どうして、とは聞かずに #風降版ワンドロ・ワンライ

風降版ワンドロ・ワンライ

11回「コーヒー」

 


 

【どうして、とは聞かずに】

コーヒーを飲む。ビルの屋上。
上司から渡された缶コーヒーは、ホットの微糖だ。

微糖という名にはふさわしくないほどに、たっぷりと溶け込んだ砂糖。
缶コーヒーにもブラックはあるが、どうにも好きになれない。あれは、なんだか不思議な味がする。それは、香りがしないのが原因であると、なにかの記事で読んだが、抽出の仕方にも理由があるかもしれない。
情報社会。調べれば、すぐにわかりそうな気もするし、目の前で髪をなびかせる上司に質問すれば、その理由について教えてくれるかもしれないが、そこまでの興味はないから、あえて、聞こうとは思わない。
ただ、寝不足と疲労困憊の体に、カフェインと糖質の同時摂取は、非常に効率よく脳を賦活させる。
だから、企業努力によって缶コーヒーのブラックの風味が、飛躍的に向上したとしても、俺は微糖を飲み続けるだろう。

高校時代。
部活帰りにストローを挿して飲んでいたのは、紙パック。一リットルのミルクコーヒー。あれで、夕飯もきちんと食べて、それで太らなかったのだから、男子高校生の体は不思議だ。
ブラックコーヒーを初めて飲んだのは、部活を引退した後。ダイエットを考えていたとか、そういうことではなくて、受験勉強のおともに、なんとなく飲んでいた。
そんで、昼休みも自販機で缶コーヒーを買って見せて「俺、最近カフェイン中毒かもだわ」なんて粋がってみたのが懐かしい。十年以上前の記憶。大学生の頃は、あの頃の記憶をひどく恥ずかしいものに感じていたが、この年になってしまうと、あの粋がりも、かわいらしいと思える。
コーヒーの飲み方には、青春時代の物語が隠されていると、俺は思う。

降谷さんは、コーヒーを飲むとき、基本的にはミルクを入れる。それも、植物性油の白い液体ではなく、きちんとした生乳を。

その事実を知ったのは、この人と恋人になって間もなくのことだった。
モーニングコーヒーに、牛乳を垂らす姿を見つめながら。褐色の体に、白い液体が滴った時のことを思い出した。
思わず微笑んだ……というか、にやついた俺に「なんだ? 僕がコーヒーにミルクをいれるのがそんなに面白いか?」と降谷さんがたずねる。「いや、幸せをかみしめていただけですよ」なんて、そんなことを言って、ごまかした。
俺に抱かれたからなのか、プライベートではそうなのか。その適当な返答に対して、ねちこい追及はなかった。「そうか」と言って、降谷さんは優雅にコーヒーをすする。

「君……缶コーヒーは甘いやつなのに、ふだんはブラックなんだな?」
「ええ」

その理由を、降谷さんはたずねなかった。
そして、俺も、降谷さんがどうして、コーヒーにミルクを入れるのかをたずねない。

無関心を装っているのか。あるいは、本当に興味がないのか。
お互いのことを、少しずつ知りながらも、生き方の文脈までは分かち合うことなく。俺たちは、それぞれ、好みの飲み方で、コーヒーを飲んだ。

 

 

 

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