!注意!
〇歩美ちゃんと飛田さん・安室さんとの会話がメインのお話ですが風降要素が含まれます
〇原作やスピンオフ作品のネタバレがあります
〇風降として読むと、物足りなさがあると思います
〇ねつ造が多分に含まれます
〇最後、少しだけ、そしかい後
※何でも許せる方むけです
【探偵助手と少女Aのお話】
夏の気配を感じる5月の終わり。
一度会っただけの女の子を、俺は忘れていなかった。
それはそうだろう。彼女との出会いからは、まだそれほど時間が経っていないし。それに俺たちは、同じ事件に巻き込まれたばかりなのだから。
その女の子は、公園のベンチで泣いていた。
――降谷さんに指定された待ち合わせ場所は、米花町の公園だった。
本日の降谷さんは安室透としてポアロで働いている。そして、アルバイト終了後、ここで、情報の受け渡しをすることになっていた。
正直、迷った。
彼女に声をかけるべきか否か。
まあ、相手は子供だし。
彼女に降谷さんと居るところを見られたとしても、安室透とその助手である飛田が、米花町の公園でやり取りをするという風景は、設定的に矛盾はない。それに、先ほど、降谷さんから「30分ほど遅れるから公園で休憩していていいぞ」というメッセージを受け取ったばかりだ。時間はある。
少し悩みはしたが、一度会っただけとはいえ、知り合いの女の子が泣いているというのは、なんとなく放っておけなかった。
「…えーと、歩美ちゃん……だったっけ?」
俺の声掛けに、彼女が顔をあげる。
きょとんとした顔。
俺はその時、少しだけ後悔した。もしも、この子が俺のことを覚えていなかったら、通行人に110番される可能性あるぞ……と。自分でも、自覚はしている。俺の面構えは結構、いかついのだ。
もちろん、通報されたとしても、穏便にかわす自信はあるが、降谷さんと会う直前に、そういう面倒ごとは、できるかぎり回避したかった。
しかし、それは杞憂に終わった。
歩美ちゃんは、ちゃんと俺のことを覚えていて。礼儀正しく挨拶をしてくれたのだ。
「あ……この前の、飛田のおじさん……こんにちは…!」
と。
歩美ちゃん。おじさん、知ってるんだぞ、君たちが俺より一つ年下の降谷さんのことを、おじさんではなくて「お兄さん」と呼んでいることを。
そもそも、数十年前ならいざ知らず。高齢化のこのご時世、30歳なんてぴっちぴちだ。自分はじゅうぶん若者です。
「うん……こんにちは」
複雑な気持ちになりながら、歩美ちゃんにオレンジジュースと、アイスティーの缶をさし出す。
「よかったら、どっちか飲むか?」
「え! いいんですか。歩美、ジュースがいいな」
プルタブを引いて、封を切ってから、歩美ちゃんに缶をさし出す。
歩美ちゃんの涙は、いつの間にか引いていた。
「隣、座っても大丈夫?」
俺が確認すると、歩美ちゃんは目をキラキラさせながら
「うん!」
とうなずいた。
「では、失礼」
ベンチに座り、ストレートティーの缶を開ける。
ほんのり甘いと書かれたそれには結構な砂糖が溶け込んでいた。
「ねえ、飛田さん」
空気を読んだのか、歩美ちゃんが、偽名にさん付けで俺の名前を呼んだ。
「うん」
「どうして泣いていたか聞かないの?」
「え……ああ。うん…歩美ちゃんが、話したいと思うなら話せばいいって思ったから…」
などと、物分かりのいい大人風のせりふを言ってみる……が、実際には、泣きじゃくる小学一年生の女子にどんな声掛けをしたらいいか、わからないだけだ。
「飛田さんって、やさしいね」
「そんなこともないけど……」
「ねえ……飛田さん、歩美のお話を聞いてくれる…?」
時計を確認する。降谷さんとの約束まではまだ20分ある。
少し離れたところにある木の陰から、ちらりと、何かが見えたような気がした。
「……うん。安室さんと待ち合わせをしているから。それまでの時間だったら」
「あ、そっかー。飛田さん、安室さんの助手だもんね」
