一夜限りのはずだった

初出:Pixiv 2021年2月14日

上司と部下になる前に、偶然、出会ってしまった二人がセックスするだけの話。

※イメプレっぽいシーンがある
※たいしてえろくない
※風見さんも、降谷さんも、男とセックスするのが好きという世界線。
※ふたりとも、ワンナイトあり派で、日常的に出会い目的でバーを利用している……そんな世界線。


 

夕飯を食べ終えた僕は、スマホでメールを眺めながら、ため息をついた。

このたび、僕は部下を持つことになった。

上からの通告。一週間後、僕は、その部下と顔合わせをしなければならないらしい。
警視庁の人員を借り受けて、彼らに指示を出す……ということは、今までにもあった。しかし、それは、一時的なパートナーシップであり、ひとつの案件に区切りがつけば、彼らは持ち場に帰っていく。
上から右腕的存在を持つよう言われたのは、これが初めてではない。今までは、うやむやにしてきたが、今回は提案ではなく決定事項の通知だ。こうなれば、受け入れるしかない。
どんな男が来るのか。具体的な人物像は知らされなかった。上は、僕の心情を知っている。僕が、何らかの小細工をすることを警戒しているのかもしれない。

――年上の男。

それだけは教えてもらえたが、警視庁公安部に僕より年上の男は何人もいる。その情報から僕の右腕候補を絞ることは難しいだろう。
面倒なことになったと思う。なにせ警視庁公安部の職員はプライドが高い。いくら僕が警察庁の人間とはいえ、果たして僕の部下は、年下の男に、あごで使われることをよしとしてくれるだろうか。
憂鬱な気分になりながら、明日の予定を考える。
先週、立て続けに大きな仕事をしたから、今週はメンテナンス期間に充てるつもりだった。時計を見れば午後八時。たまには気晴らしをするのもいいだろう。僕は趣味と実益を兼ねた、ある遊びをすることにした。

――男遊び。

僕がそれを覚えたのは数年前のことだ。
あの日、僕は、何も考えたくないという理由で街をさまよい、偶然見つけた隠れ家のようなバーに立ち寄り男性にナンパされた。そして、そのままなしくずしに、その男に抱かれたのである。
性的嗜好とか、そんなものは、どうでもいい。男に体をゆるす、ほんの束の間。僕は、安室透でも、バーボンでもなく、降谷零であることすら放棄していた。
一夜限りの場当たり的関係。いいように遊ばれそうになったこともあった。その都度、危険回避はしてきたが興は冷める。男遊びを楽しむには、事前準備と状況判断が大事になる。したがって、この遊びは、ある意味において、仕事のトレーニングを兼ねていた。

風呂に入り、体をすみずみまで洗い、乱暴な愛撫にもそれなりに対応できるよう後ろをほぐした。髪を乾かし、素肌に直接シャツを着て、ブレザーを羽織る。
支度が整った頃には、午後十時を過ぎていた。
行き先は決めていた。ビジネス街から二駅。落ち着いた街にある、こじんまりしたゲイバー。今日の僕は、セックスをしたいだけではなく、少しだけ、だれかと話をしたかった。例えば、初めて部下を持つ時の心構えであるとか、年上の部下とうまくやるコツとか。そういう話を少し年上の誰かとしてみたい。
そのゲイバーは、三十代~五十代のビジネスマンを主な客層としていた。
看板の無いドアを開け、店に入る。BGMはジャズ。
ホールを見渡せば、客入りはほどほどだった。もうすぐ十一時だから、仕事終わりに立ち寄った客がすでに店を去ったのかもしれない。
ふと、グリーン系の背広を着た男が目に入った。二人掛けのテーブルに、一人で座り、もの静かに飲んでいる。ピンと伸びた背筋。短くさっぱりとした黒髪。かっちりした印象の眼鏡。彼は、チョコレートをあてにしてウィスキーを丁寧に味わっていた。
他には見向きもせず、そのテーブルを目指す。

「こちらの席は、空いていますか?」
「ええ」
「ご一緒しても……?」
「もちろんですよ」

声が思いのほか色っぽくて、それだけで身体が熱くなった。
最初は無難に世間話。それから軽く仕事の話を。どうやら彼も、守秘義務があるような職業についているらしい。具体的な話はせず、一般的な話題として自身の話をすることに慣れているようだ。だから、僕も、特殊な業務内容を一般的な事象に置き換えて話す。

「それで、今度、部下を持つことになって。少し悩んでいるんです。実は、部下ができるのは初めてで……」
「そうですか。プレッシャーとかありますもんね」
「あの……。あなたは、部下とかいらっしゃるんですか?」
「まあ。一応。とはいっても、一年前そういう立場になったばかりなので。アドバイスできるようなこともないと思いますが……」
「あの。最初は……やっぱり、緊張しました?」
「そうですね。緊張したし。ずいぶん空回りしました」

