ゼロ君のこと(駄菓子屋女店主視点夢)

【あらすじ】
駄菓子屋の女店主がゼロ君の成長を見守ります。
明美ちゃんとヒロと風見がちょっとずつ出てきます。

【設定】
主人公は駄菓子屋の女店主。登場時は48歳。夫とは10年前に死別し。子供が二人いて、下の子も2年前に独立。


 

その男の子は、いつも一人だった。

金髪で、小麦色の肌をしたその少年は、いつも一人で店に来て。
青色の瞳で商品を眺めながら50円以内でおさまるように買い物をしていく。
やんちゃなのか。いじめられっ子なのかはわからないけれど、顔にはいつも絆創膏があって、とてもきれいな顔立ちをしているのに、一昔前のわんぱく少年の風格があった。
子ども相手の商売だから、えこひいきをしてはいけないと思ってはいるのだけれど。彼が店に来ると、なんとなく、気になってしまいその様子を観察してしまう。
お店に来るのは、だいたい週3回ほどで。よく買っていくのは、うまい棒と風船ガム。たまに風船ガムで、当たりが出ると、その紙を店まで持ってくるのだが。どことなくむくれたような顔をしており、嬉しいという表情はしない。
時折、飲食コーナーでもんじゃ焼きを食べている少年たちをじーっと眺めたりしているが、話しかけるわけでもない。
長年、駄菓子屋をしていると、こういうちょっと気になる子どもが店に来るんだけれど。
何かしてあげられるわけでもなく、私には見守ることしかできない。

そんなある日、その子は傷だらけになって、頭をぼさぼさにして、うちの店にやってきた。
そして、ファンシーコーナーに置いてあった、人気キャラクターの絆創膏をじーっと眺めた。
それは、200円する代物で。普段の彼の買い物の仕方を考えれば、予算オーバーに違いない。
私は少し迷った。一応、レジ脇の棚には救急箱があり、当然のことながら絆創膏も入っている。だから、彼に、絆創膏をあげることはできる。けれども、それは、あの少年のプライドを傷つけることになるかもしれない。そう思った私は、それなら、絆創膏を一枚10円で棚に出そうか……などと考えつつ、くじを引きに来た子どもの相手をしていた。
そして、私がくじの景品を渡していると。

「あー!!! 君、また、きずだらけじゃない!!」

女の子の声が、店内に響き渡った。
女の子には見覚えがあった。確か、宮野先生のところの娘さんで……明美ちゃん……だったかな? どうも、金髪の男の子とは知り合いらしい。

「また、けんかしたの!? ほらー、お母さんのところに行くよ!」
「行かない……!!」
「どうして……?」
「だって、まだ……仲直りできてないし」
「ああ、でも、仲直りしようとしたんでしょう……? ほら、いくよー!」

そう言うと、宮野先生の娘さんは、やや強引に。その男の子の腕を引っぱって、店を出て行った。
それを見て、私は少しだけ安堵した。
てっきり、一人ぼっちなのだと思っていたけれど、あの子にはちゃんと傷の手当てをしてくれる場所がある……。
まあ……それでも。他のわんぱく小僧たちのためにも。絆創膏を5枚つづりくらいで売ってもいいかもしれないと思い、私は包装のコストと販売価格のつり合いについて考えた。

しばらくして、宮野一家が突然の引っ越しをした。

宮野先生がいなくなったということは、彼の傷の手当は誰がするんだろう。私は、また、少しばかりハラハラしながらその少年を見守った。
彼はケンカをしなくなったのか、傷を作ってくることが少なくなった。けれど、以前よりも、さらに表情の変化が乏しくなったように思う。それは、おそらく、宮野一家の引っ越しと関係しているのだろう。

