私の彼氏は上司を愛しすぎている

初出:Pixiv 2021.4.24

オリ主(28歳)が、風見裕也の恋人になるのですが。
風見裕也と、上司である降谷零の距離が近すぎるあまりに、つらい思いをするし、結局別れる話です。
誰向けの話なのか、書いている本人が一番わかっていません。
風降というBLCPを愛好している人間が書いておりますので、その要素を多分に含みます。

※あとがきは風降について語ってます


親友の結婚式。親族席にいた長身の男性。新郎のいとこ。風見裕也君。三十歳。
二次会で急接近した私たちは、メッセージのやり取りと二回の食事を経て、正式におつきあいをすることになった。
二十八歳の私と、三十歳の彼。それは最初から結婚を意識したものだった。
だから、つき合い始めて最初のデートで、彼は「警察官をパートナーに持つことの大変さ」について語った。風見君は、警視庁の中でも、特に忙しい部署に所属しているらしい。そして

「俺の本当の所属は、実家の家族にすら内緒なんだ。だから、君にも話せないことがたくさんできてしまうのだけれど……それでもいいかな?」

と言った。
眼鏡の奥で、小さな瞳が、揺れる。
会うのは三回目だったけれど、私は風見君が優しくて誠実な男だと知っている。私たちは、まだ、手すら繋いでいない。にもかかわらず、こんなに大事な話をしてくれた。きっと、勇気が必要だったと思う。

「うん」

私は、返事をして、それから彼の手に触れた。

つき合い始めてから一か月。食事に出かけることはあったけれど、私たちのデートはほとんど家の中で完結していた。
不満はある。少しは。
だけど、私たちの交際は順調に進んでいる。「この前、上司に君のことを報告したよ」と、風見君は言った。少し気が早いんじゃないかと思ったけれど、風見君が私との関係を真剣に考えてくれていることがわかってうれしかった。
上司さんも、私との交際をよろこんでくれているらしい。

一週間、電話もメッセージもなかった。
仕事だとわかっていても、少し不安になる。

だけど、今日。仕事終わりにスマホを見たら「夜、部屋に寄っていいかな?」というメッセージが来ていて、私は、お気に入りのクマのスタンプで「OK」を伝えた。
夕飯の支度をしていると風見君から電話がかかってきて「今、最寄り駅だけど……もう、家にいる?」と確認された。私は家にいて、二人分の食事の準備があと少しで終わることを伝えた。

「夕飯、作ってくれたんだ? ありがとう!」

電話の向こうで風見君はきっと笑顔だ。
それから、ほどなくして、インターフォンが鳴った。モニターに映る彼の顔を確認し、私は駆け足になった。玄関を開ければ、そこには風見君がいる。

「お疲れ様……。あと、これ、お土産」

差し出されたのはケーキの箱。わざわざ買ってきてくれたのだろうか?
一週間連絡が取れなかったやきもきが、あっという間に溶けて、私はただただ、幸せな一人の女になってしまう。
ご飯の後に食べようと言って、ケーキを冷蔵庫にしまう。

私は風見君に手料理をふるまった。

食後、食器を洗う風見君の横で湯を沸かした。お茶は、コーヒーにすべきか、紅茶にすべきか。

「ケーキはどんなやつなの?」

と、たずねれば

「あー。どんなだろう。実は、俺も中身を知らないんだ」

風見君が笑った。
彼は、少しとぼけたところがある。私は、風見君のそういう一面をかわいらしいと思う。

「なにそれー。店員さんのお任せにしたとか?」
「ああ、いや。この前、上司の話をしたろ?」
「うん」
「あの人が持たせてくれたんだ」
「え……? やだ、お礼しないと?」
「あー、それはいいんじゃないかな。あの人、なんか……はりきってるみたいだし」
「はりきってる?」
「俺と君が、うまくいくのを応援したいんだって。なんか、君の話をしたら……本当にめちゃくちゃよろこんでくれてさ。彼女のこと絶対に大事にしろよって。でも、ほら……。今回、君への連絡をおろそかにするくらいに忙しくなっちゃったろ? そのお詫びらしいんだ。このケーキ」

どうやら、わが彼氏は上司さんに、たいそう気に入られているらしい。働く風見君を見たことがないが、気配りのできる人だ。きっと、行き届いたお仕事をしているんだろう。
私は、うれしくなる。
紙箱を開けて覗いてみたら、ブルーベリータルトが二ピース。しっかりと色づいたそれがナパージュされて、つやつやと輝いている。

