君に会えれば、うれしい。

付き合ってはないけど、数年前に一度、関係を持ったことのある風降。

※名探偵コナンレシピプラスのネタバレがあります。


近頃、スマホアプリの料理配達サービスにハマっている。
宅配手数料がかかるが、家に居ながら、人気店の味を楽しめる便利さ……一度覚えてしまうと病みつきになる。
もともと俺は、食べ歩きが好きだ。二十歳の頃には、ラーメンブログをやっていたこともある。
しかし、金はあるが時間がないのが社会人。まして、視庁公安部の刑事ともなれば……。

十二月初旬。東京に木枯らし一号が吹いた。帰宅し、暗がりに向かってただいまを言う。
背広を脱ぎ、スマホを立ち上げる。アプリのアイコンをタップし、定食で検索をかける。最近このサービスに加盟したらしき、店の名前が目に留まる。タップし、メニューを確認すれば、生姜焼き定食が実においしそうだった。サイドメニューを見ると、煮物の小鉢が三種類ほど。中でも、レンコンのきんぴらが、うまそうで。その写真を見た時には、この店にしようと、決心はついていた。注文手続きを済ませ、シャワールームに向かう。最短で三十分ほど。遅くとも五十分以内に配達が完了する。

注文に際し、スマホは、厳重なセキュリティ対策を施したものを使用。料理は、必ず、玄関前に置いてもらう。これらのポイントに留意すれば、セキュリティの問題は、ある程度クリアできる。

――脇が甘いんんじゃないかって? 俺もそう思ったよ。

しかしながら、我らが警視庁公安部は、一時、このサービスを活用して、対象と接触できないか、ごくごく真面目に検討していた
そして、現実的ではないという結論に至った。
配達員が、狙った人物の家に、配達に行ける確率は極めて低い。
そもそも、対象がこのサービスを使っていなければいけないという前提があるし。マルタイが、いつ・どのタイミングで・どの店に注文するか、ある程度の目星がついていないければ、接触はほぼ不可能である。
したがって、帰宅時間がバラバラで、いろいろな料理を楽しみたい俺は、ある程度、安全にこのサービスを使用できる。
シャワーを浴びながら、今日のことをふり返った。年の瀬は忙しい。街の混雑に乗じて、あらゆることが動く。
午後三時過ぎ、降谷さんは、なにかを言いたそうだった。「降谷さん」と声をかけたが「そっちに集中しろ」と言って、あの人は立ち去った。

風呂上がり、スマホを立ち上げ、配達状況を確認する。五分ほどで到着するという表示。それならば、と、怪コレを立ち上げ、日課をこなせば、配達終了の通知が飛んでくる。
部屋着にしている高校時代の学校指定カーディガンを羽織り、玄関の外の気配を確認してからドアを開ければ

「……生姜焼き食べたいなら言ってくれればよかったのに」

という、声が聞こえた。この俺が、その声の主を間違えるはずがない。そーっと、首を横に回せば、スーツを着たままの降谷さんが、腕組みをして、こちらをにらんでいた。

「……えーっと。これを配達したのは、もしかして、降谷さんですか?」
不可能と思われた狙った相手への配達。しかし、この人なら、やりかねない。
「いいや」

その言葉に、ほっとする。だけど、謎は解けない。なら、なぜ、この人は、料理と一緒にここにいたのか。

「では……?」
「……運試しだよ」

思いがけない言葉。

「え……? 運ですか?」
「ああ。最近、君、言ってたろ? このアプリで、出前を頼んでいるって。だけど、もちろん、それは、毎日じゃない。だから君に会えない確率だってあった」
「それで、……運試しの結果は?」
「……わからない。でも、君と会えたことはうれしいよ」

どきんとする。

「……そうですか」
「あまり長居をすると、生姜焼きが冷めてしまうから」
「……あの……降谷さん」

かつて。本当に、ごくごく短い期間。俺たちは、この部屋で二人暮らしをしていた。ゼロの捜査官と右腕。その関係には、特別な意味合いがある。そして、その意味を育むためには、時間の共有が必要だった。

そして、一度だけ。本当に一度だけ。俺たちは関係を持った。

けれど、俺達は。恐ろしいほどに、きれいさっぱり。そんなこと、まるでなかったかのように過ごしてきた。それなのに、俺は、あの晩のことを、やたら鮮明に思い出していた。
玄関の外に出て、降谷さんの手首を握った。

「だめだよ。君の生姜焼きが……」

車を降りて、ずいぶん長いこと外に居たのだろうか。スーツの生地がひやりと冷たい。

「そんなの、温め直せばいいし。申し訳ないと思うなら、俺のために、おいしいアレンジレシピを作ってくだされば、それでいい」
「……でも、君は、料理をしないから……調味料の賞味期限」
「切れているかもしれません。だって、あなたが、ここを出てから、そろそろ二年になる」

やや強引に、降谷さんを部屋に招き入れ、靴を脱ぐ降谷さんを背に外廊下から、料理を回収した。

 

キッチンに移動し、使い捨て容器に入った定食を、冷蔵庫にしまう。

「冷蔵庫、新しくしたんだな」

料理をしない男が、一人で使うには大きすぎるスリードアの冷蔵庫。
パタン。
冷蔵庫の戸を閉め、後ろを向けば降谷さんが

「ただいま」

と、言った。しかし、その表情は硬い。

「おかえり」

そう返せば。降谷さんが、こちらに歩み寄り、間合いを詰めてくる。そして、額を俺の首に擦りつけた。

「すまない……あれっきりと思っていたのに」
「……謝る必要はないですよ。俺は、あれっきりなんて、思ってませんでしたし」

降谷さんの肩に手を添える。

「うそつき」
「嘘じゃないですよ。そうでなければ、あんな大きな冷蔵庫、買いません」
「……うそつけ……っ」
降谷さんの肩が、大きく上下した。右手で、とんとんと、背中を叩いてやる。
「好きなだけ、泣いていいですよ」
「泣いてない……っ」

そんなバレバレの嘘、つく必要ないのに。そう思いながら。腕の中で泣きじゃくる愛しい人を、ぎゅうっと抱きしめた。

 

【あとがきなど】

数年前に一度、関係を持ったけど、今は普通に上司部下をやっていて。
でも、一度、関係を持ってしまったことがあだとなって、風見さんにうまく甘えられない降谷零って最高にかわいくない??? と、常々思っています。

それにしても、レシピプラス……
裕也……お前、ウーバー・イーツ使うんか……という衝撃。
最初は、ウーバーイーツの配達員として、風見の部屋を訪れる、降谷零を考えたのですが。
いくら、なんでも、システム的に無理だなと思って。風見の家を張って、ウーバーの人が料理を置いて去るタイミングで、玄関わきで待機する降谷君にしました。
ちなみに、この降谷零は、過去に二回ほど、ウーバーイーツチャンスを狙っていたのですが、その時は、風見裕也、カップラーメンで夕飯を済ませたので……。
三度目の正直で、本日やっと、風見に会えたという感じです。

 

 

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