OMOIDE IN MY LOVER’S CAR

初出:Pixiv 2020/12/20

降谷さんがRX-7を手放す話


 

随分前から、苦労を掛けている。愛車にも。風見裕也にも。

このRX-7には、ただのスポーツカー以上の価値がある。かれこれ、十年近く乗り続けている。一緒に、いろんな無茶をしてきた。助手席に組織の人間を乗せたこともある。片輪走行もなんのその。一緒に空を飛んだことだってある。零戦の魂を宿した車。人馬一体という言葉があるが、困難に立ち向かう時、僕らはいつも一心同体だった。
どんなに時が経っても、その設計思想や、デザインの美しさが色あせることはない。
けれど、刻一刻と、自動車業界の状況は変化していく。ガソリン車の廃止さえ、予見されている昨今。発売から、かなりの年数が経った僕の愛車は、メンテナンスに必要な部品を集めることすら、困難になりつつあった。
だけど、僕は、つい無理をさせてしまう。数年前に組織への潜入捜査が終わったが、僕のこの国を食い物にしようとしている連中は、次から次に湧いてくる。

僕は僕の愛車のポテンシャルを誰よりも信じているし。たとえどんなに修理費用がかさんだとしても、風見裕也なら何とかしてくれると考えている。
しかし、今度の車検の見積書を見た時、さすがの僕も愛車を手放す決意をした。
僕の愛車は、車軸やフレームなど、本体部分に大掛かりな修復歴が多数ある。整備点検簿を見るたびに、ずいぶんと無茶をさせてきたなと反省する。
数々の修復歴。僕はこれを名誉の負傷と考えているが、一般的に、この状態の車両に高い価値はない。しかし、RX-7の部品には需要がある。だから、払い下げになれば。僕の愛車は、ばらばらに分解されて、部品だけが見ず知らずの誰かの車の中で生き残ることになるだろう。

この車には、たくさんの思い出がある。そして、思い出がありすぎるからいけない。
本当は、もっと前から、考えなければならない問題だった。それでも、辛抱強く。愛車も風見裕也も、僕のわがままにつき合ってくれた。

けれど、このままずっと僕の手元にあって、今後も多くの無理を強いられ、本当に動けなくなってしまうくらいなら、たとえ部品だけになっても、どこかで元気でいてほしい。そう思う。
それに、そもそも、この車は僕の所有物ではないのだ。僕の愛車ではあるが、その所有権が僕にあるわけではない。風見裕也が僕の部下であっても、彼の所属先が警視庁公安部であるように。
結局。白のRX-7が僕の愛車でありつづけるのも。風見裕也が僕の右腕であり続けるのも。僕のわがままが通っているだけのことに過ぎない。この特例措置が明日いきなり打ち切られたとしても、それは仕方のないことだ。そうなるくらいなら、お別れの時は自分で決めたい。

風見裕也とは、恋人である分まだいい。
だけど、僕の愛車は、僕の恋人にも、家族にも、友人にもなれない。

 

愛車での最後の出勤。警察庁の駐車場で、風見裕也とおちあった。

「記念撮影、しておきます?」
「いや、いい」

最後に、ボンネットをひとなでし、鍵を風見に引き渡す。

「ずいぶん入念に、洗車されたんですね」
「ああ。苦労ばかりかけてきたからな……」

僕の愛車は、風見の手配によって、官公庁オークションにかけられることになっている。
果たして、次のオーナーはどんな人になるのだろうか。コレクターに買い取られ、美術品か何かのように展示されるくらいなら、たとえバラバラにされたとしても、部品として、どこかで動いていてほしい。
わがままな僕は、最後の最後まで、そんなことを考えてしまう。

風見が運転席に乗り込む。
そして、手招きで僕を呼ぶ。

仕方なく助手席に座ってやる。見慣れた風景だ。でも、これも、今日で見納めになる。
風見は、左手で僕の右手を握りしめ

「初めてのキスは、ここでしたね」

と、言った。

「キス、しときます?」

職場の駐車場。それなりに目立つ白のRX-7。どうして僕の部下は、業務時間中にこのような冗談を言うのだろうか。

「いやだよ。君のキスって、長いし、しつこい」
「降谷さん……俺が、そんなキスをすると思ったんですか? 俺だって、一応TPOをわきまえますよ」
「しかしなあ……」

風見の方を向き、不信感たっぷりの目で見る。風見の顔がどんどん近づいてきて、僕の唇は掠めとられた。

「ね? 俺だってね。こういうかわいいキスもできるんですよ?」

そう言って笑う風見の左肩を思い切り叩いた。
結構な音がしたから、ちょっとしたうち身になったかもしれない。だけど、風見裕也は笑う。それが、あまりにも楽しそうだから、僕もなんだかおかしくなってきて。先ほどまでの、しんみりした雰囲気は雨散霧消した。
愛車との今生の別れ。車内は二人の笑い声で満たされる。