「あー……そういえば、お客さんの家の庭でブルーベリー摘みを手伝ったとか言ってたな」
「お客さん? ブルーベリー摘み?」

警察官らしくない言葉に、疑問符が跳ぶ。

「ああ、ごめん。ちょっと、その辺のことはあんまり話せなくて……。まあ、あの人の手作りケーキ、めちゃくちゃおいしいから。きっと、君もびっくりするよ」
「え……? このケーキ、上司さんの手作りなの?」

私は、驚くとともに、少し心配になった。

「ねえ……ケーキ作りするってことは、上司さんてもしかして、女性……?」
「いや、男だよ」
「えっ?」
「まあ、なんていうか、あの人は何でもできちゃう人なんだよ……」

眉を寄せて、困ったような顔をした風見君は、そのくせ少しも困ったようではなくて。それどころか、少し、うれしそうだった。
どうやら、風見君は上司から好かれているだけではなくて、彼自身も上司のことを好ましく思っているらしい。日々、大変な仕事をこなす彼らは、一般市民である私たちでは少し想像ができないような絆で結ばれているのかもしれない。
彼氏が、上司と良好な関係を築いている。そして、私自身も、その上司から気にかけてもらっている。
その事実だけを考えれば、とても幸せなはずなのに、私は言いようのない不安を感じた。

 

 

二週間後。連絡は取り合っていたけれど、風見君と会うのは久しぶりだった。
私は、今日という日をすごくすごく楽しみにしていた。
土曜日の昼間。めずらしく、私と風見君は、待ち合わせをしてデートした。
ランチを食べ、それから映画館に移動する。大ヒット上映中の「赤い糸の伝説」を私はまだ見ていなかった。
見るなら風見君と。そう決めていた。
今年一番の話題作。しかし、忙しい彼を映画に誘う勇気はなかったし、女友達と一緒に見るというのもわびしい気がして。BDのレンタルが始まったら風見君と一緒に見ようって。そう考えていた。職場の同僚にその話をしたら「BDのレンタルが始まるまで、つき合ってるって思うあたりに、愛されてる女の自信を感じる」と揶揄された。
でも、風見君と私の関係は、とても穏やかに進んでいたし、もとより結婚を意識しての交際だ。ずっと一緒に居ると考えるほうが、私には自然だった。

風見君が、スマホの画面を機械にかざし、チケットを発券した。

「風見君、席の予約しておいてくれたんだ」
「なんか、この映画館だと、このスクリーンの、この席が一番いいらしくて。例の上司が全部手配してくれたんだ」

頭がくらくらした。
疑問が湧いてくる。次から次へ。

「え? 上司さんが? めちゃくちゃ過保護だし、あと、なんか若いね……」
「若い?」
「……だって、ネットで予約しておいてくれたんでしょ?」
「あー……俺の上司、俺の一つ下なんだ」
「え……? 風見君の上司……若くない?」
「うん」
「それに……なんか」
「なんか?」
「ううん……なんでもない」

――どうして、私たちのデートの映画の席を、あなたの上司が準備したの?

せっかくのデート。水を差すようなこと言えるわけがない。
でも。映画を見た後。百貨店の喫茶室でパフェを分け合いながら。

「いやー……いい映画だったね」
「うん。すごく切なくて、でも、本当にロマンチックで……」
「やっぱ、あの人がおすすめしてくれただけあるな」

私は、風見君の、その言葉をゆるすことができなかった。

「え? 今日のデート。……座席どころか。映画を選んでくれたのも上司さんだったんだ」

彼の上司が準備してくれた席は本当によくて。首も疲れないし。音もとてもよく響いて、私は映画に没頭することができた。上司さんが、私たちのことを考えて、あの席を予約してくれたのもわかる。
だけど、たとえ、最前列で首が痛くなっちゃったとしても。鑑賞作品がちっとも興味のないスマホゲーム原作の実写映画だったとしても。私は風見君の選んだ映画を見たかった。

「え、ああ、うん。そうだけど?」
「……風見君は、それでいいの?」
「え……?」
「上司さんが、私たちのデートの映画を決めて、それで、席まで予約してくれて、それでもいいのかって聞いてるの」

パフェのアイスクリームが、どろどろに溶けていく。
風見君はきょとんとしている。

「あ、ごめん」
「ごめん……じゃないよね。風見君、私が、どうして怒ってるか、わかってる?」
「わかってるけど、でもさ……ふる、いや、俺の上司、赤色がダメなんだ」
「え……? 何の話?」

