君の大きな手を、僕のものにしたくはなかった #セルフ風降ワンドロ

初出:2020/8/26(ぷらいべったー)

セルフ風降ワンドロ【お題:大きな手】
本文64分、手直し30分ほどでした。


 

風見裕也の手は、とても大きかった。
彼の身長はずいぶん高い。だから、それに比例して手も大きい。
風見の手が大きいことに気がついたのは、いつだったろう。出会った直後ではなかったと思う。

ああ。そうか。手相だ。

彼が僕の部下になって三か月が経ったころ、僕は風見を飲みに誘った。今からは、とても想像もできないけれど、あの日の風見は、少し不憫なくらいガチガチに緊張していた。

ビールから始まり、やがて日本酒へ。酒が回り始めたころ、緊張がほぐれてきたのだろう。オカルト好きの彼が言った。

「降谷さん……俺、手相を見れるんですよ」

だから、どうした? と、思いながらも、なんとなく手を差し出した。
風見は左手を僕の手の甲に添え、右手でスマホのライトを灯し、僕の手のひらを照らした。そして、ずいぶんと顔を近づけながら手相の皺を追う。

「降谷さん……いい手相してますね」

具体的に、どこがいい手相だったのか。その言葉のほとんどを覚えていない。ただ、感情線についての解説がやたらと長かった気がする。
そして、その日。僕は風見裕也の手が、とても大きくて、分厚くて、あたたかであることを知った。

それから、その大きな手は、僕のためにいろいろなことをしてくれた。

僕のために、ハンドルを握ってくれた。
スマホに盗聴アプリを仕込んでくれた。
僕が着る洋服の生地の手触りを確かめてくれた。
手の内を明かしてくれた。
拍手をしてくれた。
気絶から目覚めた僕に、手を差し出してくれた。
背中をさすってくれた。
僕の体を、ずいぶんと気持ちよくしてくれた。

だから。
その、大きな手に、頬をひっぱたかれた時。僕は、ひどく驚いて、頭が真っ白になった。
「あ……ごめんなさい」
上司に手をあげてしまったからなのか、恋人に手をあげたからなのか……風見は、とても動揺していた。

安室透として借りているアパートの一室。西日が差しこむ畳の部屋で、ハロが、心配そうにこちらを見上げる。

風見が僕をひっぱたいたのには、それなりの理由がある。僕は風見に嘘をつき、そして、少々の無理をして、ある厄介ごとを一人で片づけようとした。
風見は僕が本当のことを言わない(あるいは言えない)ことがあるのを受け入れていたし。知るべきでないことを知ろうとするほど愚かな男ではなかった。けれど、今回の一件については、嘘をつく必要がなかったし、風見に頼んでも問題ない仕事だった。むしろ、僕自身の体調管理や、その他の仕事との兼ね合いを考えれば、彼に振るべき仕事であったとも思う。
それでも、それをしなかったのは、彼に頼りすぎている自分自身に、ほんの少しだけ恐怖を覚えたからだった。
ひりひりとする頬に、大きな右手が添えられる。風見の左手が、僕の頭をなでた。
僕は自分の左手を風見の右手の甲に重ねた。さわさわ、さすれば体毛の感触。この手は、僕のために、実にいろいろなことをしてくれた。

「……風見」
「……なんでしょう?」
「僕は、君の手を僕のものにしたくないんだ」

風見の眉間にしわが寄った。

「降谷さん」

するり。風見の左手が、僕の首筋をなでた。

「俺の手は、あなたの手じゃないし。あなたのものじゃないから、いいんですよ」

風見の大きな手のひらが、僕の背中をなで、わき腹をさすり、へその周りをぐるりと撫でた。
体が、びくりと反応する。真剣な話をしている時に、どうして、こんないたずらをするのだろう? 風見をにらむ。けれど、彼は、そんなのお構いなしで、僕のおでこに、自分のおでこを押し当てた。

そして

「自分の手のひらじゃ、こんな風には、反応しないでしょう?」

そう言って、僕のズボンの前を触った。

「おい……!」

図体のでかい体を押しやる。

「ハロが見てる!」
「え……? 今更でしょ? この前も、もっとすごいところを見られたじゃないですか」
「いや…そういう問題じゃない……」

平手打ちの件を含めて説教しようと決意する。「いいか?」と、語り始めたところで。風見が僕を抱きしめた。本当に、身勝手なやつだ。

「降谷さん。俺の手は俺の手です。だから、俺の手がどう動くかを、あなたにはコントロールできない。まるで、降谷さんの思い通りに動いているように感じられるときだって、動かしているのは俺自身なんです」
「なんだよ、それ……?」
「降谷さんが、俺の手を自分のものにしたくないとか、よくわからないことを言うものですから」

急に恥ずかしくなってきた。
けれども、風見の大きな手は、とても上手に僕の背中をさするから、色んな事がどうでもよく思えてきた。

(僕は、この大きな手が大好きなのだから)

 

 

【あとがきなど】

セルフ風降ワンドロ……!
せっかくだから、チャレンジしようと思って書いたんですが。
基本的に、お題に沿って書くの苦手なこともあり、ゆるふわとした、謎話が仕上がりました…(お題配布サイト全盛期ですら、私は、お題を借りて書いたことがなかった……)!
でも「#セルフ風降ワンドロ」のタグをつけて、なんらかのお話を投稿したいという気持ちから、恥を忍んでアップしました。

風見さんの大きな手は、汚いこともするし、降谷さんを気持ちよくもするし、降谷さんの頭をなでたりもするし、場合によっては降谷さんの頬をはたいたりする……。なんか、そういうの、すごくいいなあって思って書きました。「風見裕也の大きな手」という字面を見るだけで、なんだか、元気が出ますよね。
付箋に書いて、職場のデスクに飾っておきたいです。

 

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