プライベッターに2020/6/3にupしたものをこちらにも
〇萩編のネタバレあり。
〇風見+降谷(+景光)のお話。
〇風見さんが降谷さんの部下になった頃の話
〇年齢としては風見さん27歳降谷さん26歳くらいをイメージしてます。
〇CP要素はあると言えばあるし、ないと言えばないけど、これを書いた人は普段、風降を書いていて、ひろれを読んでいます
その晩、降谷零はドラマを見ていた。
見るというよりは、つけっぱなしにしていたTVを眺めていただけ、と言う方が適切かもしれない。
その二時間ドラマは、いよいよ終わりに差し掛かっていて。妻の葬儀を終えた初老の男は、一人になった家の台所で、夕餉の仕度を始めた。みそ汁くらいは自分で……と。その男は、実にたどたどしい手つきで、ねぎを刻んだ。
そうして、出来上がったみそ汁は、とても飲めるような代物ではなく。男は、改めて、妻の不在を感じる……という。そこそこありがちなシーンで、そのドラマは終わった。
そして、降谷零は、みそ汁を作ろうと思い立った。
深夜営業をしているスーパーで、なんとなく、材料を買いそろえた。料理の買い出しなんて、ほとんどしたことがないはずなのに、なにを買えばいいのか、どういうわけか手に取るようにわかってしまった。
家に帰り、みそ汁を作った。少しのぎこちなさはあったが、降谷零は、大根を短冊切りにし。だしはさすがに、顆粒だしではあったけれど。しょっぱすぎもせず、薄味すぎもしない。きわめて普通の味噌汁を作った。
翌日の早朝。
降谷の家に、最近部下になったばかりの風見という男がたずねてきた。
風見は降谷に頼まれた資料を玄関で受け渡し、すぐにその場を去ろうとした。
が、降谷が呼び止める。
「なあ、君、朝ごはんはまだか?」
「あ、ええ。まだです」
「なら、食べていかないか」
いきなり朝食の誘いに風見は戸惑った。
午前中の会議には、まだまだ十分に時間がある。けれども、早めに登庁して仕上げておきたい資料があった。
しかし、上司の誘いを断る勇気もない。
「え、ああ、はい」
風見は、革靴を脱いで、降谷の家に上がった。
降谷は、自分でも、どうしてそんなことを言ってしまったのかわからなかった。わからなかったけれど、声をかけてしまった手前、朝食を提供するしかない。それで、昨晩作ったみそ汁とレンジで温めるだけの五目おこわを風見にふるまった。
「なあ、このみそ汁……普通に飲めるか?」
風見裕也は、数回しか話したことのない上司を前にして朝食を食べるというシチュエーションに少し緊張していたが。あたたかい食事に、なんとなく癒されていた。
不規則な生活で、近頃、ろくにものを食べていない。レトルトの五目おこわと大根だけの味噌汁という簡素な朝食すら今の風見裕也には、ごちそうに感じられた。
「……え、普通というか……わりとおいしいと思いますけど?」
「そうだよな……やっぱり、僕のうぬぼれじゃないんだよな」
風見は、みそ汁をすすりながら、降谷の顔を盗み見た。
目の下には、うっすらクマができていて。なんとなく表情がさえない。
風見裕也は、なるべく淡々とした口調でたずねた。
「みそ汁のことで、なにかあったんですか?」
「うん。僕……料理はからっきしだったはずなのに。昨日の夜、作ってみたらさ。普通に、まあまあおいしいみそ汁を作れてしまったんだ」
「そうですか……作れてしまったんですね」
「そうなんだ……本当はもっと、悲惨なみそ汁を作りたかったし、そういうものが仕上がると思っていたんだ」
「……ずいぶん、卑下しますね?」
「うん……だって、俺は、あいつと違って、料理はからっきしだったはずなんだ。それなのに……」
「……そこそこおいしいみそ汁を作ってしまった……と」
「ああ。そうだ。……だから……あいつがいなくても、自分が十分にやっていけそうなことが……なんだろう、うまく言えないんだけど…なんだかさ……」
言葉に詰まる降谷と、数秒間の沈黙。
風見は、汁椀をテーブルの上に置きながら尋ねた。
「悲しいんですか?」
降谷は首を傾げる。
その物憂げな表情を見て(ああ、この人は、失恋をしたのかもしれない)と、そう思った。そう考えたら、一つ年下の上司が、自分を朝食に誘った理由がなんとなく理解できたような気がした。
つまり、彼は今、とても寂しくて誰かに甘えたいのだ。
目の前のとても優秀なこの男も。まだ二十代の青年なのだから、誰かとの別れに寂しい気持ちを抱くことだってあるのだろう。
風見は出過ぎた真似だと思いながらも、降谷の悲しみを和らげたいと思った。
それで
