大事な存在ができました。

アニ茶のラストが最高過ぎたので……
降谷さんに大事な存在ができました記念。


「じゃあ、よろしく頼むよ。僕は直帰するが、何かあれば連絡を」

その笑顔に、見とれた。

「……あ、はい!」

無表情というわけではない。だが、ゼロの捜査官たる降谷零は、感情をあまり表に出さない。緊張感を漂わせた男。背筋は伸びていて、眼光は鋭い。
それが、あの笑顔だ。険がとれた……というべきか。安室透の営業スマイルとも少し違う、ふわっとした、自然なほほえみ。

なにか、嬉しいことがあったんだろうか?

庁舎に戻る道すがら、花屋の前で、恋人の日のポスターを見かけた。六月十二日は恋人の日だから、花を贈りましょうとある。
そんなものがあるのか、と思いながら「そういうこともあるか」と気がつく。
ゼロの捜査官が特定の民間人と「親密な関係になる」など、本来あってはならない。だが、あの人の能力、そして、日々の苦悩を考えたら「そういうことがあってもいいんじゃないか」と思えた。

そして

(みずくさい)

と思う自分に驚く。
いや。個人的感情は、どうだっていいのだ。しかし、自分は、ゼロの右腕なのだから、そういう相手がいることくらい知っておきたい。

 

次に降谷さんと会ったのは、三日後のことだ。
やわらかな笑顔。その横顔に目を奪われながら、俺は確信する。ゴトンゴトンと足音を立てながら、歩道橋の階段を上がる。そして、どう切り出すべきか考えた。
言葉での駆け引きでは、こちらが圧倒的に不利だ。だから、はっきりと、しかし、生々しくならない言葉を選んで、たずねる。

「あの……降谷さん。……大事な存在が、できたんじゃないですか?」

国道をまたぐ歩道橋。その真ん中のあたりで、俺達は立ち止まった。

「風見……。君、気づいてたのか……?」

大きな目を、さらに大きく開いて、降谷さんが俺を見つめた。

「……ええ。近頃の降谷さん……表情が、ほがらかというか」
「……以前の僕は、表情が険しかったと?」
「あ、いえ……なんていうか……表情が豊かになったといいますか……」
降谷さんは、前髪を、さらりとかき上げながら言った。
「……まあ、そうかもしれん」
「……踏み込んだことまで聞くつもりはないのですが、自分はあなたの右腕ですし。そういったことは、教えていただけると助かります。……サポートが必要になることも、あるかもしれませんので」

降谷さんに限って、そんなことは起こりえないと思う。だが、周辺警護が必要になる可能性はゼロじゃない。

「たしかに、な……」
「ええ」
「……写真を見せるよ」
「写真?」

その言葉に、目が泳いだ。

「……僕が言うのも、ちょっとおかしいかもしれないが、あの子、すごくかわいいんだ」
「かわいいって……降谷さん……アンタ……」

色ボケしてるんじゃないか? という言葉をぐっとこらえる。ゼロの捜査官であるこの人が、大事な相手の写真を撮ったなんて、あっていいはずがない。

「……君が、よく思わないかもしれないことは覚悟している。だが、あの子は僕にとって大事な存在で」

その言葉に、どう返していいかわからない。降谷さんはきっと、かわいい「あの子」に、ぞっこんラブで、だから、右腕である俺に、その存在を伝えることができなかった。

「……見せてください」

この人を、こんなにした相手のツラを拝んでみたいと思った。感情的になっている自覚はある。

「ああ」

降谷さんが、スマホの画面を、こちらに向けた。

「えっ……あ」
「……君がなんと言おうと、僕はこの子から離れるつもりはない」

スマホの画面に映し出された、かわいい「あの子」の写真。それは、白くて、ふわふわして、目がくりくりしてて。文句のつけようがないほどに、かわいらしかった。

「えーと、これ、ワンちゃん? ですね」
「……ああ。かわいいだろ?」
「……えええ???? 降谷さんペットを?!」
日本犬のミックスだろうか? ピンとした耳がかわいらしくて、長くもなく、かといって短いわけでもない、毛並みが、とてもキュートだ。
「……声が大きい」
「あ、すみません」
「隠していたことについては、謝罪する。すまなかった。だが、飼育するからには、責任を持ってしっかり育てるつもりだ。長期に家を空ける際には、動物病院提携のペットホテルを利用する予定だし、短期間の留守番に備え、自動給餌機と、ペットカメラの設置も済ませてある。君が驚くのも仕方ないことだ。……わかっている。僕の立場上こんなことは……」

動物病院、という言葉にハッとする。
二週間ほど前に言っていた動物病院での予防接種。あれは、冗談でも、なんらかの暗号でもなく、事実だったのだ。

――寂しさゆえか? もしくは、情が湧いたのか?

なぜ、降谷さんが犬を飼い始めたのか。理由はわからない。だけど、俺は、ここ最近、この人が見せるようになった、あの笑顔が好きだ。

「……必要ないです」
「だよな。……わかってる。しかし、仕事に穴をあけないよう対策はするし……」
「いえ……ペットホテル、必要ないです」
「……え?」
「俺が、みますから。あなたがいない日は。自分が、責任を持って、この子をお世話します」
「……いいのか? 君だって、いそがしいのに?」

あなたほどじゃないですよ。それに

「今更じゃないですか。あなたが自分をこき使うのなんて、今に始まったことじゃない」
「こき使う……?」
「あっ……いえ、えっと、そんなことより! ワンちゃんの写真もっとないんですか?!」

しどろもどろになりながら、降谷さんの様子をうかがえば

「え? 見たいのか……? ちょっとまってろ……? えっと、ムービーがあるんだ三分くらいの。これ、本当に傑作だから……えっと、これだ!」

目をキラキラせさながら、スマホを操作し、再び俺に向かってスマホの画面を提示する。

『アン!』
「……声かわいい!?」
「だろー?」

体感三秒で動画を見終える。穏やかな気持ちになりながら、ふと空を見上げれば。五月晴れ、ふわりと浮かぶ雲が、まるで降谷さんのワンちゃんのように見えた。

 

 

 

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