ゆう君。

初出:べったー 2021/9/23

【確認事項】
〇これを書いているのは、風降の女です。
〇むなくそ悪いお話です。
〇夢主の貞操観念が、ゆるめ。
〇最後に、ほんの少しですけど。30歳になった風見裕也と、降谷零が出てきます。風降って程じゃないけど、風降っぽいっかもしれません(風降の女が書いているので)
〇夢主の浮気描写がある(性描写もほんのり)

夢主:20歳の大学三年生。浮気もするし、最終的にでき婚もする
風見裕也(24):夢主の彼氏(元・彼)

あらすじ:
失恋したばかりの夢主が、風見裕也に口説かれておつきあいするようになるが……
やがて、浮気をしてしまい。最後めちゃくちゃ詰められて別れる話。

夢主:デフォルト名 Aちゃん
夢主の友人:デフォルト名 Bちゃん

名前変換したい方はPixivへ♡


 

それは大学三年生になってすぐ。五月の連休明けのことだった。
前の彼氏と別れて、ちょっと落ちてた時に、友達に誘われて顔を出した飲み会にいたのがゆう君だった。

男の人。それも、警察官ばかりが五人。そこに、私たち、大学三年生の女子が三人。
五人は、それぞれ、別々の交番勤務に勤務しているけれど、管轄している警察署が同じで、一般社会で言えば、同じ会社の同期のような関係らしかった。
所轄がとか、○○署がとか、四交代が……とか、いろいろ説明してくれたけど、私はいまいちよくわかんなくて、そういう話は聞き上手のBちゃんが全部引き受けてくれてた。

二次会には私とBちゃんだけが参加した。男性陣も一名減って四人。
私は大学進学と共に上京。学校は都心だったけど、私のおうちは、埼玉寄りの東京で、みんなより終電が早い。
明日は平日だったけれど、授業は午後からだったし、なにより、彼氏と別れたばかりで、ちょっと寂しかった。
二次会に出たら、途中で抜けるって言えなくなって、終電を逃すことは確実だったけれど、まあ、オールか漫画喫茶で過ごせばなんとかなるし。二十四とか二十五歳の、ちょっと年上のお兄さんたちと、わいわい飲むのは楽しかったし、相手が警察官なら変なことも起きないだろうという安心感があった。

「てかさーAちゃんって、彼氏とかいるの……?」
「あー……それが別れたばっかで……」

胸がジクリといたむ。

「え……? まじで? じゃあ、俺と付き合う?」
「いや、俺とつきあってよ!」
「はー……? Aちゃんのこと振るとか、マジでその彼氏見る目ねえわ……」

場を盛り上げるための冗談であったり。下心ありの言葉だったり。そういうのだとわかっていても、そんな風に言われれば、気分がいい。
私が、なんて答えようかなと考えていたら

「おい、失恋したばっかのAちゃんにそういうこと言うのはナシだろ?」

まじめそうな人が、とてもまじめな声でそう言った。
男性陣が、ため息をつく。

「は? 風見、お前さー……」
「お前……本当そういうところだよ……」

そうか、この人は、風見さんというのか。
短髪に鋭い目つきに、黒いフレームの眼鏡。
背は高いけど、美形ってわけでもなかったから、私はその人にほとんど意識を向けていなかった。

「そういう所って……?」

Bちゃんがにこにこしながら尋ねる。

「女がいるとすぐかっこつけるじゃん? いいですか? 男だけで飲んでる時、一番えげつない下ネタ言うの、こいつだからね……AちゃんもBちゃんも騙されないように」
「……ばっか! お前ら……それは、言わなくてもいいだろ?」

どうやら、この人はいじられキャラであるらしい。そう判断した私は、流れに乗って

「風見さん、えっちなんだぁ」

と、からかってみた。

「そりゃあ、自分も、男なんで……」

風見さんが、頬を染めながらうつむく。
それが、なんか、かわいらしかった。

「いや、あのねー……風見はマジですごいから」
「もー……絶倫だし……なによりな……」
「ああ、なによりアレがな」
「おい、よせ……アレの話はいいだろう」

そうか……アレがねえ。
私は、アレがなにかわかりつつも、よくわからないなーという顔をしていた。
Bちゃんがジト目でこちらを見ている。
彼女は本当にできた女の子なのだ。たとえば、失恋したばかりの私を励ますために、こういう場に誘ってくれたり終電を逃した私を、自分のアパートに泊めてくれたり……。

「Aちゃんさー……今日、あの中の誰かとどうこうしようとしてたでしょう?」
「えー……何の話?」
「いや、まじさ……この前の人だって、それで失敗してるじゃん」
「んー……そうは言うけど、えっちの相性大事じゃん?」
「Aちゃん、すぐそれ言うけどさ……失恋してちょっと寂しいときに、お酒飲んだ状態で、優しくされてって状況で……それ判断できんの?」
「Bちゃん……」
「なに?」
「私、Bちゃんと付き合うー! 彼氏になってー!」
「却下。私男だったら、もっと奥手な子と付き合いたいから……!」

まあ、ゆう君と私のファーストコンタクトはそんな感じ。

二度目に会ったのは、三週間後のことだった。
しっかり者のBちゃんは、警察官のお兄さんたちと、その後も連絡を重ね「彼女なし、既婚者なし」だけを集めた合コンを企画した。
授業が終わって、Bちゃん含む女の子三人と居酒屋に向かう。
どうやら、この前の飲み会のメンバーの中には、彼女がいる人もいたらしくて、男性陣には少し入れ替わりがあった。
前回の飲み会の時に、一番かっこいいと思ってた人は、やっぱり彼女持ちだったらしく不参加。今日のメンバーは田中さんと風見さん。それから、本日、初対面の吉田さんと藤川さん。
対する女子は、Bちゃんと私と、みいたんと、えりかの四人。

