【注意事項】
風見さんが29歳の時に降谷さんに出会い、それから、関係を深めていく話
〇風見さんがタバコをやめる
〇当然のようにネタバレがある
〇スコッチの自死に関する描写がある(ほんの少し)
〇降谷さんが自分の命を駆け引きにつかおうとする描写がある
〇景零のにおわせがある(赤安も、におわせであるように取れなくもない)
〇風見さんはそれなりに女性経験が豊富
〇降谷さんも男性経験がありそう
(書いている本人は「ありそうっぽく書いているけど実はないというのもありだなあ」と思っている)
〇つき合っていないのに、やることはやる
〇風見さんと赤井さんがキスをする
※なんでも、ゆるせる方向けです
※pixivに6/13にあげたやつ
タバコを吸い始めたのは23歳の時だった。
ヘビースモーカーではない。しかし、たばこを吸うことは生活の一部としてなじんでいたし、喫煙者にとって肩身が狭い世の中になったとはいえ、仕事柄、俺の周りは喫煙者が多かった。
警視庁公安部のキャリア5年を迎えた春。俺は上司から呼び出されて、警察庁への出向を命じられた。事前に、そういった打診もなかったし。細かい事情に関しては、説明がなかった。
ただ、あの噂だけは知っていた。
――ゼロの片腕候補には、必ず警察庁への出向が命じられる
まさかな、と、思いながらも。ロッカーの私物をまとめて、次の週からの異動に備えた。
出向初日は、フロアに入る手順の確認と、秘密保持に関わる誓約書へのサインで終わった。
フロアの出入りに関する手順書は、当然のことながら部外秘であり、家に持ち帰ることは許されない。もちろんメモを取ることも禁止されている。
だから、終業時間までひたすらにマニュアルを読み込み、わからない箇所があれば、担当官にすぐさま質問し、内容を頭に叩き込んだ。
二日目からは、研修の名目で、いくつかの案件の資料整理などを手伝った。その合間に、担当官と雑談をする。
もしも俺がゼロの片腕の候補者としてここに呼ばれたのだとしたら。このなんともない会話も、実質、口頭試問なんだろうな……と思った。だけど、取り繕いはせずに、とりとめのない話をした。
ゼロの連絡係には、性格特性が重視されると聞いたことがある。その噂を信じているわけではないし。自分の性格に自信があるわけでもない。しかし、なにが正解かわからないのなら、素のままでいたほうが冷静でいられるし、レスポンスも速くなる。
そもそも、自分がゼロの片腕の候補に選ばれたかどうかは確かめようがなく。今回の出向も、本当にただの研修かもしれない。
警察庁への出向なんてめったにないことなんだから、一つでも多くのことを学んで帰りたい。そういう意味でも、素の自分でいた方が変な神経を使わなくていいし効率がよい。
出向から一か月経過したある日のこと。
その日の研修は座学のみで、プログラムは時間通りに終了した。こうして俺は、久しぶりに定時上がりすることになった。
忙しそうなエリート様たちに頭を下げながら、フロアを最短距離で横切る。
いくつかの扉を潜り抜けて。
セキュリティレベルの低いフロアまで降りると、俺は無性にタバコを吸いたくなった。
それで、先日、偶然見つけた、穴場の喫煙所に向かった。
そこは、会議室のわきにある喫煙所だった。会議の前後に立ち寄れば、それなりに人でにぎわっているのかもしれないが、普段は使用する人がほとんどいないらしい。
透明なスライドドアをそろーっと開け、灰皿の前に立つ。煙草に火をつけて煙を吸い込み、しばし、ぽけーっとしながら、今日の夕飯のことなどを考えていた。
ふと、視界の端に人の姿が見えた。
その人物は、こちらに歩いてくるようだった。俺は、その人の姿に、釘付けになった。
ファッション雑誌の『スーツの着こなし特集』から飛び出してきたようなその男は。
金色の髪をなびかせながら、こちらに歩いてきた。
すらりと伸びた手足。シャンと伸びた背筋。
褐色の肌はつややかで。大きな瞳は、きれいな青色で、目じりは結構垂れていた。
二十代前半と思しきその男は、自信に満ちた表情をしていて、風格のようなものさえあった。
そして、その男は、透明のスライドドアを開けるなり
「風見裕也警部補」
と、俺の名を呼んだ。
その声には、なんだか妙な色気があった。
いきなりの出来事に、少しばかり混乱したが。ここにいるということは、この優男も、警察庁の職員である可能性が高く。そうとなれば、おそらく、階級も自分より上だろう。