さて、5枚つづりの絆創膏は、袋に入れて20円で売り出したところ。意外にも女の子からの支持を集めた。女の子たちの会話を聞いたところによると。おまじないに使うために絆創膏が欲しいけれど、キャラクターの絆創膏だと予算オーバーになってしまうから、この5枚つづり20円がちょうどいいのだという。
正直、包装のビニール袋の単価がそれなりなので、いくら売れたところで、店の収益にはつながらないのだが、そわそわしながら、絆創膏を買っていく女の子たちの姿をみると、棚に置き続けようという気持ちになる。
そんなわけで、私は手が空くと、せっせと絆創膏を5枚ずつ袋に詰める作業をした。

さて、ある夏の日。
例の金髪の少年は、いつも通り一人で店内に入ってきた。久しぶりに傷をこしらえたらしく、顔には絆創膏がある。
また、けんかをするようになってしまったのか……などと、心配しながらその様子を見守る。
だが、私は次の瞬間、息をのんだ。

だって、彼はくるりと後ろをふり向いて

「ヒロ! 入っておいでよ!」

と、言ったのだ。
子ども相手の商売だ。
えこひいきはしてはいけない。過度な感情移入もよろしくないと、常日頃、自分に言い聞かせてきたが。
この時ばかりはちょっと泣きそうになりました。
君にお友達ができたのね……って。
そして、ヒロと呼ばれた少年は、おそるおそる店内に入ってきた。

「ほら、ヒロのお小遣いでも、ここのお菓子なら買えるだろ……?」
「本当だ……! ゼロはここの常連客なの?」

(……ゼロっていう名前だったの?!)
私は、動揺しながら、自分の気持ちを落ち着かせるために、絆創膏を袋に詰める作業にとりかかった。

「あれー、みそパンはないの?」
「あー。それ、長野の食べ物だろ? 東京じゃ売ってないよ」
「えー。すごくおいしいのにな……ゼロ、今度一緒に長野に行くことがあれば、二人で食べようよ。すごく大きいから、半分こしても、おなかいっぱいになるよ……!」
「えー……みそ味のパンとか、おいしくなさそーだし。食べたくない」
「あはは……ゼロはすなおじゃないなー。食べたそうな顔してるよー」
「してないもん……」

ゼロ君はむすっとした顔をしたけれど。私には、ゼロ君が、嬉しいのを隠そうとしているだけに思えた。

「あ……このガムは長野にもあった」
「ああ。それ買う?」
「うん」
「じゃあ、これあげるよ……」

ゼロ君は、ちょっと照れくさそうに、ヒロ君に何かをさし出した。

「え……ゼロ…? いいの? これ、ガムの当たりの紙だよね」
「うん……僕、よく当たるんだ。それに、ヒロはここに来るの初めてだから……その記念に」

絆創膏を袋に詰める手が、止まってしまった。
だって、あのゼロ君が……お友達を店に連れてきたうえに、おもてなしをしている。

「わー! ありがとう……!」
「うん」

そして二人はしばらく、商品選びに没頭した。
私は、ようやく、落ち着いた気持ちになり。ばら売りの飴の、補充などをおこなった。
すると、中学生の男の子たちが連れだってやってきて、もんじゃ焼きの注文が入った。
カウンターの奥の冷蔵庫から、生地の入った器を取り出し準備をした。テスト前で、部活がないらしい彼らは、今回の数学がやばいとか、英語のテスト範囲を教えてとか、そんな会話をしながら、もんじゃ焼きをつついた。
騒がしい中学生の様子を、ヒロ君がじーっと眺めていた。ゼロ君はといえば、ヒロ君と中学生を交互に見ていた。

「ねえ、ゼロ。あれなに?」

どうやら、長野から来たヒロ君には、もんじゃ焼きが珍しく見えたらしい。
まあ、最近では、東京でも、もんじゃ焼きをやっている駄菓子屋はずいぶんと少なくなったけれど。

「ああ……あれか。あれはもんじゃ焼きだよ」
「へえ、僕も食べたいな……」
「でも……一番安いやつでも150円だぞ?」
「じゃあ、少しお小遣いを貯めて、それで食べに来ない?」
「え……いいけど?」
「ゼロは、食べたことあるの? もんじゃ焼き? どうやって焼くんだろう?」
「……食べたこと、あるよ。だから、焼くのは任せて……!」