店に入ると、男性陣がすでに到着していた。
どの席に着こうかなと思っていると

「Aちゃん久しぶり♡」

田中さんに声をかけられて、なんとなく、その流れで、彼の前に座ることになった。
Bちゃんは、女性側の幹事として、しっかしと場を仕切り、えりかは元気な声で場を盛り上げる。みいたんは、かわいいから、存在しているだけで最強だ。
この中だと、完全に私が引き立て役なんだよなあ……と考えて、ちょっと、ブルーになる。
田中さんが、一生懸命話しかけてくれる。でも申し訳ないことに、今日のメンバーに、私が会いたかった人はいない。
それでも、楽しく飲むに越したことはないから、田中さんの話に適当に相槌を打ち、場をやり過ごす。

しばらくして、席替えタイムになった。

今度は男女が交互になるような位置で座る。正面には吉田さん。右隣には藤川さん。
二人とも、私の斜め右にいる、みいたん狙いであることは明白で、その様子を眺めながら私は”無”になっていた。

斜め左に座っているBちゃんは、男性側の幹事の田中さんと二次会の相談をしている。
氷が溶けちゃったファジーネーブルをちびちびと飲みながら、来週末締切のレポートのことを考えた。
私の通う女子大は、伝統校ではあるものの、お勉強に一生懸命な学校ではない。どちらかと言えば、付属の高校の方が知名度が高かったりする。
単位を取るハードルはそれほど高くないし、就職に関してもOGとのつながりで有名百貨店とかホテル関係の求人がまわってくる。とはいえ、単位を落とせば卒業できないわけだから、最低限の勉強はしなければならない。

「Aちゃん……って、呼んで大丈夫?」
「あ……えっと」
「風見です。風見裕也」
「風見さん」

左隣の風見さんが私に声をかけてくれた。
風見さんのさらに左に座っている、えりかは田中さんとBちゃんの会話に混ざって、次に行きたい店の候補を出していた。

「ごめんね……」
「え……?」

耳元でささやかれて、風見さんって案外、いい声だったんだなあと気がつく。

「田中のやつAちゃんと会うのすごい楽しみにしててさ。さっき、すごい話しかけてたけど、疲れなかった?」

はい、と答えていいものか、ちょっと戸惑いながら、私はあいまいに笑って見せた。

「それ、氷溶けちゃってるね。新しいの頼む?」
「あ……でも、ここグラス交換制だから」

私がそう言うと、風見さんは、私のグラスを持って、ごくごくと飲み干してしまった。

「あ……」
「はー……。おいしかった。ごめん。実をいうと、俺、甘党だから、カクテルも飲みたかったんだよね。まあ、かっこ悪いかなと思って、ビール頼んじゃったけど」
「え……? じゃあ、私のこれ狙ってたんですか?」
「そう。飲まないならもらっちゃおうかなーって」

風見さんがにっこりと笑う。
その笑顔が、なんだか、すごくかわいい。

「風見さんって」
「なに?」
「かわいいって、言われません?」
「んー……わりと」
「わりと?」
「うん。元カノとかからは、結構言われてた」

元カノという言葉に、ちょっと、どきんとした。

「あ……そうなんですね~」
「それよか、Aちゃんは、次、なに頼む?」

飲み放題のメニュー表を二人で眺める。

「んー。いったんノンアルコールにしようかな?」
「そっか。じゃあ、俺はハイボールにしようかな」

風見さんが、コールボタンを押す。それから、中ジョッキに残っていた1/3分のビールを飲みほした。

「……風見さん、お酒強いんですね?」
「んー……そんなこともないよ。まあまあ酔ってる」
「え……? そうなんですか? 顔とか全然変わんないですけど?」
「そう?」
「ちなみに、風見さんは酔うとどうなるんです?」
「んー……ちょっと、えっちな気分になるかな」
「……え?」
「冗談。酔うとちょっと、へろへろーってなるんだけど、まあ、わりとすぐさめちゃうかな」

そんな話をしていると

「お待たせしましたー」

と店員がやってきて、私たちはお酒のおかわりを注文した。

それから、二次会にいき。さらに朝までカラオケで、オール。最後は駅前の大きな牛丼屋さんで朝定を食べて、ようやく解散になった。

三日後。レポートをしていたら、風見さんからメッセージが届いた。
家庭経済学に関する指定図書を机に伏せ、私はスマホを見た。

「えーっと。今度、二人でご飯いかない? ……か」

私はほんの少しだけ迷う。実は、田中さんともメッセージのやり取りをしていて、そのうち会いたいねという話になっていたのだ。
どっちとも会うというのも、ありっちゃありだ。けれど、勤務先の交番が違うとはいえ、二人は結構な頻度で顔を合わせるらしい。

「えー……? 田中さんと風見さんどっちがいいか? 自分で決められない時点で、どっちもやめておけばよくない?」

次の日の昼休み。食堂でBちゃんに相談すれば、無慈悲な答え。

「そうだけど……! そうだけどー! アドバイスくらいいいじゃん!」
「んー……どっちもどっちかな……」
「まあ、二人とも同い年で仕事も同じで、住んでる場所も一緒だもんね。背は風見さんの方が高いけど、顔は二人とも普通だし」
「だから、話してて楽しいとか、そういうのがある方を選んだら?」
「うーん……じゃあ、風見さんかな?」
「ほう? どのあたりが?」

風見さんの顔を思い浮かべてみる。

「風見さんの方が、かわいいじゃん?」
「え……そう? かわいいってタイプじゃなくない?」
「いや、絶対かわいいって」
「いや、かわいいの使い方、絶対間違えてるって」
「いや、絶対にかわいいんだって!」

そう。風見さんはかわいい。

それで、私は風見さんと連絡を取ることにした。
だからといって、田中さんとの連絡をやめるわけじゃない。保険は大事だし。もし、風見さんとそういうことになったとして、彼氏と共通の知り合いがいるっていうのは便利なのだ。