歩美ちゃんがにっこり笑う。
その顔を見て、ああ、この子お母さん美人だろうなとか……そんなことを思った。そして、この子のお母さんが、自分より年下かもしれない可能性に気づき、少しだけ動揺する。
「うん……そうだね」
「あのね……飛田さん、今から話すことは、みんなには内緒にしてくれる?」
「ああ。いいよ。機密情報の取り扱いには慣れてるからね……」
歩美ちゃんがきょとんとした顔をする。
「きみつじょーほー?」
あわてて、言葉を言いなおす。
「ああ、秘密って意味だよ。まあ、これでも、探偵の助手をしているから内緒にするのは得意だよ」
「そうなんだ…! あと……歩美の話を聞いても…子どもっぽいって笑わない?」
子どもっぽいっていうか、子どもそのものじゃないか……と、思いながらも、変なことを言って、泣かれると厄介だから、とりあえず、こくんとうなずいておく。
「よかった……。あのね。……女の子が変身して悪い敵をやっつけるアニメがあってね…。そのアニメがすごく好きだったんだけれど。3月で終わっちゃって……同じ時間に新しい番組が始まったんだけれど…歩美は前のアニメのお姉さんたちが、まだ大好きで……」
歩美ちゃんの話を聞きながら、ガキの頃を思い出す。確かに、戦隊ヒーローが終わって、次のシリーズが始まると、ちょっと寂しい気持ちになったよな……と。でも、俺の場合は、一か月もすれば新しいヒーローに夢中だった。
だから、もうすぐ夏だというのに、最終回を迎えてから数か月経過したアニメの登場人物に胸を痛める彼女の気持ちを、俺は正確には理解できない。
「それで……同じクラスの女の子に。まだ、好きなの? って……言われちゃって……」
そう言って、両目に涙をためる彼女に、どんな言葉をかければいいのだろうか。
歩美ちゃんの表情を観察しながら、自分が言うべきことを考える。
「えーっと……その…歩美ちゃんが好きだった、変身するお姉さんは…今はどうしているの?」
「うんとね。悪い人たちをやっつけて……それで、もう変身はしなくてよくなって…普通の女子高生として生活してるって、最終回でやってたよ」
その言葉を聞いて、少しだけ、しんみりしてしまった。それは、もしかしたら、自分が今「飛田」という仮面をかぶって、彼女とおしゃべりをしているからかもしれない。
「じゃあ……お姉さんたちは、きっと、お勉強して…お友達と遊んで、恋をしたりクラブ活動したりしてるのかな……?」
「うん……たぶんそう」
「そっか。お姉さんたち、日常を楽しんでるんだね。幸せに生活しているといいね」
よし…!
いい感じにまとまったのではないか? これは? と、ちょっと自画自賛しながら紅茶を口に含む……が、歩美ちゃんを見ると何故か顔を伏せて、体を震わせていた。
また、泣いてる。
おろおろしながら、ポケットからハンカチを出す。タオルハンカチだから、アイロンはかけていないが、ちゃんと洗濯をしてあるし、一応、清潔だ……と思う。
「よかったら……これ」
「え…ありがとう……」
歩美ちゃんが、ハンカチを受け取り、少し検分してから涙をぬぐう。
子どもの正直さに、思わず苦笑いする。
歩美ちゃんは、涙をぬぐいながら言った。
「お姉さんたち…っ……きっと、幸せにしてると思うんだけど。でも、お姉さんたちが平和のために戦ってくれたこと……みんなが忘れちゃったら…なかったことになっちゃうんじゃないかなと思ったら……なんか…歩美……すごく悲しくて」
……なんて、感受性が豊かなんだろう。そう思った。
でも、君がそんな風に。泣くくらいに切実に、お姉さんたちのことを考えてくれると知ったら……
「その……元美少女戦士は幸せだね」
そんな言葉が、口をついて出た。
歩美ちゃんがきょとんとする。
「あ、いや……自分は、そのアニメを見ていないし…お姉さんたちが、どんな人たちなのかわからないから…確かなことは言えないけれど。歩美ちゃんが、そんな風に思ってくれて、彼女たちはきっと嬉しいんじゃないかなと思って……」