私は、冷や汗をかいた。少なくとも、ゼロ君はこの店で、もんじゃ焼きを食べたことがない。

「わー! 本当?」
「うん」
「じゃあ、約束な」
「うん」
「あ、そろそろ、買い物すませてうちに行こうか」
「うん」
「そんで、また、絆創膏を貼りかえてあげるよ」
「うん」
「……なんか、ゼロ、さっきから…うんとしか言わなくない?」
「うん…ううん! そんなことない」
「じゃあ、お会計しようか」

そう言うとヒロ君は、小さなかごに入った商品をレジまで持ってきた。
そして、笑顔で、風船ガムのあたり券と50円玉でお会計を済ませた。
ゼロ君はというと、なんだかさえない顔をしながら、いつも通りに、50円玉で代金を支払った。
店を出ていく二人の後ろ姿を見ながら、私は、気がついた。
ああ、そうか、ゼロ君にまた生傷が増えたのは。手当をしてくれる人ができたからなんだ、と。そして、それだけに、余計に心配な気持ちになった。子どもの友情は壊れやすい。ささいなうそが絶交なんてことにつながりかねない。
けれども、私は子ども相手の商売をしていて。だから、えこひいきはできない。
子どもから、話しかけられない限り。助けを求められない限り。子どもたちの世界で起きていることを、私はただただ、見守るだけだ。

翌日、午後3時前。
ゼロ君は一人でお店にやってきて、もんじゃ焼きの卓をじーっと眺めていた。
私は思った。ゼロ君は、やっぱり、もんじゃ焼きを焼いたり食べたりしたことがないのだろうと。あいにくこの日は、まだ、もんじゃ焼きを注文する子がいなくて。ゼロ君は、さっきから商品棚を見るふりをして、だれかがもんじゃを焼くのを待っている。
午後5時を過ぎて、習い事帰りの男の子三人が、お店に入ってきた。そして、もんじゃの注文が入る。
ゼロ君は、かれこれ、2時間もここで待っていたことになる。
ゼロ君が、じーっと、その三人を見つめた。
もんじゃ焼きを焼いていた三人は、最初、ゼロ君のその視線に気がついていなかったが。ゼロ君があんまりにも真剣にそちらを見るから、三人のうち一人がその視線に気がついた。
嫌な予感がしたが、やっぱり、見ていることしかできなかった。

リーダー格の少年がゼロ君に言う。

「さっきから、なにジロジロ見てんだよ?」

ゼロ君が、キリッと、少年たちをにらみつけて言う。

「別に、君たちのことなんか見ていないよ」

うん。そうだね。ゼロ君はもんじゃ焼きの焼き方を見たかっただけだもんね……。
でも、それで、三人組が納得してくれるだろうか。
私がじーっとその様子を見ていると、三人の中では、おっとりしている男の子と目が合った。そして、その子は何かを察したのか、ゼロ君にこう言った。

「……じゃあ、さっさと帰れよ。もう5時過ぎてるぞ?」

ゼロ君は、そう言われると、ぎゅっと口を結んで、それから店を飛び出した。

「なんだよ……あいつ」
「まーいいじゃん。さっさと食おうぜ」
「いただきまーす」

リーダー格の男の子は、ちょっと不満そうな顔をしていたが、他の二人がもんじゃを食べ始めたのを見て、あわててヘラを握った。

翌日も、ゼロ君は一人でやってきた。
そして、やっぱり、もんじゃ焼きのお客さんを待っていた。そして、今日も、もんじゃの注文が入ったわけだけれど。前日のできごとのせいもあってか、本日は相当控えめに、ちらちらと、もんじゃ焼きの様子を見ていた。
大人の身長で、上からのぞくならともかく。ゼロ君の身長では、多分もんじゃ焼きの鉄板の様子はよく見えていないはずだ。
ゼロ君、このままどうするつもりなんだろうと思いながら、私は、せっせと商品の品出しをした。