風見君の支離滅裂な発言に、苦笑いするしかなかった。

「あのね。俺の上司、赤色NGなんだけど。……俺が、どんな映画を見たらいいかわからないって言ったら、赤い糸の伝説がいいと勧めてくれて……それで、チケットの手配もしてくれて。赤がだめなあの人がだよ?」
「いや、ちょっと、よくわからないんだけど。……その上司さん、赤色のなにかに親を殺されでもしたの……? ちょっと、病的じゃない??」
「……いや、ちょっと。なんで赤がだめかってことについては……その……軽々しくは言えないんだけど」

歯切れの悪い言葉。
パフェのアイスはすっかり溶け切ってしまった。私は、冷めたコーヒーを一口すする。

「風見君。私、今日は帰るね」
「え……でも」
「ごめん。ちょっと、今日は一緒に居たくない」

不穏なやり取り。他の客が、ちらちらとこちらを見ている。こんなところで。こんな風に目立ちたくない。
だけど、決定的な言葉を言ってしまう前に、私はこの場から離れたかった。

その晩。

私は、カップラーメンをすすった。いつだったか、風見君が夜食用にと置いてったやつ。ずるずると麺をすすると、インターフォンが鳴った。
居留守を使おうか少し迷ってから、ゆっくりと立ち上がる。
モニターを見れば、そこにいたのは、やっぱり風見君だった。
私はすっぴんで、着古したTシャツに、毛玉のできたスウェットを履いていた。なんで、こんな時にって思う。だけど、モニターの向こうの風見君は、不鮮明な画像からも伝わってくるほどに、汗をかいて肩を上下させていた。

それを見たら、服装のことなんて少しも気にならなかった。

 

 

あの晩、風見君は「デートプランは自分で考えてほしい」という私の願いを聞き入れた。
次のデート。
風見君の家に行くとジェラピケの部屋着を渡された。ガタイがよくて強面の警察官。風見君はどんな顔をして、これを買ったんだろうか? そして、しばらくは、そのルームウェアを着ておうちデートを楽しんだ。

風見君はデートプランを自分で考えるという約束をちゃんと守った。時折、上司さんが作った「手作りそば」とか「かぼちゃのニョッキ」とかの差し入れはあったけれど、風見君にだって付き合いはあるのだろうし、あまり気にしないようにしている。
過剰なまでに赤色を嫌う風見君の上司は、きっと、かなりの変わり者で。実は風見君も苦労しているのかもしれない。
いつだったか「上司さんってどんな人なの?」という質問に、彼は「怖い人だよ」と答えた。

久しぶりに屋外でデートすることになった。少し郊外にある都立公園。
風見君はレンタカーを借りて私を迎えに来た。彼が考えてくれたデートプラン。お花を見たり、ボートに乗ったり、キャッチボールをして、それからランチをする。
公園についたのは午前十時で、風がすごく爽やかだった。二人で、走って、投げて、シートの上で寝転がって、すごく楽しい時間を過ごした。
やがて、お昼が近づいてくる。風見君が駐車場に行こうと言うので、後ろをついていった。
そういえば、お弁当の準備していなかったから、この後はどこかのレストランやカフェで食事をするのかもしれない。
しかし、風見君は車に向かわず、私を駐車場わきのベンチに座らせた。
少し不思議な気持ちになっていると、白いスポーツカーがスーッと駐車場に入ってきて、それから、目の前でぴたりと停まった。
びっくりして言葉を失う私に、風見君は

「ランチ。デリバリーを頼んであったんだ」

とほほえんだ。
スポーツカーで配達って、なんかすごいなって思いながら席を立つ。さらに、運転席から金髪のハーフモデルみたいなイケメンが降りてきて、私は度肝を抜かれた。すっごいきれいな顔。でも、冷たい感じの美形じゃなくて、ちょっと甘い感じがあって、あたたかみもある。

「少し待たせたか?」
「いえ、時間ぴったりです」

自分の彼氏が、ただの配達員に敬語を使っていることに違和感を覚えつつ(スポーツカーに乗っていて、モデルみたいな容姿という時点でただの配達員ではないのだけれど)、私はイケメンさんにお辞儀をした。

「風見、こちらが……?」

配達員が、自分の彼氏を呼び捨てにしている。

「ええ。かねてよりお付き合いさせていただいてる……」

まさかとは思うが、目の前のこのイケメンが……

「どうも。風見の上司です。すみません、仕事の関係で、名前を名乗ることができないのですが……。うちの風見が、いつもお世話になっております。あなたとおつきあいするようになって、風見は本当に楽しそうで……仕事中ものろけ話を聞かされてます」

