男だけの飲み会で

初出:2021年4月2日(ぷらいべったー)

〇つき合っている風降
〇「体育会系」ノリの飲み会に参加する二人の話
〇品がない

※直接的な絡みはありませんが、卑猥な表現があるので義務教育を終えていない方は閲覧禁止です。


時折、同年代の仲間と酒を飲む。
結束を高めるというよりは、うっぷんを晴らすため。いわゆる「体育会系ノリ」で、どんちゃん騒ぎ。男だけなのをいいことに、くだらない話から夜の話まで。
そういう場所に降谷さんを連れていくわけにはいかない。そう思うが、降谷さんは、その飲み会に参加したいと言って譲らない。

「僕だって、たまには、君以外とも無礼講したいんだよ」

気持ちはわからないでもない。

「……いや、そう言いましても。降谷さんが参加したら、みんな恐縮しますし」
「なら、安室透モードでいく」

男だらけの飲み会に、安室透モードで参加する降谷さんを想像する。よく考えなくてもわかる。それは、確実に浮くだろう。

「いや……安室透モードですと、ちょっと品がよすぎます」
「品がいい? ……君たちは、一体、飲み会でどんな話をしてるんだ?」
「いやー……まあ、あれですよ。体育会系のノリ。降谷さん、そういうのあんまり慣れてないでしょ? 絶対にやめておいた方がいいですって。後悔しますよ?」
「そんなことはない。大学の時とか……そういうノリの飲み会に参加したことがあるし……それとも、この僕が対応できないと思うのか?」
「まあ、できるとは思いますよ。……思いますけど。なんていうか、嫌なんですよ」
「……下ネタとか、そういう話をする僕を見たくないとかか……?」
「いや、それは別に、大丈夫なんですけどね。なんか、あとで、怒られそうだから」
「……君、僕に怒られるような、何かがあるのか……?」

降谷さんがギロリとこちらをにらんだ。
俺の恋人は少々嫉妬深いところがある。浮気のにおいを嗅ぎ取ったのかもしれない。そんな事実はない。だから、それは幻臭に違いないが、においとは厄介なもので、少しでも気になってしまうと、それが気のせいだと修正することが難しくなる。

「うーん……別に俺はいいんですけどね。悪いことは何一つしてませんから」
「なら、いいな」
「ええ、いいですよ。ただし、俺は、やめておいた方がいいと忠告しましたので、飲み会に関する苦情は一切受け付けません」
「ああ、いいだろう」

そう、俺はちゃんと忠告したのだ。

 

掘りごたつ式の座敷。
みなで降谷さんを囲い、酒とおしゃべりを楽しむ。

「えー! 降谷さんもAVとか見るんですね」
「ああ、僕も男だからな。まあ、それなりに」
「降谷さんは、おっぱいとお尻どっちが好きですか?」
「しいて言うなら、胸かな……?」
「やっぱ、巨乳ですか?」
「ああ、まあ、大きい方が好きかな」

猥談をそつなくこなしつつ、降谷さんがこちらに視線をよこした。そして、俺だけに伝わるよう微かに表情を変えて見せる。「ほらな、僕だって、こういうの大丈夫なんだよ」得意げな声が聞こえてくる気がした。
俺はテーブルの片隅で、焼酎のお湯割りなんかを飲んでいた。みな降谷零という特別ゲストに夢中だから、こちらに注意を払うものはほとんどいない。
そうやって、油断していたのが、いけなかったのだろう。

「そういえば、胸といえばですね、降谷さん……風見がどういうおっぱいが好きか知ってますか?」

――直属の上司と一緒の飲み会で、隅の方で静かに過ごしている男

今の俺は酔っ払いどものおもちゃに、うってつけの存在だ。
まあ、わかる。俺も、逆の立場なら、きっと、そう考える。

「さあな……意外にも僕たちは、そういう話をしないんだ」
「一緒に過ごすことが多いのに……ですか?」
「いや、しょっちゅう一緒にいるからこそ、かもしれないな」

降谷さんは、にこりと笑ってみせた。

「お前ら、降谷さんに余計なことを吹き込むなよ」

無駄と知りつつ、一応、そんなことを言ってみる。

「風見、降谷さんだって巨乳が好きであると打ち明けてくれたんだ。お前の性癖もオープンにしておくべきだろ?」
「……どうした風見? 僕に知られるのが恥ずかしいのか?」

