はづきとおかあまりいつかのよ

初出:画像ss(2020.10.1)

十五夜だけど月見はしない風降。


 

「そういえば、今夜は十五夜ですね。ご飯食べたら、月……見ませんか?」

降谷さんの部下になって三年。おつき合いというものを始めて二年半。俺たちは十五夜のお月様を見たことがなかった。
つき合い始めて、最初の十五夜。降谷さんに『一緒にお月見をしませんか?』と、誘いをかけて断られた。
去年の十五夜。降谷さんから仕事を頼まれて俺たちは会えなかった。
俺は、伝統行事にこだわる方ではない。でも、降谷さんはそうじゃない。正月も七夕も、なんなら重陽の節句も祝うような人だし。熊手はホームセンターではなく酉の市。さらには、いそがしい合間を縫って茅の輪くぐりをこなす。
降谷零とは、そういう男だった。
なぜ、十五夜をスルーするんだろう。なんだか腑に落ちない。
しかし、子どもの頃に教えられた、『片見月』のことを思い出し、俺は納得した。

――十五夜のお月さんを見たら、十三夜の月も見ないと不吉なことが起こる。

降谷さんは、そういうことを心配して、だから、十三夜を見られるかどうか、確証を持てないがゆえに、十五夜の月見を嫌うのだろう。そう推理した。
律義なことだ。迷信を信じるなんて、子どもみたいでかわいらしい。降谷さんが十五夜の月見を避けているという事実は、多分、俺しか知らない。そんなことを思って、ひそかによろこんでいた。
しかし、半年前、状況が変わった。降谷さんが追い続けた例の組織は瓦解し、俺たちは同棲を始めた。
俺も降谷さんも、相変わらず忙しくはあるが、同じ家に帰るのだから、十五夜を見て、翌月の十三夜を見ることは難しくないだろう。たとえ一緒に月を見られなかったとしても、電話をしながら同じ月を見上げる、それくらいの余裕はあるはずだ。
そう思ったから、夕飯の最中、里芋を箸で割りながら、月を見ないかと誘ったのだ。

降谷さんは眉間にしわを寄せた。里芋が、箸から、つるりと逃げていく。

「えーっと……降谷さんが、十五夜を避けていたことは知っています。でも、今なら、よほどのことがない限り、片見月にはならないでしょう?」

緊張しながらそう言うと、降谷さんは不機嫌そうな声で言った。

「片見月もそうだけれど。中秋の名月の夜に逢瀬をするなんて、なんか不吉だろ?」
「……はあ?」
「……夕顔、だよ」

箸が、ようやくのこと、里芋を捕まえた。

「……で、俺と降谷さん、どっちが夕顔なんですか?」

里芋を口に運ぶ。粘り気があって、とてもおいしい。咀嚼をしながら、降谷さんの顔をじっと見つめた。

「……確かに、君は、夕顔ってタイプじゃないな?」

その言葉に笑いそうになる。俺の恋人は、性的経験に乏しくて、身持ちが固くて、女遊びなんてしたことがないくせに、自分を光源氏であると仮定していたらしい。
確かに、眉目秀麗で、女にもてるという点は、光源氏っぽいかもしれない。けれど、降谷さんは女遊びはおろか、雨夜の品定めさえも、したことがないだろう。
里芋が、ねっとりと、喉を降りていく。俺は、味噌汁をすすり、ふふっと笑った。

「なにがおかしい?」
「降谷さんこそ、夕顔にも光の君にも似ていないじゃないですか」
「……まあ、そうかもしれないけど。君だって、その……さすがに光源氏ほどじゃないだろ?」

確かに、俺は降谷さんよりも経験がある。しかし、光源氏ほどには、好色じゃない。

「安心してください。俺の女性経験は、光の君には到底及びませんから」
「……別に、そういう言葉を聞きたかったわけじゃない」

むすっとした表情。
降谷さんの箸が、とてもきれいに秋刀魚の身をほぐしていく。本心を隠そうとする降谷さんの様が、とても愛おしかった。

「そうですねえ。降谷さんは、光源氏でもなく、夕顔でもなく……どちらかというと”六条御息所”ですよ」

ギロリと、鋭い視線が飛んでくる。
(いや……だから、そういうところです)そう思ったけれど、かわいそうだから言わないでおく。

「俺、源氏物語だと、六条御息所が一番好きなんですよ。あの人、すごい素敵だもん」
「……そうか?」
「ええ。それに、俺は、光源氏ではないから、六条御息所のような……美しくて、知的で、高い地位をにあって、気品がある人と恋人になることができたら……生霊を飛ばす余地がないくらいに、愛しまくると思いますよ」

降谷さんの箸が止まる。俺は、みそ汁のなすを口に運んだ。

「……月、今年は見てみるか?」

なすが、口の中でとろける。

「……それもいいですけど。月を見る暇があったら、ベッドの中であなたを”突き”まくりたいなあという気分です」

降谷さんが、俺を睨む。

「風見、その洒落は最低だぞ?」
「洒落だと思いました? 本音だったんですけどね」

残り少なくなった秋刀魚の身に箸を伸ばす。
そして、デザートに柿があることを思い出しながら、ご飯を頬ばった。
降谷さんが、椅子の上でもぞもぞして、体をゆらしている。
(ああ、柿は、明日の朝、食べることになるかもしれない)
そんなことを思いながら、俺はつま先で降谷さんのすねを撫でた。

はづきとおかあまりいつかのよ。
俺たちは、今年も中秋の名月を見ないだろう。

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