おもい、おもわれ

初出:2020/8/10(Twitter、画像SSより)

〇風降小噺
〇顎にニキビができてしまった、かざみさんのお話


 

仕事の休憩時間。降谷さんに飲み物をおごってもらった。俺は、缶の紅茶を受け取ると、すかさず降谷さんから距離を取り、そろりとマスクを外した。
久しぶりにニキビができた。顎に、ぽつぽつと二つほど。原因はわかっている。普段は夏にマスクなんてしないのに、感染症騒ぎで毎日マスクをしているからだ。
ずっと建物の中にいるならまだしも、仕事柄、炎天下の街を歩き回ることも多い。汗でやわらかくなった皮ふに使い捨てマスクの刺激。そりゃあ肌も荒れるというものだろう。
プルタブを引き、紅茶を一口飲む。そして、降谷さんの顔を盗み見た。何らかのお手入れをしているのか。もともとの肌質なのか。降谷さんの顔にはニキビが一つもなかった。降谷さんが俺の視線に気がつく。そして、目が合った。

「どうした?」

と聞かれて、ドキッとする。

「いや、最近、顎にニキビができてしまって……降谷さんはニキビ、できてなくていいなあと思ってですね……」
「そうか」
「ええ。顎……ですからね。想われニキビですかね? 誰か、俺のことを好きな人がいるんでしょうか……」

なーんて、ね……と続けようとしたところで、降谷さんが言った。

「ああ、多分そうだな」
「え?」
「君のそのニキビ。想われニキビだよ」

思いがけない言葉に、いい返事が思いつかない。でも、もしかしたら、本当に自分のことを好きな人がいて、降谷さんは、それを把握しているのかもしれない。なんとなく、そんな風に思った。

「……そういう噂でも、あるんですか?」
「ないよ」
「ああ……では、冗談なんですね……人が悪いな、降谷さんも。ぬか喜びしちゃいましたよ」

からかわれただけか、と思い、少しムっとする。
そんな俺をよそに、降谷さんは、アイスティーを一気に飲み干し、空き缶をゴミ箱に入れた。

「冗談でもないよ。だって、僕が君のことを想っているからな。すまんな。僕のせいで。……顎のニキビ、ひげが剃りにくいだろ?」
「え……?」

やっぱり、からかわれている……。だから、俺は、なるべく軽い口調で、冗談めかして言った。

「でも、降谷さんのおでこ、ニキビ無いじゃないですか。俺のこと、そんなに想っているなら額にニキビができるはずですよね?」

そう、降谷さんの肌はつるつるで。おでこにも、ニキビらしいものは一つもできていない。だから、降谷さんが俺のことを想っているはずがないのだ。

「ああ……。それな。僕、恋をすると肌の調子が絶好調になるタイプなんだよ。ポアロでも、いつもより肌つやがいいって褒められたばかりなんだ。これも、君のおかげかな? ……ありがとうな」

降谷さんは、そう言うと、すたすたとその場を立ち去った。

指で、顎をさする。ぷつぷつとできた二つのニキビ。どういうわけか、そのニキビが愛おしく思えてきた。

そして、俺は

「……重症だな」

そんなモノローグを抑えることができなかった。

 

 

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