さんに、ゆっくりと近づき。
そして、抱き寄せた。

「降谷さん。風見裕也が、本当にいい男なのか……もっと、ちゃんと、教えてくださいよ」
「……でも」
「俺は今、飛田男六じゃない。風見裕也という一人の男だ」
「……風見」
「お願い、俺がいい男であるという自信をください。……色男ってのはね。自分に好意を寄せている美人に、一人寝なんてさみしいこと。絶対にさせちゃいけないんです。……だから、お願い」

降谷さんが、俺の背中に手を回した。
前言撤回。
この部屋は俺に分不相応だと言ったが、やっぱりそんなことはなかった。とびきりの美人と最初の一夜を過ごすには、これくらいの部屋でなければ釣り合わない。
電気を消して、ベッドに寝転がれば、降谷さんが無我夢中で俺の唇に食らいついた。

 

 

 

【あとがきなど】

純黒軸!
執行軸!
原作軸!
ゼロ茶軸!

みんなみんな大好きだけど、風降のさらなる発展のためには、パロディがもう少しあってもいいのでは???

よっしゃ、私もなにかひとつ……と思って書いたのがこれです。

大きな仕事の前に身体を使って、風見裕也を盛り立てる降谷零ってのを書いてみたくて……書いた。
ちなみに、この二人は、この後も、大きな仕事のたびに

「君はいい男だよ……あ、すごい……すてき……すごい……いい」
「うんうん。本当に、俺のこといい男だと思ってます? 俺のこと欲しい? 俺で興奮しちゃう?」
「欲しい……君のこといっぱい欲しいよ……」

みたいな、セックスを繰り返すようになります。
風見裕也……甘えん坊さんかよ。

 

 

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