癖になる #風降版ワンドロ・ワンライ

お題:上着

『癖になる』
#風降版ワンドロ・ワンライ

かざみの上着の、汗とか皮脂のにおいがくせになるよね……というお話。
※ハロ嫁(小説版を含む)のネタバレあり

本文51分 推敲+投稿準備38分


 

遠隔による起爆を防いだ僕は、村中元警視正の機転によって、スクランブル交差点を離れた。
そして、雑居ビルと雑居ビルの間の細い路地。足を引きずりながら、事前に決めていた地点で風見と合流する。

「よくぞ御無事で」
「無事じゃない」

パイロットジャケットを脱ぎ、その場にうずくまる。

「避難はうまくいっているみたいだな」
「ええ。ここが本当に渋谷なのかなというほどに、ひとっこひとりいない」
「ああ」

風見が、僕の脚をさすり、肩に触れた。

「応急処置はしますが……」
「わかっている。明日、病院に行く」
「ええ、明日……絶対にですよ?」

風見の応急処置を受けながら、あの子がうまくやってくれていることを祈る。あの子に頼らざるを得ない、今の自分が少し情けなくて。だけど、彼ならきっと、やってくれるだろうという期待に少しだけ心が躍る。

「自分、神泉の駅の方から、こちらに来たんですが」
「ああ」
「適当な布を巻いた男女が、けんかしながら、こちらにむかって逃げてきて、目のやり場に困りました」
「……今、その話をする必要あるか?」
「……何を話したらいいかわからないんですよ。まったく。また、こんな……酷いけがをして」

これが、最後かもしれない。この数日間、僕らの会話にはいつも、終わりの覚悟があった。そして、この会話も、今すぐにだって、渋谷の街ごと吹き飛ばされてしまうかもしれない。
むわっと。下水の匂いが湧き上がる。悪臭に顔をしかめながら、しかし僕は今、本当に生きているんだなと、そんなことを思った。

「それについては……すまないと思ってる」

風見が、処置を進めていく。
その額には、また、汗がにじんでいて。シャツの襟が、少しだけよれていた。その胸に顔をうずめたら、きっと、彼のにおいがするんだろう。そんなことを思った。

シェルターの中で、風見が防護服を脱いだ瞬間に、ふわりと広がったにおい。お世辞にも、いいにおいではなかった。けれど、数日ぶりにかいだそれに、僕は「生」を感じた。汗と常在菌と皮脂によって生み出された、三十男のにおい。当たり前だが決していいものじゃない。だけど、なんだか、癖になる。
もう一度、それをかいでみたいと思う。けれど、血と、下水と、焦げた服のにおいが、それを邪魔した。

「さて……ほかに痛いところは?」
「もう大丈夫だ」
「では、自分はそろそろ」
「ああ、僕も、例の場所に移動する」

ボロボロになった、パイロットジャンパーを回収しながら、風見が、グレーの上着を差し出した。それは、地下シェルターを出る際に、風見の肩にかけた、僕なりのねぎらい。公安警察・降谷零の戦闘服。お気に入りのスーツのジャケット。風見は、それを僕に差し出した。
しかし、僕はそれを拒否した。

「いや、こっちがいい」
「ハァ?!」

風見の背広をクイっと引っ張る。

「自分……二日ほど、風呂に入ってないですし、たぶん、くさいですよ?」
「それがいいんだろ? なんていうか、癖になる」
「……癖に? ですか」

仕方なく、という仕草で、風見はジャケットを脱ぎ、それを僕に手渡した。

「ああ。そうだ。癖になるんだよ」

渡された上着を、くん……と、かげば、少しだけ酸っぱいにおいがして、それを嬉しいと思う自分は、少し変態なのかもしれないと思った。

「うん……くさい」
「ひどいな」

そう言いながら、お返しとばかりに、風見が僕の上着をかいだ。

「うーん……降谷さんのは、石鹸っぽいにおいが……って、あれ、降谷さん?!」

きょろきょろとを周囲を見回す風見を置きざりにして、僕は、渋谷のてっぺんを目指して走り出す。

すべてがきっとうまくいくと信じながら。ハロウィンの夜の終わりを見届けるために。風見の上着とともに。

 

おわり

 

【あとがきなど】

ノベライズのあのシーン……
コピーして、額に飾っておきたいほどに、すばらしいよね。

 

 

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