初出:ぷらいべったー(2020.10.15)
〇ラジオを聴く風降
〇性行為を匂わす描写がある
〇架空のラジオ番組&DJが出てくる。
※あとがきにて、実在する楽曲を出しています。読みたくない方は回避してください
風見裕也が運転するスカイラインの助手席
「ちょっと、ラジオいいですか?」
という風見の問いかけに、降谷は
「かまわんよ」
上司然とした口調で答えた。
金曜深夜のラジオ番組。ケミマルというラジオパーソナリティーは、時に下ネタを交えつつ、面白おかしくリスナーからの投稿を読み上げる。
『続きまして、ラジオネーム右腕さん……。ケミマルさんこんばんは。はい、こんばんは……っと。僕は、先日、上司とカレーを食べに行ったのですが、その際、とんでもない失敗をしてしまいました……』
降谷は、運転席の風見をにらみつけた。しかし、その口元は緩んでいる。
「……君、はがき職人なんてやってたのか?」
その問いに、風見は、はぐらかしながら答えた。
「この右腕って人はメールでエピソードを送っているらしいです」
信号が変わりそうになるのを見越し、エンジンブレーキで車を減速させる。ラジオからは、笑い声が聞こえてくる。
「俺、この番組、結構気に入っていて。いそがしい時も、スマホアプリのタイムシフト機能を使って聞いてるんですが……。右腕は、過去に何度かメールを採用されたみたいですよ」
「へえ」
「今、読み上げられてるような、上司とのちょっとした日々の思い出を中心に投稿してるらしいです」
信号が黄色に変わり、間もなく、赤になる。車は、白線ぴったりのところで完全停止した。
「なあ、右腕の投稿。他に、どんなのが読み上げられたんだ?」
ラジオを流したまま、二人は雑談を続ける。
「そうですね…上司の運転する車の助手席で居眠りをして、説教されたエピソードなんかは印象に残っていますね」
降谷は、ドアウィンドウの外を見ながら、ふふっと笑った。
「どうかしました?」
風見が横目で助手席の様子をうかがう。
「……これは、上司としての僕の勘だけれど。ラジオネーム右腕の上司は、助手席での居眠りの件、本当はそんなに怒っていなかったと思うぞ」
「え……本当ですか?」
「ああ」
信号が青になる。スカイラインはゆっくりと走り始めた。
『しかし、右腕ね……随分前に、上司に片想いしているようなことを言ってたけど。俺は、今回の投稿を読んで脈ありだと思いましたね。だって、食事で失態を見せた後なのに、二人でデザートを食べ……
風見が左手でラジオのスイッチを切った。車体がほんの少しだけ、左右に揺れる。
「……いいのか? ラジオ? 君のお気に入りなんだろ?」
「……ええ。後で、アプリで聞きますから」
ラジオの音が消え、車内に妙な静けさが生まれた。
「なあ……ラジオネーム右腕は、上司のことが好きなのか?」
「……そういえば、ずいぶん前に、そういう感じの投稿が読まれたことが、ありましたね。今の今まで忘れてましたけど」
「……ふーん。じゃあ、少なくともその時は、好きだったんだな」
チカチカと音がして、左の方向指示器が点滅する。
風見は、車を路肩に寄せエンジンを切った。
「どうした?」
「いや……ちょっと、休憩しようかなと」
風見の声は、少しだけ震えている。
「あそこに自動販売機があるから、なにか買ってきてやろうか?」
「ありがとうございます。しかし、大丈夫です……すぐに落ち着かせますので」
そして、二人、しばらく黙りこんだ。
ラジオの音が消え、エンジンの音が消え、会話が消えた。二人きりの車内は、お互いの息遣いが聴こえてしまう程、静まり返っている。
先に、沈黙を破ったのは風見だった。
「降谷さん……あの…これは、部下としての俺の勘なんですけど。ラジオネーム右腕は、今この瞬間も、あなたを好きだと思います」
腕を組みながら、降谷は答えた。
「……面白おかしくしようとして、話を盛っていた、とかではないのか?」
「それはありません」
「そうか……」
眼鏡を外し、風見は、ふり絞るような声で言った。