さて、翌日も、やっぱり、ゼロ君はやってくる。
もんじゃ焼きのお金も貯めないといけないからなんだろう。何も買わずに、ゼロ君は、今日も、もんじゃ待ちを始めた。
見ていられない……と、思いながらも。ついつい、ゼロ君の様子を追ってしまう。
もんじゃ焼きの注文は、なかなか入らない。ゼロ君は、ちょっとふてくされていた。
ゼロ君が、この店に来て買い物をするのは週3回。うちのもんじゃ焼きは150円。つまり、二人が100円ずつお金を持ってくれば、もんじゃ焼きに加えてお菓子を少し買える。私の推理が正しければ、ゼロ君は、明日、ヒロ君とここでもんじゃを食べる約束をしているのだろう。
夏の午後4時半。おやつを買いに来た子どもたちがはけ。習い事帰りの子どもたちが来る前の30分間。積乱雲が、空を覆い、激しい雨が降ってきた。
今日は、もう、お客さんは少ししか来ないだろうな……と思って。帳簿をつけ始めた。
お店には、ゼロ君と、もう一人、女の子がいたが。女の子の方は、お母さんが車で迎えに来て、さっさと家に帰ってしまった。
そうして、ゼロ君と私は、激しいスコールの中、店で二人っきりになる。どしゃ降りの雨によって、外の世界とは遮断されてしまったような感じがする。
今なら、ゼロ君に声をかけてもいいかもしれない……と思ったが。それでも、やっぱり、私はそれをしなかった。その代わり、帳面をパタンと閉じて。レジの簡易椅子に座って。ただただ、ぼーっとした。
ゼロ君は、ぼーっとしている私を見た。私はちらりと、ゼロ君に視線をやった。ゼロ君は、ちょっと困ったような顔をしながら、10円の風船ガムを手に取り、こちらにやってきた。
150円を割り勘すれば75円。明日は最低75円あればことたりるわけで、手持ちに90円あればどうにかなるもんね……などと思いながら、いつも通り、たんたんとお金のやり取りをしようとしていると

「あの……!」

と、ゼロ君が言った。
ゼロ君と私がしゃべるのは、これが初めてではない。私だって、いらっしゃいませくらいは言うし。ゼロ君だって、うまい棒のコーンポタージュ味が売り切れていれば「もうないですか?」くらいのことは聞いてくる。けれども、今日のゼロ君は、明らかに、何らかの覚悟を決めて、私に声をかけた。

「もんじゃ焼きの作り方を教えてくれませんか?」

と、彼は言った。
私は、もちろん……と、言いたくなるのをぐっとこらえて、どうしてかとゼロ君にたずねた。

「明日……友達に…焼き方を教えてあげると言っちゃったので……だから…」

私は、少し考えた。そして、ゼロ君に2つの選択肢を与えた。
1つは、今ここで私がゼロ君に焼き方を教えるという選択肢。
もう1つは、ヒロ君に本当はもんじゃ焼きのやり方を知らなかったと伝えるという選択肢。
どちらを選ぶかは、ゼロ君の自由である。ただし、私は商売人だ。したがって、もんじゃ焼きの焼き方を教える場合には材料費はツケにすると伝えた。
さて、ゼロ君はどちらを選ぶだろうか。
負けず嫌いのゼロ君であるからして、前者を選ぶような気もするし。でも、この前のヒロ君との様子を見ていると、後者を選ぶような気もした。
ゼロ君は、一生懸命考えていた。私は、ゼロ君の邪魔にならないようにと思って、一度中断した帳簿の続きを始めた。
やがて、夕立が過ぎ去り、雨が上がった頃。ゼロ君がもう一度、私に声をかけた。