最初のデートは、ショッピングモールだった。

私の好きなショップばかりを回ってしまい、ちょっと悪いかなと思って

「風見さん、どこか入りたいお店は?」

と、たずねた。

「じゃあ、あの店いいかな? 俺、バッグとか見たくて……」
「はい」

そのバッグやさんは、メンズ物も多かったけれど、男女兼用だったり、女性用のものもたくさん売っていた。

「あ、これかわいい」
「あーそれね。大学生にちょうどいいよね。Aちゃん就活は?」
「うーん……そろそろ考えないとかな……とは思ってるんですけど……」
「こういう、A4サイズが入るバッグとかあると重宝するよ」
「……風見さんも就活してたんですか?」
「うん。まあ、途中までね。でもさー……エントリーシートとか志望動機とか書くために、自己分析とか、そういうのやるじゃない? あれ、やってるうちに、自分がやりたいことがはっきりしてきて。それで、四年生の五月くらいできれいさっぱり就活をやめて、あとはずっと体力づくりとかしてた」
「体力作り?」
「そう。別に体力づくりしなくても、警察学校受かったと思うけど……みんなが、就活がんばってるのに、それらしいこと全然しないのもあれじゃん? そんで、大学の体育館のマシンルームで鍛えてた」

警察になるには学校に入らないといけないのか……とか、そんなことを考えながら、目の前のバッグの値札を見る。
一万七千円。
今月は無理だけど、このデザインは気に入ったから、バイト代出たら買おうと心に決める。

ランチは、ショッピングモール内のビュッフェ。
風見さんは、食べるのが好きみたいで、たくさん食べた。
私が、取りすぎちゃった唐揚げに苦戦していると「その唐揚げもらっていい?」と言って、それを食べてくれた。
食べるのは速いんだけれど、でも、すごくおいしそうに。しかも、きれいに食べていく。その様子に、少しうっとりしてしまう。

「Aちゃん……俺の分も、スイーツ取ってきてもらっていい?」
「え……? うん」
「甘いもの好きなんだけどさー……やっぱ、自分でたくさん取るのはちょっと恥ずかしくて」
「そっか。えーっと。どういうのがいいですか?」
「チョコ系だとうれしいな。あ、あと、あんこ系もあったら」
「じゃあ、自分で作れる、あんみつあったから、作ってきてあげよっか?」
「えー?!! Aちゃんの手作りあんみつ?! うれしい。作ってきて!」

そういって、笑う顔が、やっぱりすごくかわいくて、私は思わず吹き出した。

「え……? なになに? 俺なんか変なこと言った?」
「いや、風見さん、年上なのにかわいいなあって……」
「ありがと」

ファミレスのキッチンで働いている私は、いい感じのあんみつを仕上げた。
仕上げにブラウニーをのせる。

自分用に作ったミニパフェと一緒に、テーブルに持ち帰れば、風見さんが、にっこりとほほ笑んだ。

「え……? すご? あー……写真撮っていい?」
「うん……」
「わー……Aちゃんこういうの得意なんだね。そっちのパフェも、写真撮っていい?」
「うん」

風見さんは、まるで、女の子みたいに、パシャパシャとスイーツの写真を撮る。

「あっ……そうだ」
「ん?」
「Aちゃんの写真も撮っていい?」
「えー……恥ずかしいよー……」
「そっか、だめかー……」
「……まあ、いいよ。そのかわり、いまいちな写真は削除させてくださいね」
「りょうかーい。じゃあ、とるよー」

シャッター音が二回なる。

「ほら、二枚とったけど、どっちもいい感じじゃない?」

風見さんが、写真を見せてくれる。たしかに、いい感じだ。

「うん。これならいいかな」
「ね。写真あとでAちゃんにも送るね」
「うん……!」
「さて……じゃあ、あんみつ……いただきます」
「めしあがれー」

私も、自分用のミニパフェを食べ始める。

「あー……ちょっと食べるのもったいない」
「アイス溶けちゃうから、食べてください」
「そうだけど……だって、Aちゃんの手作りだよ……あー……」

冗談で言ってることくらいわかってる。
私の気を引くために、話盛ってることくらい、ちゃんとわかってる。
でも、そういうのって、悪い気はしないから

「スプーン貸して?」
「え?」
「ほら、いいから」

私は、風見さんからやや強引にスプーンを奪い取り、あんみつにスプーンを入れ、アイスと寒天とあんこをすくいとった。

「あーん」
「え……Aちゃん……えー」
「ほら、食べて!」
「はい!」

風見さんが、ぱくりとスプーンに食いついた。
私が、スプーンを引こうとすると、その上からそっと手を添えられる。
びっくりして、風見さんを見れば「ん?」と不思議そうに首をかしげている。

「あ……そっか。スプーン返します」

私が手を離すと風見さんは、自分でスプーンを引き抜いた。

「あー……やば。うま」
「うん、おいしいでしょ?」
「うん。俺、これで仕事めちゃくちゃがんばれちゃう。Aちゃんの写真もゲットしちゃったし」

どこまで本気かわからない。
だけど、真面目そうな風見さんが、そんな風に言ってくれるのが嬉しい。
だから、次に会う日を決めて、それから別れた。

次のデートは、公園でピクニック。そこで私は、初めてゆう君をゆう君と呼んだ。
その次は、また、あのショッピングモールでお買い物。
ちょうどセールをやっていて、あの時見たバッグは15%引きになっていた。

「ゆう君……どっちの色がいいかな?」
「んー……こげ茶かなあ」
「えーでも……こっちのワインレッドもかわいくない?」
「うん……かわいいなあ」
「どうしよう……」
「まあ、でも、こげ茶の方が色んな服に合わせられるしよくない?」
「そう、だけど……ちょっと、あんまりにも普通過ぎっていうか?」
「じゃあ、なんか、チャームとかつければ? あっちに、そういうのあったでしょ?」

二人で、バッグチャームを見る。かわいい。

「このイニシャルのやつかわいい」
「本当だ。このバッグだったら、チェーンはゴールドの方かな」

値段を見る。
3980円。しかも、これは新作らしくて、値引きもない。
ちょっとだけ迷う。3980円。Tシャツやワンピース、夏用の帽子だってほしい。
でも、まあ、バイト代出たばかりだし。

