花屋のアルバイト

〇風見夢?
〇風見の注文を受けて、花束を作るアルバイト視点
〇風見が花を贈る相手は、たぶん恋人。

 


 

花屋で、アルバイトを始めて、半年が経った。
駅前通りのこの店で、一番の売れ筋は、ワンコインのミニブーケ。特にビタミンカラーが人気だ。
頼まれて作る花束は、だいたい、三千円から五千円くらい。
売れ残りの花で、初めてアレンジメントをやった時、先輩から失笑された私だけれど。今では、大体の注文をこなすことができる。

男性が、女性に送る花は、だいたいが、バラの花で。赤やピンクなどを頼まれることが多かった。
だから、白い花を求められ、少し面食らう。
長身の男性。歳は、アラサーくらいだろうか。短髪に眼鏡で、顔つきは少しいかつい。紺のブレザーには、ポケットチーフが添えられていて。白い革靴には、汚れが一つもない。
きっと、これから、デートに行くのだろう。
「では、バラにしましょうか? トルコ桔梗も華やかですね」
「いや、百合でお願いします」
低く。落ち着いた声。
シャツの一番上のボタンは開いていて、ノドボトケが動くのが見える。
「百合ですか?」
「白い百合だと……仏花ぽくなってしまいますかね?」
「いえ、アレンジ次第だと思います」
「百合だけで……とういうこともできますか?」
「できますよ」
そういえば、百合だけの花束を作ったことがなかった。間につなぎの花がないとなると、花の形や、花の向きで変化を作っていくしかない。
「では、それで、お願いします」
「ご予算は?」
「これくらいのサイズだと、いくらくらいになりますか?」
男性の大きな手が、空中に、大きなまるを描いた。
私は頭の中で花束をくみ上げて、とりあえずの予算をはじき出した。
花を買い慣れていない男性の場合、思いがけない数字に、びっくりして、花束のサイズを、ひとまわりか、ふたまわり小さいものに変更することがある。
しかし、今日のお客さんは、そうした様子も見られず、リボンの色は何色があるのか聞いてきた。

「リボンも白、ですね。ご準備に三十分ほどかかりますので。先にお会計を済ませていただき、番号札をお渡ししますので……」
「あの……」
「なんでしょう?」
「花束を作るところを、見ててもよろしいですか……?」
「それは、かまいませんが……」
めずらしいお客さんだなと思う。花好きの女性が、アレンジの様子を見学していくことはあっても、男性でそれをする人は、なかなかいない。
レジで精算を済ませる。
私は、別のアルバイトスタッフに声をかけて、花束に必要な包装紙とリボンを準備した。
男性はと言えば、ポケットに手を入れたまま、私の作業を見守った。
途中、出来合いのミニブーケを買う女性客の対応をしつつ、私は、作業を進めた。
花材をどう扱うか。 一度ハサミを入れてしまえば、元には戻せない。
一本の百合は三百円程する。しかし、それは、ただの三百円ではない。切り取られた、儚い命だ。

目の前の男性が、真剣な目つきで、私の手元を見る。
きっと、大事な人に贈る花なんだろう。
ひとつひとつの花と向き合いながら。百合を束ねていく。そして、出来上がった、花束を、ぐるぐるまわしながら、お客さんにチェックしてもらう。
「すごく、きれいですね」
その声に、胸が高鳴った。
この花束をもらう相手のことを想像する。きっと、この人から、たくさんの褒め言葉をもらってきたにちがいない。
「では、リボンをつけて、紙袋にお入れしますね」
「……いえ。紙袋は必要ありません」
その言葉に、驚く。そして、リボンをつけながら考える。
こんな大きな花束を持って歩いたら、すごく目立ってしまう。それなのに、紙袋はいらないとはどういうことだろうか。
私は、清算の時に確認し忘れた事項を思い出す。
「……あ、すみません! もしかして、車でお越しでしたか? 駅近くの提携パーキングでしたら、割引券をお出しできるのですが」
「いや、車ではないので」
「……では?」
男性は、花束を受け取りながら、少しだけ口角をあげた。
「こんなに素敵に作ってもらったんだから、いろんな人に見てもらわないと」
「え……?」
「少しキザでしたかね?」
その問いに、うまく答えられない。私は曖昧に笑って首を傾げた。
「では、また」
「あ……はい。またのお越しをお待ちしております!」
あわてて、お辞儀する。
駅前商店街を颯爽と歩き出す彼は、色々な人の視線をひきながら。しかし、それらに気を止める様子もなく、歩いていく。ピンとした姿勢。右手はぽっけの中に。
『では、また』。その言葉を反芻する。それが、いかに不毛な行為であるかわかりながらも。

私は、また、あの目に見つめられながら、花束を作りたいと願った。

 

 

【あとがきなど】

あの花を……
花屋で買っている裕也が、存在するはずだ……!
という気持ちで書いた。
百合にした理由は、白い花の中では、メジャーだからです。
深い意味はない。

あとは、百合は日本原産ものを海外で品種改良して……というものも結構、多かったりするので。
日本大好きっ子であろう、裕也に似合うと思い……百合にした。

アルバイト女子に「この花束を君に」と渡す裕也もありかなと考えていたんですけど。
相互さんから「自分が作った花束を?」というつっこみをいただいたので。
「私の恋は、始まりと同時に終わっていた」パターンにしてみました。
裕也……本人が自覚してないところで、静かにもてていてほしい……。

 

 

 

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