「……僕。正直に話してみます」

ゼロ君は、お辞儀をして、それから小走りでお店を飛び出した。

翌日、ゼロ君はヒロ君を連れて店にやってきた。
私は、低学年の女の子に頼まれて、アイスのくるみをはがしながら、ゼロ君の方をちらっと見た。
女の子にアイスを渡す。「ありがとう」と元気にお礼を言って、その子は店の外のベンチまで歩いて行った。
私は、棚の商品の乱れを見つけて、それを整える。
ゼロ君は私の近くまで寄ってきて

「あの……もんじゃ焼き…お願いします」

と、言った。
ヒロ君はにこにこしていて。ゼロ君はすごく緊張した様子だった。そして、私は思った。ゼロ君は、まだあのことを、ヒロ君に伝えていないのではないか、と。
でも、伝えるか伝えないかは、ゼロ君の自由だ。だから、私は、たんたんと。冷蔵庫から生地を取り出して、もんじゃの準備を始めた。

皿とヘラともんじゃをテーブルに置く。
私は、一応、その場で二人の様子を見守った。
ゼロ君はうつむいていて、何もしゃべらない。ヒロ君は、にこにこしたけれど、ゼロ君の様子がおかしいことに気がついたみたいで、ちょっとだけ不安そうな顔になった。私は、別の子どもから呼ばれて、カウンターに戻ってくじを取り出した。
まあ、もんじゃ焼きだから。見よう見まねでぐにぐにこねても、食べれないことはないし……などと思いながら、子どもにくじを引かせる。
でも、ゼロ君は一向に動こうとしない。私は、くじの景品を渡しながら、ハラハラとした気持ちで二人の様子を見守った。

口火を切ったのは、ヒロ君だった

「ゼロ…焼かないの?」

ゼロ君は、泣きそうな顔をしながら

「ごめん」

と言った。
そして、本当は、もんじゃ焼きを食べたことがないこと。
一人で、もんじゃ焼きを食べるのは変だから、今まで食べたくても注文したことがなかったことを語った。

「僕……ヒロにいいところを見せたくて、嘘をついちゃったんだ。ごめん。他の人が焼いているのを見れば、やり方をおぼえられるかなあとも思ったんだけれど。僕、料理とかしたことないから……」

ヒロ君は、ゼロ君が話し終えるまで、ゼロ君の顔をじーっと見ていた。
そして、ゼロ君がしゃべり終わったタイミングを見て。

「なんだー。だったら早く言ってくれればいいのに」

と、言った。
ゼロ君が、泣きそうな顔になりながら言った。

「怒った……?」
「怒らないよ。だって、だれにだって、見栄をはっちゃう時ってあるしさ。それよりも、ちょっとうれしいかもしれない」
「うれしい?」
「うん。だってさ。僕、なにをやってもゼロにかなわないけれど。料理は僕の方ができそうだなって」
「え……? ヒロ、料理できるの?」
「うん。目玉焼きくらいは自分で焼けるし。野菜炒めも作ったことあるよ」
「すごいな……! 今度食べさせてよ」
「うん。今度、ごちそうするよ」

二人はしばし、好きなおかずの話なんかをして楽しそうだった。
私は、絆創膏の袋詰めをしながら、おしゃべりな小3女子の、習い事をやめたいという話を聞いた。

「あの、すみません」

ヒロ君が、挙手をして私を呼んだ。
私は、小3女子に断りを入れてから、もんじゃ焼きの卓に向かった。

「あの……もんじゃ焼き、初めてなので…やり方を教えてもらっていいですか?」

ヒロ君の礼儀正しさに感心しながら、私は、二人にもんじゃ焼きの作り方をレクチャーした。
小3女子は、私の影に隠れて、じーっと、鉄板の様子を見ていた。

それから、ゼロ君とヒロ君は、時折、もんじゃ焼きを注文するようになった。
最初は二人だけで来ることが多かったけれど、他のお友達を誘ってくることも増えた。
中学生になっても、二人は一緒にお店に来た。
時折、別の友達とお店に来ることもあったけれど、雰囲気から察するに、けんかをしたわけではないらしい。
ゼロ君は、時々、テニスラケットのケースを背負った仲間とラムネを買いにきた。
二人とも、それぞれちゃんと成長していて。だから、そういう日もあるという、それだけのことなのだと思う。