「うーん。どうしよう。ここの飾りピンクだと子供っぽ過ぎるかな……? でも、イエローより、ピンクの方がかわいいよね?」
「うーん、どっちもかわいいけど。Aちゃんの服って、パステルカラーも多いし、ピンクの方がまとまりはいいかもね」
「じゃあ、ピンクにする!」

ゆう君が少しかがんで、私の顔をのぞき込んだ。

「ちょっと、貸して?」
「うん?」

大きな手のひらの上に、ちょこんとイニシャルのバッグチャームを乗せる。
すると、ゆう君は、レジのカウンターまで歩いていき、店員に声をかけた。

「え……! ゆう君?!」
「ラッピングのリボンどれがいい?」
「え……でも?」

どうやら、ゆう君は、私にバッグチャームを買ってくれるつもりらしい。

「ごめん。さすがにバッグは買ってあげれないんだけど」
「いや……あの」
「リボンは、ピンクでいい?」
「え……うん」

どうせすぐに、解いてしまうのに。
ゆう君は、300円多く払って、ラッピングを注文した。

「じゃあ、ラッピング待ってる間に、本体の方もお会計すませちゃおうか」
「え……あ、そっか。これ、お願いします」

私は、すごくドキドキしながら、ゆう君の隣でこげ茶色のバッグの清算を済ませた。

ゆう君は、カバンと、チャームの入った紙袋を持ってくれた。
お店を出る時、店員さんが、にこにこ微笑んでいて、それが、なんだかとても照れくさくて。でも、誇らしかった。
ショッピングモールで買い物を済ませた後、ゆう君が予約した自然食品を使ったイタリアンでご飯を食べた。
格式ばっていないお店。ゆう君が大皿のサラダを取り分けてくれる。

「ここのピザ、すごいおいしんだけど、どれがいい? シソがのってる和風のやつとかおすすめ。あとは、この、チキンがのってるやつもおいしいよ」
「うーん。シーフードのがいいな」
「あー……シーフードだとね。これがいいかな? あ、でも、ソースが二種類あるな。ちょっと、店員さんに聞いてみようか」

私の意見を聞きつつ、店員さんと相談しながら、注文を決めていくゆう君を見て。大人だなあって思った。

「あと……鶏レバーのパテもお願いします。……Aちゃん、飲み物たのむ?」
「うん……なにがいいかな?」
「そうだな……Aちゃんお酒弱いし、いったん、ノンアルコールは? ここ、自家製のジンジャーエールがあるよ」
「じゃあ、それにしよっかな」

自分用に、ワインのお代わりを頼んだゆう君は

「ここ、ドルチェもおいしいんだ」

と言って微笑んだ。

ゆう君の言う通り、盛り合わせのスイーツは全部おいしかった。
食後のコーヒーを飲んでいると、ゆう君が

「さっきの、プレゼント渡してもいい?」

と言ってほほえんだ。

「うん」

リボンのついた、包みが出てくる。
中身を知っているのに、なんだか、ドキドキする。

「……サプライズでもなんでもないし。ささやかだけど、俺の気持ちです。俺、Aちゃんともっと仲良くなりたい」
「……え、うん」

なんだか、照れくさくて、言葉がうまく出てこない。

「Aちゃんのことが好きです」

ゆう君が、真剣な顔でこちらを見ていた。
きゅんと、幸せな気持ちがこみあげてくる。

「ゆう君」
「うん……」
「あの……その……」
「うん……」

見つめられて、顔が熱い。

「私も、好きです」
「……え? マジ……うそ? うれしい。え……? ちょっと、どうしよう? お店の人に頼んで写真撮ってもらおうか?」
「写真? え、はずかしいよー……」
「でも、記念だし……一周年の時とかに、写真見たりしたいじゃん」

一周年記念の話。なんて気の早い話なんだろうって思ったけれど、当たり前のように、一年後も私と一緒に居ると思ってくれている事実に、私はまた、うれしくなってしまう。

「じゃあ……はずかしいけど……」
「ちょっと待ってて、店員さん呼んでくる!」

はしゃぐゆう君はやっぱりかわいい。
好きだ、と思う。とても。
そして、私は、りぼんのついた包みを持って、ゆう君と二人、写真を撮った。

お店を出る。
時刻は、まだ、九時半。街はまだまだにぎわっていた。

「今からだったら、Aちゃんを送ってからでも、寮に戻れる」
「え……大丈夫だよ。まだこの時間だから、人通りあるし」
「でも、荷物あるし」
「ゆう君。私、バレーボールとかやってたし、それくらいの荷物は余裕だよ」
「……ごめん。正直に言う」
「なに?」
「Aちゃんと、まだ、別れたくないんだ」
「え……? じゃあ、もう一軒くらい」

私が、そう言うと、ゆう君はちょっと困ったような顔をしていった。

「それもいいかなとは思うんだけど。Aちゃん、明日学校だし。それに、今から二軒目だと……終電逃すかもしれないし」

別に、終電、逃してもいいんだけどな。
そんなことを思う。
だけど、ゆう君は警察官で、真面目だから、そういうのはよくないって思うのかもしれない。

「……いいよ」
「え?」
「私のこと、送って?」

ゆう君と一緒に、環状線から私鉄に乗り換え、埼玉方面の電車に乗る。午後十時の下り電車は、ほどほどに混んでいて、私とゆう君はドアの前に立った。
次のデートの相談をしたり。
今日の料理の感想を語り合ったり。
そんなことをしている間に、あっという間に、私の駅についてしまった。

私は定期を使って。ゆう君は、モバイルの交通ICで改札を出る。
駅から十分の道のりを歩く。
私の住んでる街に何があるのかとか。家までの目印とか、そういうのを教えながら、ゆう君と、部屋を目指す。