俺は、タバコを、灰皿に押し付け、それから姿勢を正した。
「はい!」
「君……タバコなんか吸うんだな」
「はい」
その男は、つかつかと、俺のそばまで近寄ると。検分するように、俺の頭の上からつま先までをじーっと見た。
「タバコ……やめることはできるか?」
「あー……どうでしょうか。禁煙したことがないので……」
「では、どうすれば、タバコを止めれそうだ?」
自分の名前を名乗ることもなく。初対面で年上である自分に敬語を使うでもなく。何の説明もなしに、どんどん話を進めていく男に、俺はほんの少しだけ、苛立ちを覚えた。それで、その男とはりあってみたくなった。
「そうですね……タバコを吸いたくなった時に、キスで口がふさがっていれば、タバコを吸わずに済むかもしれないですね」
あなたみたいに、顔は美形じゃないかもしれないですけどね。俺だって結構いい体してるし。結構、いいものを持っているし。君より何年か長く生きている分、経験は豊富なんですよ……ってね。
なんで、そんなことで、対抗しようとしたかと言えば。頭脳では勝てない気がしたし。腕力で勝負しようにも、いきなり腕相撲を申し入れるわけにはいかないからだ(俺は、腕っぷしにもそれなりに自信があるのだ)。
俺が、そう言うと、その男は
「そうか」
と、短く言うなり、俺のネクタイをひっぱった。
そして、自分の顔を俺の方に寄せ、そのまま、俺の唇を奪った。俺は、意味が分からなかったけど。やっぱり、なんだか悔しかったから。あわてて、その男の頭に右手を添えて、それから、舌を差し入れた。
ぐちゅぐちゅと、相手の口の中をかき回してやる。
10秒ほどしたところで、その男は、ぐっと俺の体を押しやった。
そして、その男は、右手の甲で唇のてかてかを拭った。
向こうから仕掛けてきたとはいえ、見ず知らずの、おそらく自分より階級が上の男とキスをしてしまった事実に、少し、後悔の念がよぎる。
目の前の男は、俺のことをじーっとにらみつけながら。
「やっぱり、最悪だな。タバコの味のするキスってのは」
と言った。
なんだか、とても申し訳ない気持ちになり
「いや……なんか、ごめんなさい」
と詫びを入れる。
男は、じーっと、俺の目を見ながら言った。
「いいか。君は、タバコをやめろ。どうしても吸いたくなったら、その時は僕に言え。そうしたら、また、キスをしてやるから」
この男が、どうして、そんなことを言うのかさっぱりわからなかったし。別に、男とキスをする趣味なんてないはずなのだけれど。少し必死な言い方が、かわいらしく思えて、その年下の男をからかいたくなった。
「ええ、では、やめましょう。タバコ」
「本当か?」
「はい。でも、今ね。最後の一本を、ものすごく、吸いたくて仕方なくて」
「そうか?」
「ええ。だから……キス、してくれますよね?」
穴場の喫煙室とはいえ。だれか人が来るかもしれないと思った。けれども、別に見られたところで。俺は、どうせすぐに、警視庁に戻るのだし。どうでもいい。
それで、二度目のキスは少しばかり丁寧に。それこそ、たばこ一本分を吸うのと同じくらいの時間をかけて。ちゅうちゅうと、見ず知らずの男の舌を吸ってやった。
キスを終えた後、その男は、俺をギロリとにらんで、こう言った。
「いいか……僕がここまでしてやったんだから、タバコ、絶対やめろよ」
「ええ。やめますよ。きっと」
俺がそう答えるのを、ちゃんと聞いたんだか聞いてないんだかよくわからないうちに、その男は、喫煙室を出て、颯爽とフロアから姿を消した。
それは、たった、10分程度の出来事であった。
飲み会のネタが一つ増えたな、などと考えながら、ポケットからタバコの箱を取り出し、握りつぶして捨てた。
俺にとって、喫煙は生活習慣の一つではあったけれど。優先順位は、それほど高くなかった。
別に、あの男との約束を守ろうと思ったわけではない。
もうすぐ30歳だし健康に気をつけてみようと、以前からそう考えていた。だから、これもいい機会かもしれないと思った。
それに、タバコを吸うよりもいいことってたくさんある。
こうして、俺は、30を目前にしてタバコを吸わなくなった。
それから、さらに、数週間が経ったある日。俺は、小部屋での待機を命じられた。
完全防音のその部屋には、窓もついていなくて。とても圧迫感があった。
15分ほど待ったところで、ドアが開く。
そして、俺は、息をのんだ。
だって、目の前には、喫煙室で会った、あの男がいたんだから。