ゼロ君は、時折、私のことをじーっと見たけれど、私がゼロ君の方を見ると視線を逸らすから、ゼロ君がなぜ私を見つめているのか、理由はわからずじまいだった。
ヒロ君は、とても愛想のよい少年だったので、もんじゃ焼きの際には、おすすめのトッピングを聞いてきたりして、そこから少し雑談することもあった。

この頃には、もう、私はゼロ君のことをあまり心配していなくて。別の少女に気を取られることの方が多かった。
やがて、ゼロ君もヒロ君も少しずつ顔を見せることが減って、とうとう、店に来なくなった。
私が、そのことに気がついたのは、2人が最後に店を訪れてから、約半年後のことだった。
常連だった子どもが、お店に来なくなることはよくある。少年少女たちが、中高生になって、駄菓子屋を卒業するのは、ごくごく自然なことだ。
時折、ふと思い出したように、ふらりと顔を出す子もいる。たいていの場合。常連だったころより少し大人の顔をして、彼ら・彼女たちは店にやってくる。

私の仕事は、子ども相手の商売だ。
子どもたちが大人になった後、幸せになることを祈ってはいるけれど。私は、大人になった彼ら・彼女たちがどうしているかを積極的に知ろうとは思わない。

けれども、つい先日、小さな子どもを連れた若いママから「私、昔このお店によく来ていたんです」なんて、声をかけられて。さすがにその時は、ちょっと泣きそうになった。

さて。
100円均一なんてものが、そこかしこにできたから。
5枚つづり20円の絆創膏はすっかり売れなくなってしまった。
けれども、棚に置き続けているのは。ごくまれに、ケガをした子どもが、ここに駆け込んでくるからだ。
その日は、5月の終わりだというのに、とても暑くて。
私は、いつもよりちょっと多めにラムネを冷やした。
そこへ、眼鏡の30歳くらいの大男がたずねてきて「もんじゃ焼きをやっているときいたのですが」と私に声をかけた。
こうやって、ときどき、もんじゃ焼き目当てでこの店にやってくる客がいる。今の時代、もんじゃ焼きをやっている駄菓子屋というのは珍しい。雑誌やインターネットニュースに、この店のもんじゃ焼きを載せたいという依頼が来ることもある。でも、私は、駄菓子屋というのは、あくまで子ども相手の商売だと思っているから、それらの依頼はすべて断ってきた。
それでも、この眼鏡さんみたいに、口コミを頼りにして、この店のもんじゃを食べにくるお客がいる。そういう人たちは、たいてい、子どもに戻ったような顔をして、もんじゃ焼きを食べた。
だから、私は元・子ども枠のお客さんには、めくじらを立てないことにしていた。
私が、もんじゃ焼きをやっていることを伝えると、眼鏡さんは「やったー!」と、はしゃいだ。そして、くるりとふり返り

「ふる…安室さん! もんじゃやってるみたいです!」

と、誰かに声をかけた。

そして、険しい顔をした、金髪の青年が店に入ってきた。
小麦色の肌に、青い瞳。
私は、思わず、声を出しそうになった。
ゼロ君! って。そう呼びかけそうになった。
(そんな風に、彼のことを呼んだことはないのに)