 

一週間後。
めずらしく、風見のわがままで平日に休みを合わせた。「たまにはドライブにでも行きましょう」という申し出。僕の契約している駐車場には、まだ、新しい車両が来ていない。だから、車は風見が準備する。
そういえば「降谷さんが仕事で乗る車……次は何がいいですかね?」なんて言っていた。もしかしたら、次の愛車候補と同じ車種をレンタカーで借りて来るかもしれない。

シャンプーしたての髪をドライヤーで乾かしていたら、風見から「駐車場につきましたよ」というメールが来た。「十五分待って」と返信し、服を着て身支度を整える。ドライブに同行予定のハロが、玄関から「アン!」と僕を呼んだ。

靴を履き、上着を羽織り、弁当とハロを抱きかかえて外に出る。
駐車場の方から、風見が借りてきたと思しき車のエンジンの音が聞こえる。とても、いい音だと思った。そして、通路を駆け抜け、階段を降り、敷地内の駐車場に向かえば、風見裕也が車の外で僕を待っていた。

「降谷さん、おはようございます」
「いや……君、これは……?」

聴きなれたエンジン音。

「ああ。知り合いに頼んでオークションで落としてもらいました。警察庁からの払い下げオークションで、警視庁の俺が入札するのは、少々、問題がありましたので」

絶句する。ハロが不思議そうな顔で僕を見た。

「いや……その、費用とか…」
「財形を崩しました。あと、叔父に頭を下げて」
「え? 財形って……君が、社会人一年目を終えた時に始めたやつだよな? 友人の貯金額を聞いて焦りを感じて組み始めたという月々二万円の……?」
「……降谷さん、なんで、そんな細かい情報を知っているんですか?」
「……ああ、ちょっとな」

ハロを地面に降ろす。そっと、車に歩み寄り、ボンネットに触れる。
それは、どう見ても僕の愛車だった。

「降谷さん」
「なんだ?」
「名義、どうしましょう? 時間がなかったので、とりあえず、俺の名義になってるんですが……今から、降谷さんの印鑑証明を取りに行って、陸運局に行きます? 一応、名義変更手続きでるよう書類を準備してあるのですが」

僕は、どうしたらいいか、わからない。けれど、一つだけ確かなことがあったから、それを風見に伝えた。

「風見……僕…潜入の仕事をしていたから、実印を持っていないんだ」
「ああ、そうなんですね。実は、俺も、この車を買うために実印を作ったんですよ……。その時に使った判子屋、確か…もう開いてると思うので一緒に行きましょうか。ついでにハロの印鑑も作ってもらいましょう」
「いや……ちょっと、君……。これ、本当に、大丈夫なんだろうな?」
「さあ? でも、まあ……俺たち共働きだから、なんとか養っていけますよ」
「そうか?」

そんな話をしていると、ハロが元気よく、車のボンネットの上によじのぼった。
ハロと出会った頃のことを思い出す。

この車には、たくさんの思い出がある。そして、思い出がありすぎるのがいけない。
わがままな僕は、この白いRX-7に乗って、もっとたくさんの思い出を作っていきたいと思った。

ボンネットに登ったハロを風見が抱っこする。その風見に抱き着く。
耳になじむエンジン音。
こんな日々が、いつまで続くか、わからない。
けれど、僕は、恋人と愛犬と愛車との日常を、一日でも長く楽しみたいって。そんなことを願ったんだ。

 

【あとがきなど】

降谷さん視点の話なんですけど、タイトルは『OMOIDE IN MY LOVER’S CAR(思い出は恋人の車の中に)』……風見さん視点です。
『OMOIDE IN MY BELOVED CAR(思い出は僕の愛車の中に)』よりも語呂がよかったという。それだけの理由で、前者になりました。

たぶん、RX-7ちゃんは公用車だと思うんですけど。なんか、いっそ、ガチな愛車にしちゃおうぜ……?
という、お話です。
いくら、降谷零の愛車とはいえ……ね。予算の都合とかありますからね。RX-7ちゃんが警察車両としての役目を終える日が、そのうちやってくるんだと思います。

そして、社会人二年目から、財形貯蓄制度を活用していた堅実な風見裕也が、降谷さんのためならばと、財形を解約し、親戚に頭を下げてお金を工面……という状況……。
『金に糸目をつけない風見裕也』が大好きな私であっても、さすがに、ちょっと葛藤がありました。大事だよ。老後の資金……。
でもさ、思ったの。二人が今この瞬間幸せならいいじゃん?! 刹那主義に生きようぜ! 財形……軽率に解約していこ!
RX-7ちゃんって、ランニングコスト最悪だと思うけど、風降は二馬力だから(?)なんとかなるよ!!!!

そしかい後……恋人と、愛犬と、愛車と暮らす降谷零……推せる……!!!!

 

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