「そう……かな? 」
「だから、歩美ちゃんは、ずっと好きでいていいと思うよ……好きでいられる限りでいいけれども」
「好きでいられる限り…? ……飛田さん…歩美もいつかは、忘れちゃうのかな? こんなに大好きだったお姉さんたちのこと……」
その言葉に、俺はある人の姿を思い出した
「んーとね。……俺の知り合いに…ずーっと初恋の人を思い続けてる人がいるんだ」
「初恋の人?」
「うん。その人とね…お酒を飲んでいる時に、聞いたんだ。どうして、けい……えーっと、その仕事をしているんですかって」
「うん」
「そしたら、初恋の人を追いかけるためだと、その人は言って……」
歩美ちゃんが顔をあげて、俺の顔を見つめた。
「歩美も、その人みたいに……お姉さんたちのこと、ずっと好きでいられるかな?」
「できるよ」と即答できなかった。
人や物を、同じ熱量でずっと好きでいることは難しい。初期衝動は、いつだってすぐに冷え固まってしまう。
野球小僧だった俺は、いつからか、ひいきチームの試合を見なくなったし。順位ですら、たまにニュースでやっているのを、確認する程度になってしまった。
好きだった選手たちは、もうずいぶん引退したし。主力選手の名前だって、数人しか答えられない。
30歳の俺は、野球に限らず、そういうことをたくさん経験していて。それが大人になることだと、どこかであきらめていた。
けれど、一つ年下のあの人は、今も、子供の頃と同じ熱量で初恋の人を思い続けていて。恥ずかしげもなく「初恋の人のために警察官になった」などと言ってしまう。まあ、あの人の場合、顔がいいから、そういうことを言っても、おそろしく様になるんだけれども。
「うーん……好きを続けるのって難しいし。辛いこともあるんじゃないかなって、俺は思っていて。でも、俺は……自分ができないからこそ、同じものを好きでいる人を応援したいって思うんだ」
「うん……」
「それに、同じものをずっと好きでい続けると、神様がご褒美をくれることもあるって、そう思うし」
「ごほーび?」
「うん」
それは、3年前、新聞の端でみつけた懐かしい名前。
長らく会っていない小説家志望の友人には、大好きな写真家がいた。この度、その彼は、その写真家と一緒に一冊の本を出すことになったという。そこには、もちろん彼の努力もあったが、小説のような偶然が重なり、今回のコラボレーションが実現した……と、その新聞記事に書いてあった。
ずっと好きだったからこそ、叶った、彼の夢。
「俺は、いつも願っているんだ。どうか、神様が…あの人に、ご褒美をくれますようにって……」
つらつらと、自分のことばかり語っていることにハッとし、話を元に戻す。
「あ、自分…なんか変な話してるね。でも、君がずーっとそのお姉さんを好きでいたとして……神様からご褒美があるといいなあって、僕は、そう思ってるからね」
放映が終わったアニメでも10周年記念とかで、公式が動き出すなんてことも、最近はわりとあるし……と、妙に現実的なことを思ったが、それは口にしなかった。
「だから、歩美ちゃんは、お姉さんたちを、ずーっと好きでいていいし。好きでなくてもいいんだよ」
俺が、そう言うと、歩美ちゃんはにっこり微笑んで言った。
「飛田さんは……初恋の人をずっと好きなその人を、好きなんだね」
まて、俺はそんな話、一言もしていない。
俺がぎょっとしていると、歩美ちゃんの胸元のバッチが鳴った。
歩美ちゃんは、バッチを通して、どうやら、毛利探偵事務所の少年と話をしているようだった
「うん。わかった。歩美も、もう少ししたら、そっちに行くね……」
通話を終えて、歩美ちゃんが俺に挨拶をする。
「飛田さん……歩美、少年探偵団のみんなから呼ばれちゃって」
「うん。いいよ」
「ハンカチ……どうしよう。お洗濯しないとだけど……」
