風降小噺。
同僚の結婚式の帰り道。
同棲しているけど、つき合っていない二人。
いい式だった。引き出物の紙袋を提げ、ハロさんの待つ家を目指して歩く。
「いい式だったな」
降谷さんが言った。酔いを冷ますために、ふたりで並んで歩く河川敷。風が強い。俺は、マフラーを巻き直し、手をすり合わせた。
「○○の親父さんが、ぽろぽろ泣いてて。自分も泣きそうになりました」
「……きっと、自慢の息子なんだろうな」
「あ、降谷さんのスピーチもよかったです」
「そうか……?」
こちらを向いた降谷さんの、おでこに少し見とれる。
今朝、二人で、試行錯誤して作ったヘアスタイル。後ろに流した前髪が、少し、ほつれていた。
「ええ。とてもよかったです」
家に帰ったら、ゆっくり、ていねいに髪を洗ってやろう。頭皮をくまなく。髪の生え際までしっかりと。
降谷さんの髪を、初めて洗ったのは共に暮らし始めて半年が経った頃だ。それから、さらに半年。今ではすっかり、それが、当たり前になっている。
犬のいる暮らし。河川敷を、二人きりで歩くのは久しぶりだった。
「君たちの余興……新郎側は盛り上がっていたけど。□□さん側のお客さんは、ちょっと、ドン引きした様子だったな」
「……野郎がやる結婚式の余興なんて、あんなもんです」
「だが、これからは、少しずつ、考え方を変えていかなければ……」
「そうです……?」
「スピーチの文章を考える時に、いろいろ調べたんだが。お決まりの文句で、スカートとスピーチは短い方がいいと申しますが……ってあるだろ? コンプラ的にアウトだって書いてあった。だから、君たちの余興も……」
「……ギリギリどころか、余裕でアウトでしたね」
「だろう?」
しかし、ああいう下品なバカ騒ぎは、すごく楽しいのだ。少し、さびしい気持ちになる。
「俺達の結婚式は、関係者男ばっかりだから。二次会なら……ああいう余興をしても……」
「……は?」
しまった。と思う。降谷さんが、安室透としての生活を終える際の新居探し。それに乗じて、なんとなく同棲を始めてしまった俺たちは、そういう具体的な話をしたことがなかった。
「すみません……」
「……風見」
「……はい」
「僕は、君との結婚式は……ハロと三人だけで挙げるものだと思っていた」
「えっ……?」
「まあ……君が、両家を交えた盛大な式を考えているというなら……その方向で考えていこう」
くっくっくという笑い声。俺はからかわれているのかもしれない。酷い話だ。真剣なのに。
「降谷さん……」
「ん……?」
「自分と、結婚してください」
ドキドキしながら伝えれば、降谷さんがまっすぐ前を見たまま答える。
「却下」
「え……? なんで?」
「結婚式に出て、そんな気分になってるだけかもしれない」
「そんなことはないです……! 俺、前々から……!」
「ホォー……。僕は、君のご両親と会ったことがないのだけれど?」
「それは……」
「友達とルームシェアするから、引っ越しをする……だっけ?」
同棲を始める時に、母親に入れた電話。降谷さんは、それを根に持っているようだ。
「……すみません」
「いいや。別に。かまわんよ。まあ、でも……」
びゅうっと、強い風が吹いてくる。降谷さんの前髪が、風に絡めとられて、ゆらゆら揺れる。
「今のうちに捕まえておいた方がいいのかもしれない」
「……え?」
得意げな笑顔。この人の横顔はいつだって完璧だ。
「友達として、特別に教えてやるが」
「はい……」
「二次会の時。君のことをちらちら見ている女性が何人かいたよ」
「えっ?」
「まあ、件の余興が終わったとたんに、スイーツとおしゃべりに夢中になっていたけどな」
「からかわんでくださいよ」
「あーあ……モテる男を好きになるのはつらいな」
「それは、俺のセリフです」
「へぇ……君、僕のこと好きだったんだ?」
「え……」
「言われたこと、なかったぞ?」
本当に、その通りなので、言い返す言葉が見つからなかった。
「風見、家まで競走だ」
「え……?」
「負けた方が勝った方の言うことを一つ聞くというルールだ。よし……準備はいいか?」
「……え……?」
「おいおい……公安警察たるもの、いついかなる時も、すぐに走り出せるようでなければ……」
その言葉を聞き終える前に、俺は走り出した。
「って……君……! ズルをするな!」
「ズルではありません。公安お得意の違法作業です!」
自宅まで、おおよそ、三百メートル。降谷零のために、厳しいレースを何度も何度も、走り抜けてきた。だから、負けるわけにはいかない。
同僚の結婚式の帰り道。引き出物の紙袋を、振り回しながら。俺は、向かい風の中をかけぬける。
【あとがきなど】
付き合ってないのに、同棲しているうえ。
風見裕也の方は、何故か、かなり具体的に結婚について考えている風降……
大好きだなあって♡