「……たぶん、右腕は、辛かったんです。思い出や、あなたへの行き過ぎた想いは、確かにここにあるのに、それを誰とも共有できないということが、なんだか辛いことのように思えたんです」
降谷は髪をかき上げ、部下の名前を呼んだ。
「……風見」
カチャリ。
助手席のシートベルトが外れる。
「ああ……ここで、お別れしますか? 車を降りるのであれば、タクシーを手配しますが……」
「……いや、そうじゃなくて……君の話をちゃんと聞きたいと思って」
真っ暗な道を、猫の目が光って通り過ぎた。
「え?」
「君さ……ラジオなんかに投稿するんじゃなくて、僕と共有すればいいだろ。そういう人には言えない日々のことなんかを……」
「……よろしいんですか?」
眼鏡をかけなおし、風見は、シートベルトを外した。
「ああ。ただし、条件がある」
「条件……? ですか?」
風見の顔がこわばる。それとは対照的に、降谷は穏やかな笑みを浮かべていた。
「いいか…君も僕の話を聞け。それが、条件だ」
「え?」
「あのな……日々のささやかな思い出とか、仕事上のパートナーへの行き過ぎた想いとか……。抱えこんでいたのは君だけじゃないよ」
「それって……?」
「うん……僕も君を好きなんだと思う」
降谷が言い終える前に、風見の両腕が助手席にのびる。
そして、風見は降谷の体を抱き寄せた。
一か月後、金曜の深夜。
風見の部屋の寝室。スマホからは、例のラジオ番組が流れている。
『みなさん、今回はね、ある人からメールが来ちゃったんです。ある人ってだれかって? ある人って、ある人。もうね、俺もスタッフも、びっくりしちゃったし、リア充爆発しろって思ったんですけどね……。はい。じゃ、読み上げますよ。ラジオネーム”右腕の上司”さん。ケミマルさんはじめまして……』
セミダブルのベッドの上で、二人の男が肌をぴたりとつけて、抱き合っている。
「降谷さん」
「ん……?」
『……実は先月の放送がきっかけで、右腕とおつきあいすることになりました』
「俺は、今、すごく、うれしい気分なんですが。降谷さんは、今、どんな気分?」
「うーん……。ラジオ始まる前に、してくれたやつ……もう一回してほしい気分」
「え……? いいんですか? でも……まだ、残ってますよね?」
風見の右手が、降谷の腰をなでる。
降谷は、体をよじらせ、絡みつくように両腕を風見の首にまわした。
『これは、俺の予想だけど。金曜の夜だろ? 多分ね。右腕とその上司……この放送そっちのけで、イチャイチャしてると思いますよ。あーもう……! アイツらどうせ、俺の言葉なんか聞いてないと思うけど、一応言っておきます。末永く幸せにな! ……よし。そろそろ音楽の方にいきますかね。それでは、本日の一曲目……』
【あとがきなど】
カレーを作る降谷零の話を書こうと思って。
カレーを作るきっかけに、カーラジオを使おうと思ったんだけど。
カーラジオをつける風見裕也を書いたら
風見裕也って、なんか、はがき職人ぽい……!
はがき職人な風見裕也って、なんかよくない……!?
と、謎に興奮し、このような謎話が仕上がりました。
私は、ラジオをほとんど聞かないので、ラジオの描写は適当です。
そして、ケミマルの名は三秒で考えました。(実在してたらごめんなさい)
風見さんは、このラジオ番組に「スマホゲームで一緒に遊んでいるプレイヤーが上司かもしれない」「上司のペットの世話を頼まれたが、何故かペットの名前を教えてらえない」などのエピソードを投稿してた……という裏設定(?)があります。
そして……ラストで、ケミマルが流す曲。
THE BOOM&矢野顕子の「それだけで、うれしい」がいいかなって思ったんだけど。
https://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B09437(歌詞)
音楽は好みがあるので、あえて、ブランクにしておきました。
なんか、いい感じの曲を入れて補完しておいてください。