「あ、いいよ。それ、あげるから」
「え…でも」
眉尻を下げる彼女に、少し低めの声で念を押す。
「いいから」
これは、君への手巾だ。
「じゃあ……ありがとうございます。歩美、飛田さんとおしゃべりできて、うれしかったよ」
歩美ちゃんがにこりと笑う。
俺もつられて、笑う。
一瞬、「男物のハンカチをもらっても、ちょっと困るな」という顔をされたような気もしなくもないが、気にしない。
「……ねえ飛田さん、最後に一つ聞いてもいい? 飛田さんの好きな人ってどんな人なの?」
好きな人……という言葉に、少しだけ言い訳をしたくなった。
けれども、もう二度と会わないであろう少女に、ムキになる必要もないだろう。
「うーん……とにかく顔がいい…? かな?」
「そっかあ! 飛田さんは面食いなんだね!」
そういうわけじゃない…と言い返したかったけれど。否定しきれない何かがあったから、苦笑いでごまかす。
「じゃあ、逆に、僕からも一つ聞いていいかな?」
「なあに?」
「そのお姉さんたちが出るアニメの名前を教えて」
「え! うん! もちろんだよー!」
歩美ちゃんがアニメの名前を言う。
それを、メモに取る。
「じゃあ。飛田さん…ありがとうございました。また会おうね!」
「ああ……さようなら。気をつけていくんだよ」
無邪気に手を振りながら、歩美ちゃんが公園を出ていく。
その後ろ姿が消えた頃、俺は、降谷さんに電話をかけた。
「降谷さん、もう出てきていいですよ……」
俺がそう言うと、降谷さんが、ひらひらと手を振りながらこっちにやってきた。
「ずいぶん仲がよさそうだったじゃないか、飛田君」
「最初から見てたでしょ? 安室さん。あの木のかげから、一度、わざと姿を見せましたよね?」
「まあな。しかし、君が、おろおろしながら彼女と話をするさまは、見ていて結構面白かったな」
俺はポケットから記憶媒体を取り出し、降谷さんに差し出す。
「で、仲良く二人で、なにを話してたんだ」
「ああ、それにつきましては……機密情報なので」
「ふーん……きみって、案外ロリコンだったんだな」
降谷さんが、俺をからかう。
「ロリコンなわけないでしょ。それより、自分は、彼女とは、もう接点を持たないほうがいいでしょうから……万が一、俺のことを聞かれても、飛田は助手を辞めたと……そう、伝えてもらっていいですか?」
「まあ…かまわないけど……彼女納得するかな?」
「え?」
「実は、例の事件の後、彼女、君のことを気に入ったみたいで、また会いたいなあって言ってたんだよ」
「なんですか? それ?」
「いや、なんでも、君が僕を地下室から運び出したときの姿が、お姫様を助けるナイトに見えたとかなんとかで。……君も隅におけないな」
「え、でも、ぜんぜん…そういうの感じなかったですけど? 俺がハンカチをさし出したときも、使うを、ちゅうちょしていましたし」
俺がそう言うと、降谷さんは、男っぽく笑った。
「それは、彼女が君を男として意識しているからだろ?」
ああ、これは……からかわれている。
俺はからかわれているんだ。
そう思いながら、数分だけ、まじめに仕事の話をして、降谷さんと別れた。
それから。
カイシャに戻る電車の中で、彼女に教えてもらったアニメの無料お試し動画を見たら。
いてもたっていられない気持ちになり。俺は、発売されたばかりのBD-BOXを注文してしまったのだった(神アニメ!)。
【少女Aと私立探偵のお話】
その日、一人でポアロにやってきたのは。やっぱり、飛田さんからもらったハンカチを返したいなと思ったから。
がらんと、喫茶店のドアを開ければ
「いらっしゃいませ」
という、安室さんの声。
梓お姉さんは、今日はいないみたい。
女子高生のお姉さんたちが、まだお店に来れない、平日・午後二時半の店内は、すいていた。
(コナン君の言うとおりだ)
先週の金曜日、歩美はコナン君に相談をした。