男は、ドアを閉め、内から鍵をかけると、無言で椅子に座った。机を挟んで、正面で対峙する。
「タバコ、庁内では一応吸っていないらしいな」
「ええ」
「家でも吸っていないのか?」
「はい」
「そうか、じゃあ、合格だな」
男はそう言うと。数枚の紙を取り出した。そして、紙にすらすらとペンを走らせながら、合格という言葉の意味を説明した。
やはり、今回の出向は、俺にゼロの連絡役の適性があるか試すためのものだったらしい。
「君は、結構早い段階で、及第点に達していたのだけれど、タバコを吸うことがネックだったんだ。タバコの吸い殻から、得られる情報はそれなりにあるし、喫煙者が減った昨今において、タバコを吸う習慣があるということが、身元が割れるリスクにつながるかもしれない」
「そういうことでしたか」
「ああ。それに、僕の下で働くからには、体調管理は万全にしてもらわなければならないし。なにより、僕は、タバコのにおいが、あまり好きじゃないんだ」
男はそう言うと、ボールペンを机に置き、顎の下で両手を組み、口角をわずかに上げた。
その唇を見つめる。
タバコをやめて、まだ、ほんの数週間の俺は、なんだか無性にタバコを吸いたいような気がしてきた。
「あの……」
「なんだ?」
「タバコの話を聞いたせいだと思うのですが……なんだか、タバコ、吸いたくなってきまして……だから、いいですか? 口、吸わせてください」
男が返事をする前に、俺は、椅子から立ち上がった。そしてキスをした。どうしてもタバコを吸いたくなったら、キスをしてやると言ったのは、この人なのだから。返事を聞く前にキスしたって、別にいいだろう?
けれども、タバコ一本分。その唇をゆっくり吸い尽くす前に。俺はキスを中断することとなった。
なぜなら、俺は目の前の優男に右手をひねりあげられてしまったのだ。
「……おい!」
「……いって」
「なんでキスするんだ。業務中だぞ」
「タバコを吸いたくなったら……キスをしてやると言ったのはあなたじゃないですか」
男が俺の右手を解放する。
「あー……君ってやつは……。担当者から……なにを考えてるか読めないところがあるという報告を聞いてはいたが……」
「あー。やっぱり、あの人試験官だったんですね」
「え……ああ。そういえば……君、今回の出向の理由、一応、気づいてはいたのか?」
「まあ、お噂はかねがね聞いておりましたから」
「……噂になっているのか? それも考えものだな」
「それだけ、みんなゼロに興味があるんですよ」
「……ゼロ、にね」
「……ところでなんですけど。ゼロのお兄さん。いい加減に、あなたのお名前をお聞きしたいのですが……よろしいですか?」
俺が、遠慮がちに名前をたずねると、目の前の優男は
「うん……僕の名前はフルヤレイだ」
と、自己紹介した。
「フルヤレイさん……ですね。失礼ですが、階級は?」
「それは言えない」
ゼロの構成員となると、階級すらも機密情報扱いになる、ということか。
「はあ……では、お歳は?」
「年齢は、君より一つ年下の28歳だ」
童顔ですね。と、口に出さなかった自分をほめてやりたい。
「さて、風見裕也警部補。僕の部下になる覚悟はできたか?」
「ええ。もちろん」
フルヤレイ。漢字で書くと、降谷零。
俺の年下の上司。
仕えてみて分かったが、降谷さんは、とにかくすごい人だった。
身体能力も頭脳も優れていて。人心掌握もとてもうまく、俺のことをこき使いつつも、要所要所ではご褒美をくれる。
状況はよくわかっていなかったとはいえ、そういう素晴らしい人に、キスを要求した過去の自分を、本当に恥ずかしく思う。そういうわけで、俺は現在、降谷さんの前では、タバコという単語を発することすらしていない。
もともと、俺にとってのタバコはなんとなくの習慣であって。離脱期間である72時間もあっさりやり過ごせてしまった自分には、禁煙後の強烈な喫煙欲求というものはほとんど起こらなかったし。たまにタバコを吸いたくなっても、チョコレートをかじれば、それで喫煙欲求はおさまった。
もしかしたら、禁煙初日のキスがよかったのかもしれない。
あの日、俺は、タバコを吸うよりも、何倍もいいことがあるということを、身をもって知ってしまった。
タバコをやめた俺は今、あの人の右腕として仕事をすることを最上の喜びとしている。
それは、降谷さんが工藤邸に乗り込んで、一週間後のこと。
警察庁に呼び出された俺は、窓のない部屋で、降谷さんと向かい合っていた。