「降谷さん。昔、野球のコーチから聞いた話なんですけどね。コンバートってあるじゃないですか?」
と、そんな話を切り出した。
「え……ああ?」
降谷は、いきなり野球の話を始めた風見に面食らった。風見は、淡々と話を続ける。
「あの…ですね。ピッチャーへのコンバートで、一番有利なポジションって、どこだと思います?」
「え……? そうだな……センターかショートかな……」
降谷は戸惑いながらも、自分なりの考えを述べる。
「センターとショートは、肩の強さや俊敏性が求められる。だから、身体能力的にはこの二つのどちらかだと思うんだが……」
「うん……そうなんですけどね。どっちもはずれです」
いきなり吹っ掛けられたクイズの答えを外してしまった降谷は、悔しさを隠し切れず風見をにらんだ。
「……おい、なんだこのクイズ。まさか、実は、くだらないなぞなぞとかじゃないだろうな?」
降谷にそう言われて、風見は少し不安な気持ちになった。けれど、それを顔に出さないようぐっとこらえる。そして、再び語り始める。
「正解は、キャッチャーですよ」
「キャッチャー? まあ、キャッチャーも強肩で足腰は強いが……」
「ええ。人間がなにか技能を獲得するときに、正しい動作をしている人を観察するのって、とても大事なんです」
「ああ……モデリング…だな」
「ええ。職人も仕事は目で盗めって言うでしょ? ピッチャーの投球フォームをね、一番よく見ているポジションは、キャッチャーなんです。だから、キャッチャーは、正しい投球フォームのイメージをすでに獲得している。それゆえに有利なんです」
「なるほど。腑に落ちた……でも、君は……なんでいきなりこんな話を?」
降谷が、首をかしげる。
風見は、これを言うのはやっぱり緊張するな……と思った。降谷のことを怒らせてしまうかもしれないと、危惧した。でも、それでも、自分が思ったことを伝えたくて勇気を振り絞って話を続けることにした。
(失恋したかもしれない降谷を励ましたいと思った風見だって。所詮は、まだ二十代の若者で。だから、自分の言動に対する自信なんてものは少しもなかったのだ)
「みそ汁を…降谷さんが作れたのは。降谷さんが……みそ汁を作ってくれた誰かのことを、本当によく見ていたということですし……。その人が、降谷さんのために、何度も何度もみそ汁を作ってくれたから……そういう…あー…なんか、うまく言葉にできないんですけど。まあ、なんか、そういうことの証拠…? だと思うので……だから、降谷さんがみそ汁をちゃんと作れるってのは、たぶんですけど……少しも不幸なことじゃないんですよ」
自分でも何を言っているのかよくわからないなと思いながら……それでも、風見は、自分なりの考えを言葉にして降谷に伝えた。
降谷は、少し目を見開いて。それから、ぷいっと、そっぽを向いた。
「……降谷さん」
「うん」
「ごめんなさい」
「……なんで謝るんだ?」
「いや、なんていうか、おせっかいだったかなって」
「そんなこともない。確かにそうかもなって……ちょっと思ったし」
降谷は、そう言うと、風見の顔を見た。
「なあ、登庁まで時間あるなら、お茶飲まないか?」
「あ、よろしいですか?」
「うん。Tバックの緑茶だけどいいか? 湯飲みはマグカップだし」
「ええ。かまいませんよ」
降谷が、やかんをガスコンロにかける。
その傍らで、風見が、自分が使った食器を洗い始める。
「風見って、野球やってたんだな?」
「ええ。降谷さんは?」
「んー、小学生の頃は遊びで少しやっていたけど。中学はテニスをしていた」
そんな話をしながら、二人は、お湯が沸くのを待った。
この日の午後、風見裕也は資料作りが不十分であったことについて、先輩からのお叱りを受けることになるのだけれど。
それでも、この日、降谷の家で朝食を食べたことを、彼は少しも後悔しなかった。
おわり
【あとがきというか、なんというか】〇風見さんは、諸伏君のことを知らないから、降谷さんが失恋でもしたんだろうなと思っている。
〇降谷さんは、諸伏君がいたときは、自分がお料理をする必要がないから、やろうと思ったことがなかった。
〇諸伏君がスーパーで買い出しする様子とか、料理をする様子を彼のすぐそばで何度も何度も見てきた降谷さんは、諸伏君から直接的には料理を教えてもらっていないけれど、諸伏君の料理を模倣できるくらいに、料理の仕方をイメージできるようになっていた(らいいな)
〇降谷さんが器用だから、やろうと思えばできちゃう。諸伏君がいたときは料理する必要ないから、料理への動機づけがからっきしだった(大事なことだから二度言う)