嫌な予感は的中した。

「こちらこそ、風見がお世話になっております」

平静を装うって挨拶を返す。

「あの、以前、僕が差し出がましいことをして、あなたに不快な思いをさせてしまったみたいで……その……映画の件で」
「赤い糸の伝説ですか?」
「ええ。その映画のことで……僕が、余計なおせっかいをしてしまって、本当に申し訳ありませんでした」

上司さんは深々と頭を下げた。

「いえ。風見と話し合って、その件は解決しましたので。いいお席を取っていただき、ありがとうございます。とても素敵な映画でした」

私は、風見君の妻になったくらいの心意気で、上司さんにお礼の言葉を伝えた。
いつもと少し様子の違う私に、風見君は戸惑いを感じたようだ。さっきから、上司さんと私の顔を交互に見比べている。

「そう言っていただき、とても助かります」

上司さんはとてもきれいな顔で笑って見せた。
この笑顔で、何人もの女性をだましてきたのかもしれない。だが、あいにく、私は風見裕也の彼女だ。その笑顔にはごまかされなない。
この人がとんでもない変わり者で、風見君がこの男にふりまわされていることを知っている。
今日だって、きっと。私たちがこの公園でデートすることを聞きつけて、昼ご飯を提供したいと、この人から言い出したのだろう。
だが。

「あの、注文したものは?」
「サンドイッチとコーヒーと、焼き菓子だったな。ちょっと待ってろ、助手席のバスケットに入ってるから」
「ありがとうございます。すみません。お休みだったのに、わざわざお願い聞いてもらっちゃって」
「いや、君の彼女にご挨拶したいと思っていたし。この前の謝罪もしたかったから」

目の前で繰り広げられるやりとり。
どうやら、今日のお昼を頼んだのは、風見君の方だったらしい。

「風見君……上司さんにサンドイッチを頼んだの?」
「ああ。だって、今日はさ、最高のデートにしたかったし。ピクニックといえばサンドイッチ。そして、俺の知る限り、一番おいしいサンドイッチは、ふる……いや、この人が作ったものだから……。君も、この前のニョッキとか、おいしそうに食べてたし。よろこんでくれるんじゃないかなと思って」

いや、どうしてそうなる。
たしかに、風見君は今回、自分でデートプランを考えたのだろう。しかし、なぜランチが上司の手作りサンドイッチになるのだ。そして、上司。見た目かっこいいのに、休みを返上で、部下のデートのための弁当作りするって、なにを考えてるんだ? 暇なのか? もしかして友達がいないのか?

「風見は、こう言ってますけどね。単純に僕の料理の味が彼の舌になじむだけで、これはいたって普通のサンドイッチですよ。彼はあまりものをつめた弁当でも、本当においしそうに食べてくれるんです」

仕事中にのろけ話を聞かされている? のろけ話を聞かされてるのはこっちの方だ。
そして、風見君は、どうして、うれしそうな顔をしているのだろうか? おいしいサンドイッチを食べられるから? それとも、休日に上司と会えたから?

「では、デートの時間を邪魔するのもあれですから……僕はこれで」
「配達ありがとうございました」
「ああ。風見……うまくやれよ」
「え? や、やだなあもう……! ……まあ、がんばります」

いや、これでうまくいくものか。
そう思いながらも、白いスポーツカーが駐車場から去るまで笑顔で手を振り続けた私は、めちゃくちゃ偉いと思う。だれか、表彰してくれ。
こうして、最悪な気持ちで食べたサンドイッチは、そのくせすごくおいしくて、私の不機嫌は加速した。

帰りの車内。

「あの人が着てたカーディガン。あれ、すごくかっこよかったろ?」

風見君が、なぜか、あいつの服装を褒めだした。

「どっかのブランドもの? 風見君の上司って高給取りなんだね。車も高そうなやつ乗ってたし」

私は、適当に話を合わせた。
気のない返事をしたのに、彼は楽しそうに

「ああ、三か月前に米花百貨店に入ったドメスティックブランドの店なんだけど。パターンがすごくあの人に合っていて。しかも、あのグレー。ちょっと特殊な染め方をしているらしくて。あの人の肌の色にもよくなじむんだ」