「で、あそこが、私のアパートだよ」
「そうか。結構、新しいところだね」
「うん」

ゆう君は、部屋に上がっていくかなとか、考える。
二回目のデートの後に、部屋の模様替えも済ませているから、そういうことになっても、私はぜんぜん大丈夫だ。
と、いうよりも。
このまま、ゆう君とお別れしちゃうのはちょっと寂しかった。
好きだって言葉ももらったし。写真も撮ったし。かわいいバッグチャームも買ってもらった。
私と付き合えることになって、はしゃぐゆう君がかわいくて。
「好きです」と言ってくれた時の真剣な顔つきとか、声が、すごくかっこよくて。もっと一緒に居たいからって、おうちまで送ってくれるゆう君の、ちょっと照れくさそうな横顔が、なんだかたまらなくて。
恋人同士になったんだから、もう少し先があったっていいと私は思うのだ。

「ゆう君。上がってって? 終電までは、まだちょっとあるでしょ?」
「え……そうはいっても三十分くらいしか……」
「……泊って行ってもいいよ?」
「……え、でも」
「私だって、ゆう君ともっと一緒に居たいし」

ゆう君の手を引いて、私は、アパートの階段を上がった。
玄関を開け、電気をつける。
ドアのカギを、頼もうと思って、ゆう君の方をふり向けば。狭い玄関。ゆう君が、私の体を抱きしめた。

「Aちゃん……男を部屋に上げるって、どういう意味か分かってる?」

そんな風に耳元でささやかれてしまえば、もう、だめで、私は、ゆう君の背中に両腕を回した。

ベッドの上で、キスをした。
初めてのキスなのに、舌を入れられてびっくりしたけれど、ゆう君の「かわいいだけじゃないところ」を感じてしまって、私は、すごくドキドキした。
服の上からおっぱいを揉まれ。首筋に、キスをされ。
彼氏と別れてから、数か月。久しぶりの、そういう感覚に、私はけっこうテンションが上がった。
それなのに。

「今日は、ここまで、ね?」

耳元で、ささやかれて。少し乱れた衣類をきれいに直されて。
頭を撫でられながら、額に一つキスをされた。

「え……?」

もっとしてよ。そう言いたくて仕方ない。
でも、さっきまでの甘い雰囲気をすっかり消し去って、眼鏡の位置を直すゆう君をみたら、なんだか逆にたまらない気持ちになってしまって。

「つづき……」
「うん」
「次は、つづき、してください」

ベッドの上でぺたんと座ったまま、そんなことを口走っていた。

「うん。次は、いっぱいしてあげる。また、連絡するから、会う日、決めようね」

それは、セックスをする日取りを決めようねという意味で、流れのままに、してしまうよりも。なんだかよっぽど、えっちに思えた。

「ゆう君」
「ん……?」
「今日はありがとう」
「こちらこそ。Aちゃん」
「うん」
「大好きだよ」

ちゅっと、もう一度。おでこにキスをされる。
玄関までゆう君を送っていかなきゃって思うのに、脚にうまく力が入らなくて、私はベッドに座ったまま、ゆう君に手を振った。

最初の飲み会で聞いた「ゆう君は絶倫で、アレがアレ」って話は、本当にそうだった。

次のデートは、おうちデートだった。
ふわもこの、ショートパンツに、首元が開いたTシャツ。そこにロングカーディガンを羽織った私を、ゆうくんは、かわいいねってベタ褒めしてくれた。
デニムにTシャツというシンプルな服装のゆう君は、だけど、半そでから見える力こぶが、すんごくかっこよくて。
私は、その腕を触らせてもらった。

「ゆう君の、筋肉すごい」
「くすぐったいよ」
「へへ……ゆう君、敏感だな?」
「うん。めっちゃ敏感。首とか弱いよ。触ってみる?」

ドキドキしながら、指先を首筋に伸ばした。

「……くすぐったい?」

そうたずねれば

「んー……くすぐったいっていうか」
「ていうか?」
「感じる」

低く、いい声に、おなかがうずいた。

「もー……ゆう君のえっち。まだ昼間なのに」
「いや、Aちゃんの触り方が、えっちだったからだよー。まー……俺、けっこうすけべな男だし。Aちゃんの、太もも見たら、もうさー……」
「えー……? そういう目で見てたの? かわいいって言ってくれたのにー」
「そのTシャツだってさ……あー無理。目のやり場に困る!」

ちっとも困っていなさそうな顔で、ゆう君がほほ笑む。

「ゆーくん」
「んー?」
「見て? これ、ゆー君のためにBちゃんと選んだ部屋着なんだよ」
「えっ? 俺のために?」
「うん……彼氏とのお部屋デートとか、はりきるに決まってるじゃん」

左腕に、ぎゅっと抱きつく。
Eカップの胸をぐいぐいと押しつければ、ゆう君の右手が、左耳に伸びてくる。

「キス、してもいい?」
「うん……この前のつづき、して?」

それから、夕方になるまでたっぷり抱かれて。
くたくたになってる私に「宅配のお夕飯頼もうか?」って、提案してくれて。
宅配寿司が届くのは四十五分後なのに、そこから、もう三十五分、ベッドの上で意地悪されて。
お寿司屋さんうちに来た時には、一応、私の服装は整っていたけれど。
それでも、玄関から聞こえる、お寿司屋さんと、ゆう君のやりとりを聞きながら、すっごいドキドキして。
お寿司を食べた後に、二人で、お風呂に入って。
お風呂を出た後に、後ろからおっぱいを揉まれて「挿れるのはしないから、いい?」って聞かれて。
でも、ゆう君にいっぱい、触られるうちに、やっぱりほしくなっちゃって。
一日のうちにこんなに何回もしたのは初めてだったし。
あんなに大きな、オチンチンをみたのも初めてだったし。
正直に言えば、ナカでイったのも初めてだった。

朝起きると、ベッドサイドの、ゴミ箱には、使用済みのコンドームと、丸まったティッシュが山積みになっていて。
私は、恥ずかしくてしかたなかった。
体の芯は、まだ、昨日のセックスを覚えていて、少し体を動かすだけで、じんわりとからだが熱くなる。