安室さんとゆっくりお話しするには、どうしたらいいかなと。そしたら、昨日、昼休みに「明日の午後二時半ごろがいいと思うよ」と、教えてくれたのだった。
カウンターの椅子によじ登って、サイダーを注文する。
それから、安室さんに「少しお話をしても…いい……ですか?」と、声をかける。
改めて、安室さんを見ると……すごく、きれいな顔をしていて、緊張してしまう。
安室さんは、にっこりとほほ笑んで「いいですよ」と答えた。
安室さんが出してくれたソーダを一口飲み、ポシェットから小さな紙袋を取り出す。
その紙袋には、先日、飛田さんから渡されたハンカチと、歩美が書いたメッセージカードが入っている。
「安室のお兄さん、これを飛田さんに渡してほしいの……歩美、この前ハンカチを借りて……飛田さんは返さなくていいって言ったんだけど、やっぱり返したくて」
安室さんは、その紙袋を見て、少し困ったような顔をした。
「ああ、そうなんですね、飛田がね……でもね、飛田はこの前、僕の助手をやめてしまって……だから、このハンカチもいつ渡せるかわからないんです」
その言葉に、ちょっと、ショックを受ける。
「辞めた…? 安室さんと飛田さん……けんかでもしたんですか?」
「してないですよ。ただ、飛田の都合でね……。まあ、でも、たまに会うことはあるだろうから……預かっておくことはできますけど、どうしましょう?」
二人が、けんかしていないということに安心する。
安室さんに、ハンカチを預けるかどうか迷う。でも、歩美はハンカチを飛田さんに返したかったし、なにより、メッセージカードを読んでほしかったから、安室さんに紙袋を預けることにした。
「……じゃあ、預かってもらってもいいですか?」
「任せてください」
安室さんは両手で紙袋を受け取り、それをしまった。
ストローで、ソーダに浮く氷を、からんころんとまわす。
「ねえ、歩美ちゃん」
安室さんがにっこり微笑みながら、私に声をかけた。
「この前、飛田とおしゃべりをしたって聞きましたけど……いったい、何を話していたんですか?」
「いろいろ…だよ」
「そっか、いろいろおしゃべりできたんですね」
「うん! ……ねえ、安室さん、飛田さんの好きな人って誰か知ってる?」
歩美がそうたずねると、安室さんの顔から、表情が消えた……ような気がした。
「あれ……あんまり、聞かないほうがよかったのかな?」
「あ、いや。別に……ただ、僕には心当たりがないなあと思っただけです……。でも、どうして、そんな話を?」
「……安室さん……内緒にしてくれる?」
「もちろん」
安室さんがにっこり笑うのを見て、歩美は、先日の飛田さんとのやり取りを話した。
「飛田さんね……初恋の人をずっと思い続けている、顔がいい人が好きみたいなの……」
「へえ……それはまた」
「安室さん…心当たりある?」
歩美がたずねると、安室さんは、あきれたような口調で言った。
「まあ……僕のかんちがいでなければ…ですけど。確かに、その人、顔はいいけど、その人を好きになるなんて、飛田は見る目がないなあって……」
その言葉に、歩美もうなずく。
安室さんが、きょとんとした顔をする。
「え……歩美ちゃんも、見る目ないなあって思うんですか?」
「うーん……見る目がないというか……どうして、むくわれそうにない恋をしちゃうんだろうって、思ったの」
「報われない……?」
「だって、飛田さんの好きな人は、ずっと初恋の人を思っているんだよ? それなのに、飛田さんは、その人のその思いを応援したいって言うし……。飛田さん、その人に”かみさまのごほーび”があることを、願っているんだって」
「神様のご褒美?」
安室さんが、首をかしげる。物知りの安室さんにもわからないことがあるんだ……と思いながら、「かみさまのごほうび」について説明する。
「ずっとずっと、好きでいると、神様が…ごほうびをくれることがあるって、飛田さん言ってたの……」