僕より、少し年上だという彼は、とても穏やかな声で自身の失敗談を話した。

「……実は、僕が引き受けることになった部下って、年上の人なんです」
「あー、なるほど」
「ええ。だから余計緊張してしまって……」
「……そうでしたか。しかし、奇遇ですね……」
「え……? もしかして、あなたの部下も年上なんですか?」
「いえ、その逆と言いますか……。実は、今度、年下の上司ができるんです」

彼はグラスに残ったウィスキーを飲み干し、にこりと微笑んだ。

「新しい上司。あなたのような人だったらいいな」

目の前の男は、一瞬だけ、真剣な目をし、すぐさまそれをゆるめた。多分、遊び慣れている。そう思った。恋人が欲しいなら不都合な事実だろうが、単純に男遊びをしたいだけの僕には好都合である。

「……僕の部下も、あなたのような人だったらいいな」

わざと、舌足らずな声で言った。

「あのね……僕。明日は休みなんです」
「ああ、俺も、明日は休みです」

こういう遊びに慣れている僕たちは、そのやり取りだけで、お互いの意思を十分に理解した。そして、環状線。終電三本前に乗り込んで、繁華街を目指した。
二人で電車を降りて、駅に向かう人々の流れに逆らいながら、男同士でも入れるラブホテルまで歩く。
部屋を確保して、エレベーターに乗り込んだ。ドアが閉まると彼は僕の手を握った。キスじゃなくて、抱擁でもなくて、手を握るだけというセンスに、ちょっとだけグッと来てしまった。
おそらく、彼の頭の回転は、平均的な成人男性よりも早い。言葉の応答、仕草でのやり取り、表情や声色の変化。酒を飲んでいたにもかかわらず、彼はそのすべてを自分のコントロール下に置いているようだった。朗らかそうでいて、隙がない。こういう男とするセックスは、あたりであることが多い。

部屋に入るなり、僕からキスをしかけた。下唇をあたたかな舌で撫でられる。

「ねえ、あなたの名前は?」

僕は、彼の首に手を回して名前を欲しがった。

「んー。じゃあ、ゆうやで」
「ゆうやさん」

きっと、これは、この場限りの名前なのだろう。

「うん。君の名前は?」

僕は、そのいい声で、自分の名前を呼ばれてみたいと思ってしまった。それで

「れい」

と答えてしまう。

「れいさん、ですね」
「呼び捨てで大丈夫ですよ。ゆうやさんの方が年上だし」
「じゃあ、俺のことも呼び捨てでいいよ」

そう言うと、ゆうやは、自身のネクタイをほどいてシャツの胸ポケットにしまった。

「ねえ、れい……お風呂入る?」
「ん……僕は、家で済ませてあるから、ゆうやが大丈夫ならこのまんまでも」
「……済ませてきたってのは?」
「中、きれいにしてきた」

 

ベッドに移動する。服の上から触り合いをして、キスをする。それだけで、すごく気持ちがいい。やがて、僕のブレザーを取っ払いながら、ゆうやが言った。

「シャツ、肌に直接着てたんだ」
「うん」
「どうして……?」
「……だって、こっちの方が気持ちいいから」

鼻の頭にキスをされる。そして耳元で

「かわいい」

ささやかれれば、それだけで、身体が跳ねそうになる。もしかしたら、ゆうやは気がついているのかもしれない。僕が、その声をとても気に入ってしまったことを。

「ゆうやも、かっこいい」

彼の太ももをさすり、指先で股間を撫でる。耳元で漏れて聞こえる生温かな吐息。

「え……? 大きい?」
「んー? そう? れいのも、結構、大きいと思うけど?」

そこを指で触られて、僕はふるえる。

「れい、もしかして、感じやすい?」
「わかんない」
「でも、乳首、こりこりになって、くっきり見えちゃってるけど?」

布越しに、そこを爪でカリカリされる。

「あ……っん…んんん」

そして、喘ぎ声ごと、唇をふさがれた。カリカリされたところを、今度はぎゅっとされて、それから、さわさわされ、くにくにされた。左右の触り方が、微妙に違って。さわさわと、かりかりの組み合わせとか。くにくにと、ぎゅっの組み合わせとか。ゆうやは、とても器用に、僕への刺激を使い分けた。
そして、だんだん、我慢が効かなくなった僕が腰をふりながら、ゆうやの、身体に下半身を押し付け始めた頃、ようやく、キスが止んだ。
さわさわと、僕の乳首をなでながら、ゆうやが言う。