どうも降谷さんは、あちらサイドにつくことにしたらしい。

「いや、恥ずかしいというか……」
「降谷さん、風見はですね……サイズでいったらDからE。大きさより形重視で、お椀型が最高だけど、次点は円錐型。それで、ですね……こっからが傑作です」
「おーい、お前、それ以上は言わなくていいだろ」

無駄な抵抗を続ける。それは、自分のために、というよりは降谷さんのために……なのだが、その真意は伝わらない。

「風見、往生際が悪いぞ。……続けてくれ」

俺は、頬杖をつき、酔っ払いどもに冷ややかな視線を送った。

「大きさより、形より大事なのは感度……ってのが風見の持論なんですよ!」
「ほぉー……感度、か」
「ええ。もうぶっちゃけ、感度がよければ、形とか大きさは二の次だって豪語してました。ぺたんこでもいいって」
「そういえば、胸を揉んだら育つというのは都市伝説だが、感度は育てることができるとかも言ってたよな」
「言ってた言ってた」

ため息をつく。どうにでもなれという気分だ。

「で、乳首の感度を育てる方法について、熱く語るんですよ……」

飲み会のたびに、披露してきた乳首開発に対する情熱を、彼らは酔っ払いならではの明るさで暴露した。
降谷さんは、相槌を打ちながらケラケラと笑った。果たして、俺以外にその笑いが作りものであることに気づいた者はいただろうか。

「風見、どんだけ、乳首開発に命かけてるんだよーって感じですよね」
「ああ、そうだな」

降谷さんがハイボールを飲み干した。

「真面目そうな顔をしてますけど、こいつ、めちゃくちゃスケベですからね」
「……ああ、それはよく知っている」
「え……?」

あー……。失言とはめずらしい。

「いや……あの、まあ。隠そうとしても、そういうのってにじみ出るものだから」
「おい……風見! お前のエロいとこ降谷さんに隠しきれてないらしいぞ」

俺は、左隣の男からタバコを一本もらい火をつけた。

「そりゃあ、降谷さんの前では、そういうの隠してないからな」
「いやいや、お前、隠してるだろ。今日とか、全然しゃべってなかったじゃん。降谷さんの前だからネコを被ってたんだろ?」

タバコの煙を吐きだす。
降谷さんがこちらをにらんでいた。余計なことは言うな、ということだろう。俺はタバコを灰皿に押し付け、頭をかいてみせた。

「あー、お前らのせいで、降谷さんに俺が乳首フェチの変態だってバレちゃったじゃないか。感度があんまりよくない乳首を、丁寧に育て上げて、休みの日にTシャツ着せて、乳首が透けてるのを見て楽しみたい願望のある男だってこと……降谷さんには知られたくなかったのに」
「いや、そこまでは暴露してねえよ……!」
「おーい……風見、お前、いつもより酔ってる?」

机に顔を伏せて、ちらりと、降谷さんの様子を確認する。平静を装うとしてるんだろうか、顔から表情が消えていた。
俺は降谷さんの胸のあたりに視線を送り、声は出さないまま(す・け・て・る)と口を動かした。唇を読める降谷さんは、無言のままジャケットを羽織る。その行動によって、俺は降谷さんの乳首の状況を察した。

男だけの飲み会に出たいという降谷さんに、俺はちゃんと忠告した。
だから、説教も苦情も受けつけるつもりはない。俺はいつも通り酒を飲み、いつものように猥談に参加しただけだ。
そんなことより、早くここから抜け出して、あのシャツをひん剥いてしまいたい。強くそう思う。だが飲み会は続いていく。
俺は、衝動を鎮めるために、隣の席の男から二本目のタバコを失敬し、今度はフィルターすれすれになるまで、じっくりと煙を吸っては吐いたりした。

 

 

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