あの日、俺は現場にはいなくて。だから、あの日の出来事をすべて把握しているわけではない。けれど、降谷さんから言い渡された事後処理の内容から、なんとなくの事情は察していた。
知らなくてもいいことは、知らないままでいい。
だから、俺は、最低限の質問しかしなかった。
質問のいくつかは、はぐらかされた。
それで、事件の全容がわからないまま、俺は事後処理の進捗状況を報告した。
降谷さんは、俺の話を聞きながら、いくつかの指示を出した。そして、めずらしく。深いため息をついた。
俺は、なにか気の利いたことを言いたかったけれど、いい言葉が思いつかなかった。だから、この沈黙に身をゆだねた。
しばらくの沈黙の後、降谷さんが立ち上がった。
そして
「起立」
凛とした声で、号令を発した。
俺は、直ちに椅子から立ち上がり、それから、姿勢を正した。
「なあ風見。薄暗い部屋で、自分たちの失態なんてものに向き合っていると、タバコを吸いたい気持ちにならないか?」
もちろん、俺は「いいえ、別に、タバコを吸いたいとは思いません」とは言わなかった。
「……ええ、吸いたくなりますね。それも、久しぶりだから、すごく吸いたい」
俺がそう言うと、降谷さんは
「仕方がないな」
と言って、俺の首の後ろに腕を回し、唇をこちらに差し出した。
降谷さんを抱きしめながら、カサリとした下唇をぺろりと舐めた。降谷さんの唇が荒れているなんて、めずらしい。
ああ……眼鏡が邪魔だと思ったけれど、外すタイミングは、今じゃない。
眼鏡を外すことをあきらめた俺は、降谷さんの顔にフレームが当たらないよう細心の注意を払いながら、キスを始めた。
今日の降谷さんの舌は、とても、上手に俺の口の中を動き回った。降谷さんが積極的にキスに励むものだから、どうしても、俺の眼鏡が当たってしまう。どうしたものかと、焦っていると、降谷さんの右手が動いた。
降谷さんは、キスをしたまま、とても器用に俺の眼鏡を抜き取り、俺のスラックスのポケットに差しこんだ。
それで、俺は、自分のものがそれなりに、膨らんでいることに気がついた。そして、自分のへその下あたりに硬いものが当たっていることに気がつく。
俺は、妙に冷静に。
ああ、やっぱり、この人の腰の位置って高いなあとか、そんなことを思った。
アラサーの男二人が、業務中に、キスをして。しかも、お互いのものを勃起させて、それを相手の体に押し付け合っているなんて。本当にどうしようもないなと、思う。
けれども、俺は、降谷さんの赤井狩りに対する執念が、尋常でないことを知っていたから。だから、たぶん、これも必要な事後処理の一つなんだろうと思った。
タバコ1本分なんて、みみっちいことは言わずに。
ひと箱分くらいの時間をかけて、キスをしようと思った。しかしながら、それは、13分後にかかってきた電話によって中断し、そのまま再開することはなかった。
それから、時折、降谷さんは、俺にタバコを吸いたいんじゃないかと、たずねるようになった。
そのたびに、俺は、「吸いたいです」と答えたし。
自分から、タバコを吸いたい気がすると申し出ることもあった。
そんなある日。降谷さんに、ワンちゃんの世話を頼まれた。
ワンちゃんとたくさん遊んで、本業がおろそかになって、叱られた。そういう俺をワンちゃんは、励ましてくれた。
俺はなんだか、あたたかい気持ちになった。そして、腹ごしらえをした俺は、眼鏡をしたまま眠りに落ちてしまった。
「……かざ…おい……かざみ…風見」
降谷さんの声で、目が覚める。
「あ……ああ! 降谷さん!」
「静かに……寝てるから」
降谷さんに言われて、ワンちゃんがすやすや寝ていることに気がつく。降谷さんが、俺の右耳に顔を近づけて、ささやいた。
「……君、上司の部屋で寝るなんて……ずいぶん疲れているんだな。ストレスもたまってるだろうし、また、タバコを吸いたいんじゃないか?」
とても優しい声だった。
「……ええ。吸いたいですよ」
と、俺は答えた。
そうして。
すやすや眠るワンちゃんを起こさないよう、俺たちは静かにキスをした。
性器を昂らせるようなキスは、あの日以来していなくて。
それでも、これは、タバコを吸うことの代償行為だから。少しくらいは、降谷さんの舌を吸ったりはした。
その日。突然に、降谷さんが俺の家を訪ねてきた。
俺が、降谷さんの…というか。安室透の部屋に行くことは何度かあったが、降谷さんが俺の家を訪ねてくることは、ほとんどなかったから、少しだけ、はしゃいでしまう。
