カーテンを買いに行く #風降版ワンドロ・ワンライ

第12回 カーテン
たぶん、そしかいごの話。
※お別れネタが苦手な方は閲覧を控えてください


 

降谷さんと仕事での関係を解消した。
警視庁。直属の上司から口頭で告げられた解任。紙のない辞令を信じたくない自分がいる。

一月が経過したころ、ふと、思いついて、賃貸情報サイトの検索バーにメゾンモクバと入力した。
入居者募集は、二件。以前から空き室になっていた一階の部屋。そして、あの人と、あの子が住んでいた部屋が、空室になっていた。
部屋の間取り図と、内観写真。がらんとしているが、しかし、それは確かに、あの部屋だ。
ベランダの写真に、当然、家庭菜園は存在しない。
和室の写真に、あのベッドは存在しない。
俺が選んで買ってきたカーテンも、取っ払われてしまっている。
あの人も、あの子も、もう、そこにはいないのだ。

いいようのない悲しみを抱えながら、俺は、一人、あの人が連れて行ってくれた焼き鳥屋に入った。
あのネチネチしたお説教すら、今となっては、愛しい時間であったと思う。

そうして、夜の街を歩く。はしご酒した時のことを思い出したりして、今夜の俺は、どうにもセンチメンタルだ。
クリスマスが近いのがいけないのかもしれない。独り身の三十男に、冬の澄んだ空気がしみわたる。
俺は歩く。夜の街をあてどなく。ふらふらと。酔っ払いの足取りで、俺は歩く。

翌朝、俺は二日酔いの体を引きずりながら、コンビニに向かった。
いつものコンビニ。その隣に立つ、三階建てのアパート。ふと、三階の右から三番目の部屋が視界に入った。
ゆらゆらと、カーテンが揺れる。

「え……?」

それは、見覚えのあるカーテンだった。あのカーテンを、俺は、何度も目にしてきた。間違いなく、あれは、あの部屋のカーテンだった。

コンビニの敷地まで来て、しかし、店内には入らず。俺は、そのカーテンを目指し走り出した。
二日酔いはどこかに吹き飛んだ。三階までの階段を一気に駆け上がり、玄関の呼び鈴を押そうとすれば、その直前に、扉は開いた。

「……あ」
「ずいぶん遅かったな」
「いや……」

不機嫌そうな、元上司の表情。そして、その背後から「アン!」と懐かしい、鳴き声が聞こえた。

「……まさか、三週間もかかるとは思わなかったよ。観察力が落ちたんじゃないか?」
「いや……あの……はい、ちょっと、気が抜けてたかもしれません」

(あなたと別れて)
部屋に入るよう促され、靴を脱ぐ。

「あれを、見てくれ」

ひらひらとなびくカーテン。

「寸足らずなんだ。君が、三週間……このカーテンに気がつかなかったせいで、どれだけ電気代がかさんだことか」

ここに住んでると、俺に教えるために。それだけのために、この人は、適性サイズより十センチほど短いカーテンを使い続けていたのだ。

「すみません……!」
「というわけで……」
「はい」
「風見、カーテンを買いに行こうか。この部屋にちょうどいいやつを見繕ってくれ」
「はい!」

俺と降谷さんは、もはや、上司と部下ではない。
だから「カーテンを見繕う」それが、命令なのか頼みごとなのか、判断がつかない。
しかし、俺達は、二人で新しいカーテンを買いに行く。今は、ただ。その事実だけで、十分だと思うのだ。

 

 

 

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