メビウスの心

〇こご←あむ(?)
〇風降(セフレ?)
〇事後


風見はタバコを吸わないから、この部屋に、灰皿はない。
僕も、ふだんはタバコを吸わない。しかし、セックスの後は別だ。

かわいい部下を誘惑し、愛のない行為に及ぶ。その、いたたまれなさを、ごまかすために、僕はニコチンの手を借りる。
アルコールでは、急な呼び出しに対応できないし。違法薬物なんてもってのほかだ。だから、ニコチンが一番都合がいい。

ベッドで上体を起こし、タバコをくわえる。ライターの光が、ゆらゆらと揺れ、すうっと息を吸い込めば、ぽうっと火がともる。
一か月ぶりのニコチンに、くらくらしながら、タバコの煙を吹き出せば、薄暗い部屋の中で、風見が目を細めた。
明け方。遮光カーテンの隙間から、白い光が差しこむ。

「また、くすねてきたんですか?」

僕は、携帯灰皿に、灰を落とした。外から、カラスの声が聞こえてくる。

「……知ってるか? タバコの重さって、フィルターの隙間が大きいか少ないかの違いでしかなく、使っている葉の量は変わらないし。低タールタバコにしたところで、肺がんリスクは変わらないらしいぞ」

的外れな回答。

「……そうですか」

風見は、不満を隠さない。
公安刑事としての仮面を外した彼は、すなおだ。考えていることが、すぐ顔に出る。

「最近、10mgを5mgに変えたんだってさ」
「そうですか。……で、今の話は、したんですか? 毛利”センセイ”に?」
「ん……?」
「……ですから、タバコのタール数と発がんリスクの話を」
「……するわけないだろ。安室透は毛利小五郎のかわいい弟子であって、押しかけ女房ではない。健康について口うるさく説いて、煙たがられるわけにはいかないだろ」

眼鏡をかけながら、風見が体を起こす。

「かわいい、弟子、ね。……毛利探偵も災難だな。自分の弟子が、こんな不良だと知ったら、どんな顔をするでしょうね?」
「不良……?」
「師匠のタバコをくすねて、恋人でもない男のベッドでそれを吸う。不良行為もいいところじゃないですか」
「あの、な」

僕は、タバコを一吸いし、煙を吐き出しながら言った。

「毛利先生は、僕がタバコを抜き取ってること。おそらく、気づいている。そして、気づいたうえで、見逃してくれているんだ」
「……そうですか?」
「あの人、ものすごく勘がいいからな」
「ふーん。じゃあ、あなたの想いにも気づいているのでは?」
「まあな……。しかし、気がついていたとしても、相手にされないさ」
「そうです? 安室透ならいけるんじゃないですか? かわいいし」
「そうだな……彼が、捜査一課の刑事さんのままだったら、可能性はあったかもしれない。君みたいに」

風見が、眉間の皺を深くする。

「それは、どういう意味ですか?」
「……あの人、体育会系だから、上下関係を大事にするんだ。……断れないだろ? 誘われたら」
「……降谷さん、自分は、断れないのではなく」
「断らないだけ、だったな」

深いため息の音。

「……降谷さん、残り、俺が吸います」
「……そうか?」
「ええ。そんな体に悪いもの、あなたには似合いませんから」

僕の右手に、風見の手が伸びてくる。それを、すいっと、かわして、吸いさしのタバコを風見の唇に押し当てた。

「ほら」
「……どうも」

風見が、タバコをくわえる。その唇が、僕の指先にふれる。
つい数十分前まで、もっとすごいことをしていたはずなのに。指先で感じた、むにっという感覚に、いいようのない高揚感を覚えた。
風見がすうっと、煙を吸い込む。
タバコの火が、少し大きくなり、灰が落ちそうになる。あわてて、携帯灰皿を寄せる。
やがて、風見の唇が離れる。僕はとんとんと、灰を叩き落とした。
ふと、見れば。風見は、口の中に煙をとどめ、ゆっくり、少しずつ、ニコチンを肺の中へ落としていった。

『タバコとは、こうやって吸うものだ』

そう言われている気がする。煙をふかすだけの中途半端な喫煙しかしない僕は、恋をするふりはできても、恋にどっぷりと浸りきることができない。

「キス、してあげましょうか?」
「え……?」

風見が、また、タバコに唇を寄せる。眼鏡のレンズ越しに見える風見の眼はするどい。
指先に風見の唇のやわらかさを感じながら

「ああ……今、君とキスをしたら、毛利先生とキスをした気分になれるかもしれないな」

僕は、毛利小五郎に恋するふりをする。
唇が、また、離れていく。
風見が、煙を取りこみながら

「そうですかね……? 今、自分とキスをしたら……このタバコの匂いから、連想するのが毛利小五郎ではなく、俺になってしまうという可能性もありますよ」

僕を、恋に誘う。

「今、キスをしたところで、なにもかわらんよ」
「そうですか」
「ああ、ためしてみよう」

携帯灰皿の中で、タバコの火を押しつぶす。
そして、眼鏡を奪う。
実に苦しそうな表情で、風見が僕を見つめた。

――いい表情だ

眼鏡を脇に置き、携帯灰皿のふたを締め、唇を、風見の口に押し当てた。
伸びてくる、苦い舌。そこに、僕の乾いた舌を絡める。

風見との情事の後には、いつも、毛利先生からくすねたタバコを吸った。
だから、今、風見とキスをしたって、何も変わらない。
僕が、この煙の香りから思い出すのは、いつだって目の前のかわいい男なんだから。

メビウスの輪のように、僕の心はひねくれている。

 

 

【あとがきなど】

ずーっと書きたかった、降谷さんが毛利先生のことを好きなふりをしながら、風見と関係を持つ風降です。
書きたいところだけ書いた。ので、内容はない。
メビウスは、毛利先生が吸ってるタバコです。ごうしょうせんせいは、マイセンと言ってたけど。マイセンがメビウスになってから、ずいぶんと時が流れましたね……
連載初期の、こごろうは、ハイライトを吸っていたようなので、ハイライトでもいいなと思ったんですけど。

逆シャアの主題歌が「BEYOND THE TIME-メビウスの宇宙を越えて-」なので。
メビウスにしました。

嫉妬する風見の表情の中に、確かにある、自分に対する特別な感情を汲み取り。そして、気持ちよくなってく降谷君……最高に悪い男……。

 

 

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