褒め上手の風見君

〇つき合ってる二人が、宅飲み
〇七夕の短冊にドラムの上達を願う風見さん
〇途中から七夕が行方不明になる
〇風見裕也の家に、ウォークインクローゼットがある


 

6月の終わり。駅ビルの食品店でつまみを買ったら、レジで短冊を一枚もらった。せっかくだからと思って、願い事を書き、リビングのカーテンレールにつるした。
毎日、カーテンの開け閉めをしていたはずなのに、そんなこと、すっかり忘れていた。

風呂上がり、窓際で降谷さんが、タオルで髪の水気をぬぐいながら

「ドラムが上手になりますように……?」

と、短冊を読み上げた。
俺は、グラスと缶ビールをテーブルに置きながら(しまった)と思った。風呂から出たばかりなのに、冷や汗が噴き出る。

「なあ、風見」
「……なんでしょう」
「君って、字がうまいよな」

ドラムのことを聞かれると思ったのに。降谷さんは、そのことに言及しなかった。予想外に、字のことを褒められて、うまい返しが見つからない。

「書道教室通ってたんで」

降谷さんは、こちらをふり向き、腕組みをした。

「ドラム……というところが、いいな」
「え…?」
「芸事の上達を願うなんて。……意外と、伝統とか大事にするんだなと」
「ああ……まあ、そういう風に育てられましたからね」

七夕の願い事に、新しいゲームが欲しいなどと書くたび、親からたしなめられた。七夕とは本来、芸事の上達を願う行事であると。
今にして思えば、あれは、七夕の願いにかこつけて、高価なものをねだる俺に対する牽制だったような気もする。でも、おかげで、降谷さんに褒められたのだ。俺は、両親の教育方針に感謝をした。

「降谷さん、おつまみ何がいいです? 総菜、少し買ってあるんですけど……あ、冷凍のたこ焼きなんかもあります」
「あー……たこ焼き、あっためてもらってもいいか?」
「ええ、もちろん」

俺が、キッチンに向かおうとすると、背後から、スマートフォンのシャッター音がして、思わずふり返った。
降谷さんが、俺の短冊を写真に撮っていた。
(なんで、そういうかわいいことをするかなあ……。)
俺は、体が熱くなるのを感じ、冷蔵庫からお茶を出して、それを飲んだ。

たこ焼きを温めて、総菜を小鉢に移して、リビングのローテーブルに並べる。
降谷さんが、俺にグラスを持たせて

「ほれ」

と、ビールを注ぎ始めた。上司に、先にお酌してもらうなんて……と、少し緊張する。いや、恋人同士なんだから、そんなことを気にする必要ないって、わかっているんだけれど。それでも、緊張するものは緊張する。
初めて、お酌をしてもらったときのことを思い出す。降谷さんは、缶ビールをグラスに注ぐという経験があまりなかったらしくて、すごくぎこちなくビールを注いだ。泡が、たっぷりになってしまったそれを、俺はおいしく飲んだのだけれど、降谷さんは、納得いかなかったみたいで、俺にお酌の仕方を聞いた。
俺は、自分が知っているお酌のポイントを降谷さんに伝え、実践して見せた。降谷さんは、すぐにそれをマスターし。それから、次に宅飲みしたときには、インターネットで調べたという究極の缶ビールの注ぎ方を披露した。なにに対しても、徹底的に突き詰めようとする降谷さんのスタイルを見て、俺は、降谷さんへの尊敬を深めたし、そういう所をたくさん褒めた。
そのせいかもしれない。
恋人の時間、降谷さんは俺を褒めるようになった。俺がたくさん褒めるお礼なのかもしれないし、仕事の時、厳しいことを言う埋め合わせなのかもしれない。
動機は定かではないけれど、字の良しあしとか、短冊の願い事の内容とか。そんな些細なことでも、褒められれば嬉しい。