降谷さんは、苦笑いをしながら、俺に封筒をよこした。そして、「読んだら、すぐに燃やせ」と言った。
真夜中のダイニングで、俺はその文書を読んだ。降谷さんは、俺が淹れたお茶を飲みながら、なにやら、考え事をしているようだった。
A4用紙3枚分。
それは、Hという男の死に関する報告書だった。
報告書の文章は、とても淡々としていた。
Hは俺と同じ警視庁公安部の刑事で、とある組織の潜入捜査中に命を落とした。Hと報告者の関係については、明らかにされていなかったが、ただならぬ関係であったことは、推察できた。そして、この報告書には、もうひとり。Aというイニシャルの男が出てきた。Hが誰であるかは、わからなかったがAの正体については、心当たりがあった。
たった3枚の報告書の中には、簡単に受け止めきれない量の、悔恨の念と行き場のない怒りが満ち満ちていた。
――報告者は当初、Hの死因をAによる射殺であると断定した。しかし、報告者はその後の調査で、Hの死について、真実を知った。
びりびりと、紙を破き。それから、俺は、フライパンの上でそれらを燃やした。
ゆらゆら揺れる炎を見つめていたら、後ろから降谷さんが近づいてきて
「そのライター、君がタバコ吸う時に使っていたやつだろ?」
と言った。
「ええ」
俺は、ライターの火をつけて降谷さんに見せた。
「ねえ、降谷さん」
「なんだ?」
「俺は、このAっていうやつのこと、ちょっと気に食わないです」
Aがなぜあのようなふるまいをしたのか。答えはわからない。けれど、結果的に、降谷さんは、Aという男に甘えた。
降谷さんに、甘えたという自覚がなかったとしても、結果的に、Aは降谷さんを甘やかした。
「そうか……」
紙が燃え尽きるのを見届け。フライパンの上に水を流し込んで、火の始末をした。
「なあ、風見」
「なんでしょう」
「知らなくてもよかったはずのことを知ってしまった上に、タバコを吸っていた時のライターを触ったりなんかして。タバコを、吸いたくなってしまったんじゃないか?」
降谷さんの声が、ふるえているような気がした。
「ええ、そうですね。すごく、すごく、吸いたいですよ」
そう言いながら、俺は、降谷さんにキスをした。
知らせなくてもよかったはずのことを、どうして、俺に知らせたのか。その理由はわからない。けれども、俺は、知ってしまった。
深く深く、キスをすれば。下腹のあたりに、心当たりのある硬さがあった。
唇を離して、降谷さんのことを見つめると、降谷さんが、少しうつむきながら言った。
「なあ……風見…。たとえば、今日の君は、一晩中タバコが恋しくて、僕の唇が必要だったりはしないか?」
その言葉に、俺は、自分の屹立したものを降谷さんに押しつけて
「ええ。なんだか、そんな気がしてきましたよ。でも、一晩中、立ったままキスをするのは大変ですから……ベッド、行きません?」
ベッドの上で、降谷さんを押し倒しながら、キスをした。
今晩は、ひと箱、どころか、1カートン分くらいの時間をかけて、降谷さんにキスをしようと思った。
降谷さんの耳の骨を指でなぞって。舌で上あごをなぞった。
唾液をたくさん流し込んで、じゅるじゅると、それを吸い上げた。
服を脱がせていいのかとは聞かなかったし、唇以外にキスをしていいのかとも聞かなかった。
けれど、俺も降谷さんも大人だったから。そういうのは、いちいち確認しなくても、ベッドに来た時点ですべて織り込み済みだった。
俺が降谷さんの乳首を吸っても。竿と穴の間のくぼみに舌を這わせても、降谷さんは文句を言わなかったし。本来は、性器として使うべきではない、降谷さんのその穴は、すでにローションのようなものでぐずぐずになっていた。
たぶん、降谷さんは、男とそうするの、初めてではなかった。
俺は、男とそうするのは初めてだったが、この穴は、女にもついているから。だから、そこに挿れるのは、初めてではなかった。
彼女がいた時に買いだめしたゴムを探し、ローションが多そうなものを選んで、それを自分のものに被せた。
キスをしながらするには、やっぱり正常位がいいから。降谷さんを仰向けにして丸めた布団を背中の下に差し込んだ。そして、少しずつ、降谷さんの中に押し入る。
半分まで入ったところで、降谷さんに覆いかぶさり、唇にキスをした。降谷さんは、苦しそうにしながらも、一生懸命に俺のキスに答えてくれた。
ぐちゅぐちゅと、キスをしながら、少しずつ、少しずつ奥を目指した。