えっちは好きだけど。
こんなえっちをしたことはなくて。
はっきりいって、私は、ゆう君に、すっかりはまってしまった。

 

 

たまに意地悪なところもあるけれど、基本的には、すごくやさしい、ゆう君は、私のことをすごいかわいがってくれた。

夏は、海に連れて行ってくれたし、花火大会のためにかわいい浴衣を買ってくれた。
なにかあるたびに、写真をたくさん撮った。
ことあるごとに、ちょっといいチョコレートとか。かわいい入浴剤とか。そういうプレゼントをしてくれた。
旅行に行く前には、一緒に下着を選んだし。ご飯はいつもおごりだった。
デートはお部屋ですることが多かったけど。それでも、すごい楽しかった。
ゆう君の頼みで、私が高校のセーラー服を着た時には「俺の学校、公立の私服校だから、すっげえうれしい」といって、はしゃいでくれた。
それで、本当は、絶対にダメみたいなんだけど、ゆう君も警察の制服に着替えた。

「内緒だよ」って言われてすっごいどきどきした。

田中さんには、ゆう君から、おつきあいの件を伝えてもらった。
それでも、二人の関係がぎくしゃくするってことはなくて、三人で焼き肉を食べに行ったこともあったし、田中さんと私は普通のお友達としてメッセージのやり取りを続けてた。

田中さんと三人で遊んだ帰り道、ゆう君が私に言った。

「Aちゃんは大人なんだし、交友関係に口出すつもりはないよ。俺にも、地元の友達とか、大学の時の仲間とか、女友達はいるし。Aちゃんに、お友達がたくさんいることはいいことだと思ってる。まあ、浮気さえしなければ、いいよ。浮気したら即、お別れだけど」

ご飯の時、田中さんが「この前、Aちゃんからもらったメッセージだけどさー」って、話をして、私はちょっと冷や汗が出てしまった。でも、ゆう君は怒ったりとかしなかった。

「えー……なんか、心配されてないみたい」
「Aちゃん心配されたいの?」
「私は、もてないから、浮気の心配はないって思ってるんでしょう?」
「……いや、そこは心配。Aちゃんかわいいし……田中のやつ、新しい彼女できたとはいえ、Aちゃんのこと狙ってたし。でも、俺は、Aちゃんはそういうことしないって信じてるし。年上としてはさ……余裕あるところ見せたいから」

ゆう君の表情はちょっと険しかった。

「ゆう君……本当は、ちょっと嫉妬してたの?」
「……そりゃあ、まあ、ちょっと。本当にちょっと……してたよ嫉妬。でも、Aちゃんに小さい男だって思われたくないじゃん」
「んー……でも、嫉妬されたら、ちょっとうれしいかも?」
「え……?」
「だって、それだけ、愛されてるって感じするし」

駅から、家までの帰り道。
一人で歩くときは大通りなんだけれど。ゆう君と一緒だから、細い路地を通って近道をする。
街灯が少ない道は、人通りもなくて、だから、ゆう君に抱きしめられてしまっても。外なのに、Dキスされちゃっても大丈夫だ。
問題は、その先をもっとしたいのに、家まではあと三分、歩かないといけないってことだった。

どんなに、ゆう君がやさしくても。会えない時間は絶対にある。

学生で、教職も取ってなくて、就活もまだ本格的には始めていない私には、時間がたくさんあったけれど、それでも、ゆう君のお休みの時にいつも、会えるわけじゃない。
バイトも、ファミレスをやめて、イベントの派遣会社に登録し、友達とのお付き合いも最低限にとどめた。
ゆう君のシフト中心に、世界がまわっていく。
Bちゃんも、周りの友達も、私が彼氏にのめりこんじゃう性格なのを知っているから「Aちゃんらしいね」と言って笑ったけれど、ぜんぜん、笑いごとじゃなかった。
社会人の人とも付き合ったことがあるけれど。その人たちは、忙しくても、仕事の途中にメッセージのやり取りをしてくれた。だけど、勤務時間中、ゆう君はスマホに触れない。それが、すっごい寂しい。
でも、そういうこと、ゆう君には言いたくないじゃん?
物分かりがよくて、明るい子だと思われたい。ゆう君を癒してあげる存在でありたい。

だから、田中さんに「警察官の彼女つらいよー。なんで、お仕事の時間はスマホだめなの?」って、そういう愚痴を送った。
田中さんは「俺勤務中だけど、普通に、メッセージ返すよ。てか、今も夜勤中だし」という返事をくれた。

ゆう君は、すっごいやさしい。
私が欲しいっていったクリスマスコフレは三つ全部予約してくれたし。イヴ当日じゃないけど、ディナーとホテルの予約もしてくれてた。
だけど。いや、だから。
「会えない時間が寂しい」とか「ゆう君の彼女でいるのつらい」とか、そういうことは絶対に言えなかった。
大好きだったし。会ってる時間は、すべての瞬間を楽しく過ごしたかったし。

十二月の初め、街はイルミネーションできれいだった。
ゆう君は、なんか、厳しめの研修とか試験があるとかで、二週間ほど会うのも電話するのもダメだった。
そんな時、田中さんに、会おうと誘われた。
「浮気をしたら即お別れ」ゆう君にそう言われたのは一度や二度じゃなかった。だけど、誘われたお店は、個室とかじゃないチェーンの居酒屋さんだったし。だから、気晴らしで出かけた。

平日、午後六時の店内は人がまばらだ。
カウンターの席で、乾杯する。
田中さんが、サワーのグレープフルーツを絞ってくれた。
田中さんの腕まくりした右腕を見つめながら 警察の人って、やっぱみんな、筋肉があるんだなって、そんなことを考えた。

私は、もともと、すごくお酒が強いわけじゃないけど、すごく弱いわけでもない。
だけど、ここ半年くらい。お酒を飲むときは、ゆう君と一緒で。ゆう君は、私が気持よく酔えるほどほどを見極めて飲むペースをコントロールしてくれてた。
私が「たまには思いっきり酔っぱらいたい!」と言ったとき、ゆう君は苦笑いをしながら、私の頭を撫でた。