と語った。

「風見君、どうして、上司さんの服についてそんなに詳しいの? もしかして、風見君が選んだやつだったり?」

茶化したつもりだったが

「いや……すまない。その辺のことについては、仕事のことだから話せないんだ」

風見君が真剣な顔をしたから、私の憂鬱は深まる。

「風見君。ごめん。今日、お泊りするって言っちゃったけど。調子悪くなっちゃったかも。久しぶりの遠出だったし……風見君の上司に会って緊張しちゃったし」
「あー……うん。わかった。じゃあ、このまま送っていくよ」
「うん、ありがとう」
「いえ」
「じゃあ、ちょっと、眠るね」
「うん、家の前に着いたら起こすよ」

こういう時、その人の人柄がすごく出ると思う。
風見君は少し残念そうな顔をしたけれど、いら立ったりはしなかった。風見君の運転は、すごく丁寧で、安心して眠ることができる。
私は風見君のことが大好きだ。

唯一、上司さんとの、おかしな距離感をのぞけば。

 

 

女子会で風見君の話をすると、みんながそろって彼をこき下ろした。
不思議なことに、そこまで言われると逆にかばいたくなる。私は風見君のいいところを片端からあげて、女友達をあきれさせた。

結局、風見君との関係はずるずる続いている。

あれから私は、最近体調が崩れやすいから、デートはなるべく家の中でしたいと申し出た。今のところ、さすがにお互いの家に上司がたずねてくることはない。
料理の差し入れも断った。「料理の上手な奥さんになりたいから、なるべく私の作ったものを食べてほしい」とお願いしたら、単純な風見君は私の意見を受け入れた。

それでも、プライベートではないほとんどの時間を、風見君とあの上司は一緒に過ごしている。
風見君も、彼の上司も、だいぶおかしな人だけれど。そのおかしな関係に、嫉妬のような感情を覚える私もどうかしているのかもしれない。

私の料理を食べる時、風見君は、おいしいの前にいつも一呼吸置く。
単純に味わっているだけかもしれない。こんなのは被害妄想かもしれない。
そう思うのに、風見君の舌が私が作ったのとは違う誰かの料理とを比べているんじゃないかって。馬鹿げたことを考えてしまう。
もうすぐ、私は二十九歳だし。先に進むにしても、関係を清算するにしても、決断は早い方がいい。

休日、彼の部屋に合鍵で入った。すると、居間のハンガーに、見覚えのあるグレーのカーディガンがかかっていた。
マイバッグに詰めこんだ夕食の材料。私は、それを床に落とし呆然とした。
夕飯は作れなかった。食材を冷蔵庫にしまうことすらしなかった。
真っ暗な部屋のソファで彼の帰りを待つ。
がちゃんと、玄関の開く音。いつもなら何よりもうれしいその音が、今は、不快に響いた。

「あれ、来てたの? どうした? 電気もつけないで」

部屋の明かりをつけながら、風見君が、ゆっくりとこちらにやってくる。そして後ろから抱きしめられた。
今の私には、それを押しのける事すら億劫だった。

「ねえ、風見君。あのカーディガン」

お帰りも言わずにたずねた私に、風見君が満面の笑みで言った。

「ああ、あれ? 覚えてた? 公園デートの時に俺の上司が着てたやつ。この前、おさがりでもらったんだ」
「ねえ、いい加減にしてもらえるかな?」
「え?」
「……さよなら」

合鍵をローテーブルの上に置く。
ちょっと奮発して買った、化粧水も。この前、貸したばかりの漫画も。何も持たないまま私は彼の部屋を去った。

 

 

 

【あとがきなど】

この話はですね。
風見裕也と降谷零がくっつかないと、こういう不幸な女が生まれてしまうので。
風降はくっつかないとだめですよ、という。そんな寓話だったりするのです。

さておき。これ、降谷さん視点だったり、風見さん視点だったりすると、めちゃくちゃかわいい話なんですよ!

たとえば、映画のところ。

<降谷さん>
風見に彼女ができた……!! 部下の幸せのために、一肌脱ごう……!
どうやら「赤い糸の伝説」が、おすすめみたいだけれど……
赤い……か。
く…っでも、風見たちの幸せのためだ……僕は、何としても、前売りで良席を確保して、二人にいいデートをしてもらうんだ……!

<風見さん>
降谷さんが、あ、赤い糸の伝説の映画のチケットを準備してくださった?!
赤NGの降谷さんが?! ご自身でこの映画を選んで、チケットを?!!!
降谷さん!!! 俺、絶対に、素敵なデートにしてみせます……!

って感じですからね。
二人はすごく楽しそうなんですけど、風見さんの彼女からしたら、まあまあな地獄なわけです。
しかも、二人とも、悪意が全くないから救いがないのです。
だからね。風降は風降で完結すべきなんですよ。
でないと、こういう不幸な女が生まれます。

 

 

0