それで、もう、これ以上先はないというところに、たどり着いたところで唇を離した。
降谷さんの、耳たぶにキスをして、ゆっくりと、腰を打ちつけた。
ぺったん……ぺったんと、俺の袋と、降谷さんのお尻がぶつかり合う音がする。降谷さんはぎゅっと目をつむって、眉間にしわを寄せた。
もしかして、苦しいのかなと思ったけれど、降谷さんのチンコは萎えてなかったから、ちょっと優しめに出たり入ったりを繰り返した。
知らなくてもいいことを、俺は知ってしまった。
知らせなくてもいいことを、降谷さんは俺に知らせた。
「も……ゆるして。お願いだから…もう」
と、降谷さんは言った。
それは、さっさとイカせてほしいという意味だったのかもしれないし。抜いてほしいという意味だったのかもしれない。
降谷さんの男性器は、血管が浮き出るくらいに、がちがちになっていて。でも、俺があまり前を触らないから。こんなに張りつめているのに、まだ一度も、射精をしていなかった。
「苦しいですか……抜こっか?」
「抜かんでいい……」
ぎゅっと目を閉じて。ぎゅっと、シーツを握りしめて。 降谷さんは何かに耐えている。
俺には、降谷さんが何を考えているかわからない。
わからないけれど、降谷さんの声は、なんだかとても切なそうで。
(ゆるして……なんて。そういうことを考えられなくなるくらいに。意味のある言葉を、発することができなくなるくらいに。この体を使って、降谷さんをぐちゃぐちゃにしてあげたい)
俺は、誰かによって、ちゃんと感じるように育てられていた降谷さんの乳首を指でつまんで、転がして、つついた。
そしたら、中がきゅーっとなって、チンコがとろけそうになるくらい気持ちがよかった。
降谷さんは一生懸命に喘ぎ声を我慢していたけれど、時折、我慢しきれなかった声が零れ落ちて。それがすごくエロくて、たまらなかった。
降谷さんの腰がくねくね動く。それで、俺は、ちょっと強めに腰を前後させた。降谷さんのチンコが、俺の下腹部にぶつかって、ぬるぬるする。
俺は、降谷さんの耳の穴にちゅっちゅと音を立てながらキスをした。
「ぁっああ……」
降谷さんの体が、ぶるっと震える。強いしめつけを受けて、降谷さんがイッたのだとわかった。
俺は、自分のものを、奥に三度ほど打ちつけて。ゆっくりたっぷりと射精をした。
ずるりと、チンコを抜いて。ゴムを外してティッシュにくるんで始末する。
降谷さんは仰向けになったまま、ふーふー言っていた。
俺は両手で、降谷さんの両手首を掴んだ。降谷さんは、泣きそうな顔で俺を見たけれど、俺は構わずに、その唇にキスをした。
降谷さんが、「んん…」とか「んっ」と、鼻歌を歌うのがかわいらしくて。俺のチンコは、あっという間に勃ちあがってしまった。キスを中断し、降谷さんの左耳にささやく。
「降谷さん、うつぶせにしますよ」
降谷さんをひっくり返して、それから、ベッドの真ん中に寄せた。
二つ目のゴムをつけ、腰をあげようとする降谷さんを片手で制止し、そのまま背中をなでた。そして、後ろから降谷さんに乗っかり、もう一度、中に入らせていただいた。
うなじと、後頭部に、キスをしながら腰を動かした。二回目の挿入ということもあり、さっきよりも余裕があった俺は、中を探りながら腰を動かした。よさそうな所にあたると降谷さんの体にぎゅーっと力が入る。しっとりと汗ばんだ背中が、俺の肌に吸いついた。
降谷さんが何回か軽めにイッた。本当はもっとイカせてあげたかったけれど、俺もそろそろ限界だったから、全力で腰を動かして、ゴムの中に出せるったけ出した。
ずるりと引き抜いて。それから、降谷さんの頭をなでながら、キスをし。まったりと横バックなどをする。
そうこうしているうちに、俺はいつの間にか寝落ちして。明け方に目が覚めた時には、降谷さんは、もう、どこにもいなかった。
降谷さんと連絡がつかなくなった。
仕事の休憩時間。自販機で缶の紅茶を買った。
それは、以前、降谷さんが自分におごってくれたものと同じ銘柄だった。
長椅子に腰かけて、プルタブを引いた。
そして、紅茶を数口飲み
「やり捨てしやがって」
などと、誰かに聞かれたら、ちょっと洒落にならない、ひとりごとを言ってみた。
5日が経過した。
平日、午後7時。
職場のデスクで、夜食のカップラーメンをすすっていると、スマホに見覚えのない番号から電話がかかってきた。降谷さんかもしれないと思い。あわてて、電話を取る。
「もしもし!」