『たしかに酔っぱらってるAちゃんはかわいいと思うけど、二日酔いになっちゃたらかわいそうだし。酔っぱらった女の子に、どうこうするとか、俺、絶対無理だからさ』
『……でも、ゆう君とだったら、いいよ。恋人同士だし』
『んー……俺、紳士だからなあ。それにさ……恥ずかしいこと全部覚えててほしいし』
『……なにが紳士だよー……! ゆう君のえっちー!』
『うん。俺、めちゃくちゃ、えっちだからさ……ね?』
『もー……しょうがないなあ』

お酒のせいで、そういう、えっちなことを思い出しちゃって、身体がちょっと変な感じになる。
二週間の研修が始まって十二日。その少し前から会えていなかったから。もう、半月近く、そういうことをしていなかった。しかも、生理前だから、おっぱいがちょっと張っている。

寂しい時のお酒と、男には気をつけろ。
Bちゃんにも、そう言われてたのにな。

でも、お酒って、飲んだらやっぱり楽しいし。男の人にかわいいとか言われたら、相手が、一番好きな人じゃなくたって、うれしいんだよ。
それに、ゆう君のせいで、えっちが大好きになってしまった私は、田中さんに手を握られて、すごくドキドキしてしまった。
そのドキドキを紛らわしたくて。お酒を飲む。
しかも、田中さんのお酒のすすめ方が、すっごく上手で。
アルコールでふわふわってなる感じが、気持ちよくて。

「家まで送るよ」

その言葉の、意味を分かりながらも。私は、こくんと、うなずいてしまったのだ。

ゆう君と会えない寂しさを、田中さんで紛らわす罪悪感。
バレちゃったらどうなるんだろうって不安。
でも、もし、ゆう君に知られちゃっても、私のさみしさをちゃんと伝えて、真剣に謝れば許してくれるんじゃないかという、甘え。
田中さんを家に上げ、バッグをテーブルに置いたとき。イニシャル付きのバッグチャームが、いつもよりキラキラと輝いた気がした。

ゆう君が買い置きしてった、コンドーム。ゆう君が、私のために買ってくれたちょっとえっちな下着。ゆう君が好きだと言ってくれた、香水。
目をつむれば、何もかもがいつもと同じなのに。
触る順番も、声も、身体の動かし方も全部違って。
ああ、私は、浮気しちゃってるんだと思ったら、なんだか、余計に寂しくなって。そして、そのさみしさを紛らわすために、私は、田中さんの体を求めたのだ。

田中さんは、次の日も私の部屋に留まって「風見、こんなのも使うんだ」「これ、どうやってあてんの?」って言いながら、電マをつかって私をいじめた。
なかなかいかせてもらえないのが辛くて。でも、それが、ゆう君を裏切った罰なんだと思って。
ぐっとこらえていたら「Aちゃんって結構Mなんだね。かわいい」って。田中さんが興奮しだして。
目隠しをされて、もっとひどいことをされた。でも、それも、ゆう君を裏切った自分がいけないんだと思って、全部、全部受け入れてしまった。

シャワーで体を何度も清めたし。
部屋を隅から隅まで、掃除したし。
その日、使った寝具は、ゴミ袋に入れて、回収に出した。

でもね。
私は、子供だったから。男の人の嫉妬というものの怖さをよくわかっていなかったのだ。

約束通り。研修の翌日、署での報告を終えたゆう君がその足で、私の家にやってきた。
そして、私の体をぎゅーっと抱きしめてから、言った。

「Aちゃん。俺が何を言いたいか、わかるよね?」

って。
なんで、バレたんだろうって思った。
でも、もしかしたら、そのことじゃないかもしれないと思って。

「……なんだろう? わかんない」

って答えた。

「写真とか動画。送られてきたんだ。ムナクソ悪くて、全部削除したけど」
「……え? なに? こわい」
「最初の方は酔ってるみたいだったしさ。無理やりかなって思おうともしたんだけど」

冷や汗がぶわっと噴き出した。

「なんか、そうじゃないのもあったし。撮影の日付も……酔っぱらってるやつの翌日の昼だったしさ……」
「違う……」
「違う、じゃないよね? 俺が、Aちゃんと田中のやりとりを容認してたのってさ……あくまで、二人が俺に内緒で会ったりしないって思ってたからなんだよね」
「最初から部屋に上げたわけじゃないし」

そう。私たちは、まず。デートとは程遠いような、チェーンの居酒屋でお酒を飲んでいたのだ。

「うん。そうだね。杯戸駅の駅前のとこの居酒屋だよね」
「……田中さん、彼女いるし」
「たしかに、彼女いるけどさ。彼女いるくせに、Aちゃん誘ってサシで飲むって時点でさ……ダメなやつだって、わかるよね?」
「でも……ゆう君と三人で遊ぶ時とか、そういうそぶりなかったし……」
「そりゃそうだろ……てか、三人で会ったのとかだって、あいつに、Aちゃんとの関係を見せつけて、諦めさせようと思ってだったのに……あいつ、まじで、なんなんだよ……」

その言葉に、ちょっとびっくりする。
三人で焼き肉を食べた、あの裏には、ゆう君のそういう思惑があったなんて、少しもわからなかった。

「てかさ……Aちゃん、お酒弱いじゃん? なんで、ソフトドリンクじゃなくて、お酒を飲んだの? それも、あんなになるまで」
「だって……ゆう君と会えなくて、さみしかったから、憂さ晴らししたかったし……」
「憂さ晴らししたくて飲むんだったら、Bちゃんとかさー。合コンの時に来てた子とか、女友達でいいじゃん。なんで田中と出かけるわけ?」
「だって……最近、ゆう君のこと優先で、みんなと、あんまりつるんでなかったし。こういう時ばっかり誘うのとか……あれかなって」