「俺の上司も、れいみたいな子だったらいいな」
「……え? ぼく、みたい…な? ぁ……」
「そう。こんなに、かわいくて、えっちな上司だったら……仕事、めちゃくちゃがんばれちゃうし。昼間どんなに厳しくされても。全部許せちゃいそう」

一生懸命に働くゆうやを想像する。昼間のこの人は、どんな顔でどんな声で仕事をしているのだろうか。

「ぼくも……ゆうやが、部下だったらいいな」
「どうして?」
「だって……」
「うん」
「部下だったら、こういうことしてほしくなったら……命じれば、いい」
「れいに、頼まれたら、翌日、どんなに朝早くても、仕事で疲れてても、抱きたくなっちゃうだろうな」

乳首への愛撫が止まる。そして、両腕でぎゅっと抱きしめられた。

「れい」

耳元で、名前を呼ばれる。

「”仕事中もえっちなこと考えてたの? 部下の俺に抱いてほしいとか考えてた?” ……なんて。そんな風にささやきながらするのとか、すごく気持ちよさそう」

それは、本当に、良さそうだなと思った。

「”うん……えっちなこといっぱい考えてた。” さっきも、バーで君が真面目な話をしてる時。ゆうやとのセックスってどんなかなとか、考えてたよ」

半分は本当で、半分虚構。

「あれ……? イメージプレイ……しちゃう?」

ゆうやは、笑いながらも、上司と部下プレイには興味があったらしくて

「えーと、じゃあ……。”れいは、仕事終わった後、すぐに抱かれてもいいように、ここを準備してたの?” とか?」

と、続ける。

「うん、準備してたよ。ねえ、だから、はやくしよう」
「昼間は、あんなに偉そうにしてたのに。ずいぶんと、甘えたですね?」
「だって、ゆうやの声が、かっこいいんだもん」
「……俺の声、好きなの?」
「うん」
「もしかして仕事中も、俺の声で、感じたりとかしてた?」
「それは……秘密だ」

思いのほか、そのやり取りが楽しくなってしまった僕たちは、そのまま、肉体関係ありの上司と部下という設定でセックスをした。
初対面ということもあってか、セックスそのものはノーマルで、そして、とにかく丁寧だった。だけど、彼のものって本当に大きくて。ここまで届くと、すごいってのは本当なんだなってことを、身体に教え込まれた。
正常位で、手前から奥まで。ゆうやは、先っぽの引っかかりを使って、僕の中をくまなく刺激した。たぶん、普段から鍛えているんだと思う。彼のそれが、僕に挿さってから、もう三十分くらい経つと思うけど、ゆうやは、涼しい顔で腰を動かし続ける。

「れい……すご…ゴム越しなのに、なんか……すっげ……吸い付いてくる」
「あ……なに、これ……だめ…ああっあ……奥、なんか、え……むり…だめ……」
「ダメじゃないでしょ。れいが……っはあ……仕事中からずっと、欲しがってたやつだよ」
「……そゆの…言わないで……っあ…はずかしい」
「うん。部下に、おなかの中ぐちゃぐちゃにされて、恥ずかしいですね」

『そう。今の僕は、仕事中から部下の性器を欲しがって。それで、中をぐちゃぐちゃにされて、感じちゃうような。そういう恥ずかしい上司なのだ』そう思ったら、自分が、ものすごい淫乱に思えて、胸がぎゅっとなった。

「ダメな…じょ…っ……あ、じょーしで…んっ、ごめん……ごめんなさい」

そう言うと、ゆうやは、腰の動きをゆるめて僕の頭をなでた。

「ごめん、意地悪しすぎた。だめじゃないよ。れいは、俺の最高の上司だよ」

その言葉に、すごく安心して。そんな風に言ってくれる、ゆうやのことを、僕はとても大好きなんだと錯覚した。
中をいっぱい、気持ちよくしてくれたからかもしれない。あるいは、お酒を飲んでいる時、ああいう場なのに、僕の悩みを真摯に聞いてくれたからかもしれない。でも、どちらでもいいことだ。
今日が終わったら、たぶん、二度と会わないだろうこの男に、僕はその場限りの恋をする。

ぎゅっと、ゆうやの体を抱きしめる。

「君も、僕にとって、最高の部下だよ……だから…ぁ……っ。もっといっぱいいっぱいして」
「れい……!」

ゆうやに、腰をがっつり掴まれる。そして、あれで、手加減してたんだと思わされるくらいの激しさで、ピストンされた。こういうのが、抱きつぶされるってやつなのかなって、そんなことを思いながら、僕は自分の体への統制権を失った。何度、達したのかわからない。でも、とりあえず、僕の中の一番気持ちいいセックスの記憶は、ゆうやによって、すべて上書きされた。

 