「……君が、降谷君の部下の風見裕也君か?」
それは、聞き覚えのない、男の声だった。
「は?」
「時間がないから、端的に用件を伝えるが……」
その男は、名前を名乗ることなく、本題に入った。
降谷さんが、なにをしようとしているのか。そして自分たちが何を計画しているのか。
その男が話した情報は、あまりにも少なかった。おそらく、この計画はとても慎重に進められているもので。だから、俺には言えないことがたくさんあるのだろう。
「降谷君には、まだまだ働いてもらわないと困るんだ。だから、君の協力が必要だ。この後、メールを送るから、その指示の通りに動け」
その男は、最後まで名前を名乗らなかったけれど。話の内容や、しゃべり方の癖などから、相手の正体については、だいたいの見当がついた。
(あー……ムカつく)
その男の提案に乗るかどうかは、メールを見てから決めることにした。
電話を切って数十秒後に、そのメールは届いた。
そして、十数行ほどのメールを読み終えると、俺はすぐさま、席を立った。
取り壊し準備中の商業施設の3階フロア。
指示された場所には、確かに降谷さんがいた。
周囲の確認を念入りにおこなう。メールに書かれていた指示の通りに、慎重に降谷さんとの距離を詰める。
そして、指示された時間ちょうどに降谷さんの前に、おどり出た。
「……」
降谷さんは黙っていた。
5mほど距離を開けて、対峙する。
「降谷さん。ここにあいつらは来ません」
「君は、なにをしにここに来た?」
「不本意ではありますが。数時間前に赤井秀一と思しき人物から、連絡があり……降谷さんを説得するようにと指示されました」
「説得?」
「ええ。赤井秀一からタレコミがあったんですよ。あなたが、組織との駆け引きに、自分の命を使おうとしているって」
降谷さんが、拳銃を取り出して、銃口を俺に向けた。
「君だって、この国のために死ぬ覚悟はあるだろ?」
「……覚悟はありますが。できる限り死なずに済むよう、心がけているつもりです」
「そうか……」
「俺は……赤井の力を借りるなんて、不本意だし。できれば、自力でなんとかしたかったけど。でも、俺はあんたを失わないためなら、気に食わない男の手だって借りる」
「風見……君は、優秀な部下だったよ。だから、俺がいなくなっても、きっと君たちが、この国を守ってくれると思っている。風見。……君なら…乗り越えられるさ」
降谷さんは、銃口を下に向けて銃のロックを外した。
「ちょっとまて。あんた、ひとりで自己完結してますけどね。俺は、あんたと違って……大事な人がそのようなことをしたら、耐えられないし。そっこーで後を追う。俺は、あなたほど強くないんだ」
「……そんなことは、ない」
「俺に、あなたと同じような経験をしろと?」
「……」
「あー……もう! ふざけんなよ。もう、頭ぐちゃぐちゃで、タバコ吸いてえよ。ちょっと、唇貸せ」
俺は、そう叫ぶと、降谷さんのもとに駆けよった。きょとんとした降谷さんに、キスをかます。だって、俺はタバコを吸いたくなったし。目の前には降谷さんがいるんだから。キスをしたっていい。
それは、今までの人生で、一番、気合を入れたキスだった。
あいつらの計画が順調に進んでいれば、あと数分後には事が済む。
だから、あと数分、こうやってキスをして。降谷さんが変な気を起こさないように時間稼ぎをする。
俺は降谷さんに、頭脳ではかなわないし、組み手をやってもかなわない。けれど、俺にとってキスは、降谷さんの動きを止める実績のある唯一の方法だから。
だから、もーね。全力ですよ。全力。当たり前だけど、降谷さん全然乗り気じゃないけど。もう、舌で犯してやるくらいの気概を持って、指で耳の穴くにくにつつきながら、キスをした。
ガタン
と音がして。
「……風見君。もういいぞ」
背後から赤井秀一の声がした。俺はキスを中断して、降谷さんを解放した。
降谷さんは、へたへたーっと、その場にしゃがみこんだ。
「……どんな手段を使ってでも、時間稼ぎをしろと言ったけれど…。これはまた…予想外の手を使ったな……」
赤井秀一は、タバコをくわえるとそれに火をつけた。
「赤井捜査官……ですね」
「ああ」
「ちょっと、よろしいですか?」
俺は、赤井との距離をつめた。
そして、その胸ぐらをつかむ。やっぱムカつくなあと、思った。この男はたぶん、俺が降谷さんの代わりに、激情をぶつけるのを待っている。もしかしたら、一発くらいは、殴られてもかまわないと思っているのかもしれない。