「ほー…」
「飛田さんは、好きな人に幸せになってほしいんだと思うな……」
安室さんは、何も言わなかった。ただニコニコとほほ笑んでいた。
「でも……それじゃあ、飛田さんは、幸せになれないかもしれないでしょ? 歩美……そのことを考えると、なんだか、切なくて」
「飛田が幸せになれない……ですか?」
「だって、飛田さんはずっと、別の誰かを好きな人を、応援し続けるんだよ……? そしたら、飛田さんは、神様からのごほうび、もらえないのかなって……」
自分のことじゃないのに、泣き出したい気持ちになる。
安室さんが小さな声でつぶやく。
「……褒美なんて、欲しがれば、いつだって僕がくれてやるのにな……」
安室さんの言葉の意味が分からなくて、きょとんとしてしまう。
「あー。こちらの話です。飛田が助手をやめる時に、今までのお礼で食事をおごるって言ったんだ。それなのに、あいつ、かたくなに拒否してね……」
「そうだったんだ……飛田さんって、結構、遠慮しちゃうタイプなのかな?」
「いや、そうでもないんですよ。これが」
安室さんは「内緒ですよ」と前置きをしてから、飛田さんの話をしてくれた。
激辛カレーを食べて、お水をがぶ飲みした話とか。ドッペルゲンガーを信じていることとか。歩美が好きだと言ったアニメを一話から見始めて寝不足になったこととか。
安室さんは、とてもご機嫌に、そういう話をしてくれた。
「飛田さん、あのアニメを見てるの?」
「そうみたいです」
「なんか、うれしいな」
と、その時。ガタンと扉が開いた。
元気な高校生のお姉さんたちの声。
安室さんは、歩美にむかって、ウィンクをした。胸が、きゅん…とする。
「いらっしゃいませ」
さわやかな声。
安室さんがてきぱきと、動いて、お客さんにメニューをさし出す。
騒がしくなった店内で、残りのソーダを飲みながら、歩美は、飛田さんという人が、どこかでちゃんと元気にしていることを、神様にお願いした。
【元・私立探偵と元・探偵助手】
愛車の後部座席は荷物で、一杯だった。
安室透として暮らしていた部屋に置かれた私物は、それほど多くなかった。
しかし、それでも、荷物を運ぶことを前提としていない愛車の後部座席は、ぎゅうぎゅうだった。
膝の上には、愛犬のハロ。
運転席には、風見裕也。
これは、風見にとって僕の部下としての最後の仕事だった。
――僕の新しい部屋まで、僕と僕の愛用品を無事に送り届けること。
風見は、新しいマンションの駐車場に車を静かに停めた。
大きな仕事をやり遂げた安堵感と。ひとつの区切りを迎えることへの、物寂しさ。
「つきましたよ」
と、風見は言った。
僕は、何も言わずに、小さな紙袋を差し出した。
「これは?」
「安室透が、飛田に渡すように頼まれて、渡しそびれていたものだ」
風見の眉間にしわが寄る。
僕は、膝の上で眠ってしまったハロの頭をなでた。
かさかさと、風見が紙袋を開く。
「ハンカチ…と、カード……? これは、確か……?」
「うん。彼女からだ。カード、なんて書いてあった?」
好奇心で、メッセージの内容を聞いてみる。
「えーっと。 ひださんへ あゆみは ひださんのこいが かなうことを ねがっています……とのことです」
「そうか」
「ええ」
僕は、シートベルトを外して、運転席の風見を見つめた。
「なあ、風見」
かざみも、シートベルトを外してから、こちらを見た。
「何でしょう?」
「あのな……。神様…がな……君に何か褒美をやれって…うるさいんだ。……君、僕からのご褒美を受け取る気はあるか?」
風見の喉仏が上下するのが見えた。
「いや、いらないならいいんだ。別に」
「降谷さん……俺、欲しいです。ご褒美……俺、あなたが……」
風見の言葉に、僕は静かにうなずいた。
そして、僕は柄にもなく。
(もしかしたら、これが、神様からのご褒美だったのかもしれないな……)
などと、そのようなことを考えた。