「あー、降谷さんがお酌してくれたビール、本当においしい」

俺がそう言うと、降谷さんは、ちょっと照れながら

「君が買ってきたお惣菜も、おいしいよ」

と述べた。

それから、二人で、とりとめない話をしながら、酒を飲んだ。

1時間が経過した頃だろうか。
降谷さんが言った。

「ところで、なんで、ドラム……なんだ?」

あー……とうとう、聞かれてしまった。
俺は平静を装いながら言った。

「え? そりゃあ、芸事の上達を願う日だからですよ」
「いや、でも、君……ドラムなんてやってなかったろ?」
「……まあ」
「じゃあ、なんで?」

あー、キスでもして、この口をふさいでしまおうか? と、思わなくもなかったけれど。そんなのは、結局一時しのぎにしかならない。降谷さんは、たぶん、すべてお見通しのうえで聞いている。
それに……降谷さんに見つめられると……俺はなんだか逆らえない気持ちになってしまうんだ。

「……降谷さんのギターに合わせて、叩けたらいいなと思って…今、ウォークインにしまってありますけど、練習用のドラム買ったんです。音出ないやつ」

すねたような口調になってしまう。冷めかけのたこ焼きを口に放りこんだ。
数秒間、沈黙があって。俺は降谷さんの方を見た。
降谷さんは、顔を真っ赤にして、俺の方をじっと見ていた。たこ焼きを咀嚼する。状況とたこが飲み込めない。
俺は、企業努力によって、思いのほか大きいたこが入った冷凍たこ焼きに対して、心の中で悪態をついた。そして、ビールで、無理くりたこを飲み込んだ。

「なんですか……その反応? すごくかわいくないですか?」
「だって、君が……思いがけないこと言うから…」
「……基本的に勘がいいくせに、どうして、肝心のところで鈍感になるんですか?」
「……え…なんか、音楽スタジオに入り浸るような仕事ができたのかなと思って……」

俺は、苦笑いをした。人のことは言えないけれど、本当に仕事ばかりなんだなあって。

「なあ…風見……風見が、ドラム叩くの見たい」
「え…やですよ。下手したら、降谷さんの方がうまいくらいだと思いますよ」
「それでもいい」

思わず笑う。そこ、否定しないんだな……と。

「なんで、笑うんだよ」
「いや、降谷さん、俺の前だとすごい素直でかわいいなと思いまして」
「……かわいい、かわいいって、君、今日そればっかりじゃないか?」

眉を吊り上げて、降谷さんが、俺をにらみつける。

「じゃあさ、降谷さんも、ドラム叩いてくださいよ?」
「ん? 僕が叩けば、君も叩くのか?」
「ええ、まだ、8ビートくらいしか叩けませんけど」
「よしわかった。じゃあ、さっそく、叩くぞ……! ウォークインにしまってあるんだよな?」
「ええ、じゃあ、準備しますか」

俺がビールを飲み干して立ち上がると、降谷さんが笑った。

「君、さっきまで、嫌がってたくせに、やる気じゃないか?」
「……ええ、俺、降谷さんのかっこいいところも好きですからね」
「……はあ?」
「だって、絶対かっこいいじゃないですか。降谷さんがドラム叩くところ」

おわり

 

【あとがきなど】

なんで、ドラムかって?

「ベースはもういますから……」

と言うと思うでしょ?
もちろん、それも、ありますが……

ドラムを選んだのは

「バンドマンの中で一番セックスがうまいのはドラマーである」

という私の偏見によります。

さて、風見さんは、対降谷さん限定ですごく褒め上手だと信じています。風見さんにとって、降谷さんは『しゅーぷりーむな人』だと思うので……
風見さんに褒められて嬉しい降谷さんが、風見さんに反撃しようと思うんだけれど。
思いがけずカウンター食らって撃沈するのが好きです。

それにしても、七夕要素……途中から見事に消え失せましたね……。
たなばた……とは…?