だからさ。ちょっとだけ背伸びをして、その唇に思いっきりキスをしてやった。
「おい……? 風見……」
降谷さんの声が聴こえた。さすがに、舌は、固く閉じられた歯によって阻まれてしまったけれど。れろりと、唇の内側をなめることには成功した。
唇と胸ぐらを同時に解放し、数歩後ろに下がる。
赤井秀一が「shit!」というのを見て。わー、洋ドラみたい……と、思った。
それにしたって。
「やっぱ、最悪ですね。タバコの味がするキスってのは」
俺の言葉を聞いて、降谷さんが笑った。
赤井秀一は、タバコをふかしながら
「君たちにはつき合いきれん……俺は先に帰る」
と言った。
赤井秀一がいなくなったフロアで、俺はもう一度降谷さんにキスをしようとしたけれど。赤井と間接キスをするのはごめんだと断られてしまって、少しだけすねた。
赤井秀一は、おそらく。わざわざ、ここに顔を出した。
計画は問題なく完遂したのだから。その報告は電話でも、メールでもよかったはずだ。けれど、わざわざ、ここに来た。
降谷さんも、多分それをわかっていて。そのせいか、さっきから、少し、不機嫌だ。
「降谷さん……俺、タバコの味を久しぶりに感じて、無性にタバコを吸いたいんですけど」
「……歯を磨いたらな。うちに新しい歯ブラシあるから、とりあえず、うちまで送ってくれ」
「了解しました」
玄関を開けると。そこにワンちゃんはいなかった。
「あれ? ワンちゃんは?」
俺がたずねると、降谷さんは洗面所で新しい歯ブラシの準備をしながら答えた。
「あー。ハロはな。信頼できる人に預けてある。明日、一緒に迎えに行こう」
「ハロ?」
「うん。僕のペットの名前だよ。安室ハロ」
「ああ、ハロって名前だったんですね。あのワンちゃん」
「そう……。風見、歯ブラシ準備できたぞ」
降谷さんに呼ばれて、洗面所で歯を磨いた。降谷さんも、俺の横でしゃこしゃこと、歯磨きをする。
降谷さんが、先に口をすすいで。俺も、その後に続いた。
「では、よろしいですか?」
「ああ」
洗面所の壁に、降谷さんを押しつけて、キスをした。歯磨き粉の味がすーすーして。最初はちょっと気になったけれど、だんだんと味はしなくなった。
降谷さんが、それを、俺にすりすりとこすりつけてきて。ああ、かわいいなと思いながら、左耳にささやいた。
「降谷さん。シャワー浴びません?」
「うん」
それで、シャワーを浴びて。降谷さんの中を一緒にきれいにして。降谷さんのベッドにお邪魔した。
ポケットから、コンドームケースを取り出して準備を始める。ゴムをつけて、仰向けになった降谷さんの中に押し入る。
すごくすごく熱くて。降谷さんがちゃんと生きているのがわかって、すごく嬉しかった。
「降谷さん、力、抜いて」
「……うん」
それから、二人とも。脱水症状起こす寸前まで、行為にふけった。
水を飲んで。トイレをして、もう一度シャワーを浴びて。浴室でも、もう一度して。
最後は、ベッドに戻って正常位で。あんまり元気のない自分のそれを、降谷さんの中に無理やりつっこみ。ぎゅーっと抱き合った。
降谷さんの頭をなでながら、俺は降谷さんに言った。
「ねえ、降谷さん。俺ね、降谷さんにキスしたいんですけど、いいですか?」
「ん……? タバコ、吸いたくなったのか?」
「いいえ。タバコなんて、別に吸いたくないです。もともと、なんとなく吸っていただけだし」
「……そうか」
「だからね、俺、単純に、あなたとキスをしたいんですけれど。キスをしてもよろしいですか?」
「……うん」
そして、俺は、キスをした。
かさかさの唇を掠めるだけの。ほんの一瞬のキスをした。
おわり
【あとがきというか、なんというか】
風降を書き始めて、4か月くらいなんですけど(最初に書いたものは、恥ずかしくて消した)
私の場合、新しいCPを書き始めて、数か月くらいすると、「うちの○○ってだいたいこんな感じ!」みたいなお話を書きたくなって、書くんですが。
風降ではまだそういうのを書いていなかったので、書いてみました。
私の書く風降は、好きとか、愛してるとか言わないし。
つき合ってなくても、平然とセックスをするし。
風見さんは、降谷さんの中にあるものを無理に暴こうとしない。
でも、風見さんは、自分なりに降谷さんのことを考えるし。降谷さんよりは自分の考えを言葉にする。
これが基本……という感じです。
書いてる時のBGM:僕は君の答えになりたいな
(古のオタクだから、BGMとか添えたくなる)