ゆう君の言葉は、いちいち正論で。
自分の反論がめちゃくちゃだって、わかってるから、気持ちがどんどんぐちゃぐちゃになって、私はとうとう涙をこぼした。

「だからって、なんで田中なんだよ」
「だって……メッセージ来たから。ゆう君と会えなくって、私が寂しいんじゃないかって心配だって……親切な感じのメッセージもらって」
「いや……もうさ、そんな男、絶対にダメだろ? あいつ、彼女いる上にさ……あー……ごめん、ちょっと、冷静じゃない。ごめん。結論は、はっきりしてるのにね。責めたって仕方ないってわかってるのにさ」
「え……やだ……」
「いや、でも、俺、本当に、浮気だけは無理だから。まあ、でも、Aちゃんのことは大好きだったし、すごい楽しい思い出だよ……しばらくはちょっと引きずると思うけど」

たんたんと、別れ話を進めようとする、ゆう君に、縋りつくように抱き着いた。

「Aちゃん。こればっかりはさ……無理なんだよ。もうさ……Aちゃんは、別の男……それも俺の同僚に抱かれたわけ。無理だろ? そんなのさー……」
「でも……」

厳しいことを言うくせに、ゆう君の手が、とてもやさしく。とんとんと私の背中を叩いた。

「いや……俺、これでも、すっごい傷ついてるから……」
「ごめんなさい……」
「うん……やっと、謝ってくれたね……」
「ごめ……ごめんなさい」
「うんうん……いいんだよ。俺が、田中にもっと強く出とけばよかったんだし」
「私……さみしくて……」
「そうだね……なら、なおさらダメだよ」

ゆう君が、私の体を、そっと引きはがした。

「俺、もうすぐ、もっと忙しい部署に異動で……今回の研修もそれに向けたものだったんだ」
「え……?」
「まあ……だから、どっちにしても、さみしがりのAちゃんには、無理だったんだと思う。まあ、それはそれとして、浮気されたことは、めちゃくちゃ怒ってるけどね」

ゆう君の声が、穏やかで。許してくれたのではないかと錯覚するほどに穏やかで。
でも、だからこそ、別れるって決意は固いんだって。なんだか、そんな気がした。

「私……がまん、する……から」

涙が出てくる。ここで、ゆう君の話を受け入れてしまったら、もう二度と、ゆう君には会えない。そんな気がした。

「無理だよ。Aちゃんには無理。まー……もともとさ。ちょっと、軽い子だなあとは思ってたから……そのうちこうなるんじゃないかって……ちょっと覚悟はしてたし」
「私、直すから……そういう、だめなとこ、ちゃんと直す」

寂しいと、ふらふらしちゃうとことか。
男の人に甘えてしまう所とか、ちゃんと直して、ゆう君にふさわしい彼女になるから。

「じゃあ、そうだな。俺が三十になるまでに、本当に、そういうの全部直せたらさ。そしたら、また会ってあげる」

そんなの、絶対に無理だと思ったし、ゆう君の言葉は嘘だと思った。
だけど、ゆう君に二度と会えなくなるのは、絶対に嫌で……だから、そんな、あやふやな可能性にすら、かけてみたいと思う。

「じゃあ、ゆう君が三十になった時、私がちゃんとした大人になれてたら、迎えに来てね」
「うん。俺は、Aちゃんの幸せを願ってるよ」

 

 

 


【エピローグ】

 

「風見、さっきから、何を見てる?」

休憩中の、自販機前。ベンチに腰掛けながら、風見裕也が、スマホを眺めている。
風見は、上司の方を振り向くと

「昔の知り合いのSNSです」

と答える。

「ホォー……君、SNSやってるのか?」
「まあ、閲覧用のアカウントだけ取ってあって……登録してる情報は、でたらめですし、他のサービスとの紐づけもしてません」
「ふーん……。まあ、この仕事してると、なかなか、旧友にも会えないからな。で、さっきから、にやにやしてるのはどうしてだ?」
「いや……まあ、なんていうか。年下の……ほんの少し妹みたいに思ってた子が、できちゃった結婚したらしくて」
「そりゃあ……めでたいのか?」
「さあ? どうでしょう。でも、出会って、数か月の相手みたいだから……」

缶コーヒーを飲みながら、降谷が眉間にしわを寄せる。

「……それ、だめなやつじゃないか?」
「ええ。だめなやつなんですけどね。けど……ちょっと離れて見てる分には、なんかかわいくて。まあ、でも……この閲覧アカウントも削除だな……」
「どうして? せっかくだから、子供が生まれるまで見守ってやればいいのに」
「いやー……実は俺、おととい三十歳になったんですよ」

風見の唐突な受け答えに、降谷は苦笑いする。

「なんだそれ? SNSは20代までとかそういう家訓でもあるのか? 風見家では?」
「いや……未練は三十歳になったら清算するって決めてたんです」
「ふーん。よくわからないけど……まあ、誕生日おめでとう」
「……ありがとうございます」

閲覧用のアカウントで、風見裕也は、最初で最後のリアクションをした。
いいね! とともに「Aちゃん、おめでとう。さようなら」というコメントを残す。

そして、そのアカウントは、速やかに消去された。

 

【あとがきなど】

正論で女をつめながら別れ話をしてくる風見裕也を見たいという気持ちと。
風見裕也になって、ちょっと、ゆるふわっとした女の子を口説き落としたいという欲望。
その二つを満たすために書きました。

風降の女が書いているので、最後、二人の会話が、ちょっと風降っぽくなってしまったような気がします。
風見裕也は、Aちゃんがこういう子だとわかっていたけど、それでも、好きだから付き合ったし。

それなりに釘を刺してはいたんだけど、結果的にこうなってしまいましたね……。

うまく言えないんだけど、風見裕也、女を甘やかしすぎてスポイルするのとかすごく似合うタイプの男だと思っているので……この次につき合った女の子にも、同じ失敗をしてほしいです……。
そもそもとして。こういう、浮気しちゃいそうな子が好きっていう、ちょっと難儀な性癖を抱えてたりすると、私が嬉しいです。

※一番難儀な性癖してるのは私だ

 

 

 

 

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