翌朝、彼に世話を焼かれながら、ホテルを出る準備をした。そして、部屋を出る間際、一枚の紙きれを渡される。

「これ、また、会いたいと思ったら電話かメールして。俺……結構、忙しいことがあるから、すぐに会うとかは無理かもだけど」

きれいな字で書かれた数字とアルファベットの羅列。

「ありがとう」

僕は、その紙切れを受け取り、ゆうやの唇を掠め取った。
これで、僕の恋はおしまいだ。
だけど、いつもであれば、家に帰る途中で、このたぐいの紙切れは捨てるのに、今朝はそれができなかった。

 

さて、僕の右腕となる男との初顔合わせの日。
小さめの会議室で。僕たちは、上の人間立会いのもと、きわめて形式的なあいさつを交わした。

「風見裕也です」

ゆうやは、風見裕也だったし。

「降谷零だ。よろしく」

もちろん、れいは、降谷零である。
僕たちの間に流れる、気まずい雰囲気を、初対面の緊張感ゆえと判断した立会人は「細かい打ち合わせは、また今度にして、今日は二人で飲みに行ってきたらどうだ?」などと提案してくる。

「ええ、そうですね。では、風見君、行こうか」

こうして、最近見つけたばかりの居酒屋に彼を連れて行った。
半個室の席。テーブルを挟んで向かい合う。店員からおしぼりを受け取り、とりあえず、生を二つ注文する。そして、店員がその場から去ると、風見裕也は額をテーブルにぶつけるのではないかという勢いで頭を下げた。

「あの……先日は、本当に、とんだ無礼を……」
「いや、いいよ。あれは、プライベートだったし。こんな偶然、あるなんて、僕も思ってなかったし」

スマホを取り出し画面のロックを解除する。

「しかし、ですね……あれは、さすがにやりすぎたといいますか……」
「ちょっと、電話する。君も頭をあげて」

僕は、すっかり暗記してしまった十二桁の数字を打ち込んで、通話ボタンを押した。呼び出し中の文字を確認し、それを耳に当てる。
と、同時に、風見の胸ポケットがふるえた。

「あ、すみません。私も電話が……」

そう言って、風見裕也はスマホを取り出した。そして、少々険しい顔をする。どうやら知らない電話番号からの着信らしい。

「もしもし」

そう言って、電話に出たのは風見。

「ゆうやか? 今晩、会えたりする?」

たずねたのは僕。

「……その、いいんですか?」

風見の声と、電話越しの”ゆうや”の声が、ほんの少しだけタイミングがずれて聞こえてくる。

「僕は、あの晩のこと忘れられなかった」

電話が切れる。風見がスマホをテーブルに置いた。

「あの……本当に、よろしいんですか?」
「僕に誘われたら、次の日どんなに朝早くても、とか。君、そんなことを言ってなかったか?」
「え、ああ、まあ……確かに言いましたが、あれは…なんといいますか、その……」

歯切れの悪い答え。だけど

「正直、君の声を聴いちゃったら、だめだった。あの日のこと、無かったことにして、ふるまおうと思ったのにな……」

どんな形であれ、僕たちは再会してしまったのだ。一夜限りの恋が、再び、動き始める。

「……俺も、無かったことにした方がいいと思っていたのですが」
「安心しろ、誘ったのはこちらだ。だから、責任は僕にある」
「……降谷さん、俺を共犯者にしてくださらないのですか」

その言葉に、どきんとした。

「共犯者?」
「”れい”をそういう体にしちゃったのは、俺ですから」

その声は、とても、いろっぽくて。
あの晩のことが、生々しい快感を伴って、よみがえってきた。

「お待たせしました、生二つです」

店員が、中ジョッキ二つと、お通しを置いていく。

「なあ、これ飲んだら、店、出ないか?」
「いや、せめて、腹ごしらえをさせてください」
「君……意地悪だな」
「ごめんなさい。じらすつもりはないんです。でも、あれは、それなりに体力を使うので。腹減ってると、思い切りできませんから」

乾杯もせずに、風見はビールを飲み始めた。そして、店員を呼び、すぐに出てくるメニューをたずね、それらを三品注文した。

「あと、豚汁と焼きおにぎりもお願いします。……降谷さんは?」
「僕はいい」
「じゃあ、以上で」

料理の注文を終え、風見は再びビールを飲む。そして、お通しをぱくぱく食べ始めた。この前、バーで会ったときは、すごく決まっていたのにな。僕はちょっとだけ、笑いそうになった。なんて、おもしろいやつなだろう。

僕は、最初にゆーやを好きになったが。たぶん風見裕也のことも、ちゃんと好きになれそうだ。
そう思いながら飲むビールは、なんだか、とてもおいしかった。

 

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