ゼロ君は、眼鏡さんと一緒に、もんじゃの卓に座り。それから、メニュー表をじーっと眺めた。私はその様子をカウンター越しに見た。
そして、眼鏡さんがゼロ君に「トッピングはどうしますか?」と声をかけると、ゼロ君は眼鏡さんにこそこそと耳打ちをした。

「助手席ですね! じゃあ、急いで行ってきます」

そう言うと、眼鏡さんは、あわてて店の外に出ていった。
そして、ゼロ君が席を立ち、商品棚から何かを手に取って、カウンターまで、歩いてきた。

「あの……」

私は、ゼロ君を見上げた。
中学生の頃から、ずいぶんと身長が伸びたなあと思った。
ゼロ君は、すっと、台の上に20円の絆創膏を置いた。

「これ……お願いします」

私が、値段を伝えると、ゼロ君はお財布から50円玉を取り出して支払いを済ませた。
そして、ゼロ君は語り始めた。

「あの……ずーっと。お礼を言わなきゃって思っていました。いつも、僕のこと、心配して見ててくれたの…なんとなく気づいていました」

私は、すごく恥ずかしい気持ちになった。ばれていたのか…と。

「僕が、友達に嘘をつこうとしたとき、あなたは、嘘をつくなとも嘘をつけとも言わなかった。だから、僕は、ちゃんと自分で考えて、友達に嘘をつかない方を選ぶことができました」

それを聞いて、私は、自分なりにこだわりを持って続けてきたことの価値を認められたような気がした。

「ずーっと、お礼を言いたかったんですけど。言いそびれてしまって……。今日、部下が僕をここに連れてきたのは、全くの偶然だったんですけれど。この店に来たからには、ちゃんと、お礼を言おうと思って……あの…ありがとうございました」

ゼロ君が、深く頭を下げた。
私は、そんなに頭を下げないでと伝えて、それから、どういたしましてと言った。
ゼロ君は、顔をあげると、ニコッと笑い、それからスマホを取り出して電話をかけた。

「あ、助手席のあれな。すまん。僕の勘違いだったからもどってきていいぞ。お詫びにラムネをおごるから……それで手打ちにしてくれ」

電話の相手は、おそらく、ゼロ君の部下の眼鏡さんで。
私は、ゼロ君が、ちゃんと大人として生きているんだなあと思って、やっぱり幸せな気持ちになった。

ゼロ君の部下の眼鏡さんは、ハンカチで額の汗を拭きながら、もんじゃ焼きを心底おいしそうに食べた。
ゼロ君は涼しい顔をしながら、もんじゃ焼きを口に運んだ。そして、もんじゃ焼きの焼き方のコツを語ったりして、なんだかとても楽しそうだ。

時代は、変わっていくし。子どもたちの数は減っていく。
近所にコンビニもできたし、商売を続けることは楽じゃない。
それでも、私は今日までこの仕事を続けてきてよかったと思ったし、これからも続けていきたいと強く願ったのだ。

(ゼロ君、ありがとう)

終わり

 

 

【あとがきというか、なんというか】

 

〇コータさん (ひろれを中心に素敵な絵をかいてらっしゃる♡) との萌え語りから派生したお話です
〇生まれて初めて夢小説を書きました……(夢…? かな…? これ?)
〇駄菓子屋でもんじゃを食べるひろ+れを書きたくて書き始めたんですけど。ショタコンなので、ショタれー君の色んな表情を書きたくて……このような話になりました。
〇オリ主(……で合ってる?)は、私が考えた理想の駄菓子屋店主です。こういう店主のいる駄菓子屋に行きたかった……という気持ちで書いた……
〇いや…私がたまに行っていた駄菓子屋(百足屋という名の店だった……)の店主も、積極的に子どもに関わるタイプではなかったような……
〇駄菓子屋のもんじゃ焼きは食べたことがないので、もんじゃに関する描写は全部適当です
〇風見さんは、降谷さんがどこで子ども時代を過ごしたか知らないし。降谷さんも教える気はないのです…

 

 

 

1