料理(風降版深夜の創作60分一本勝負)

【第30回】
風降版深夜の創作60分一本勝負
◾︎お題:「料理」

※ワンライ初挑戦なので、いろいろとおかしいかもしれない
※風見の親族ねつ造
※料理してご飯食べるだけの話


 

平日、午後三時。
風見裕也は、降谷零と一緒に台所に立っていた。
新しく買ったエプロンに袖を通し、メモを取る。

「風見、ほんっとーに、だしの取り方でいいんだな?」
「ええ。前から、教えてもらいたいなと思っていましたので」

 

さかのぼること一週間。

ある仕事に一区切りつけた二人は、こんな会話を交わした。

『風見、がんばった君にご褒美だ。今度の休み、君の言うことを一つだけ聞いてやる』
『本当ですか?』
『ああ』
『なら、だしの取り方を教えてください』

表情をほとんど変えずに、風見はそう言った。
降谷は一瞬あっけにとられた顔をして、それから、くすくすと笑い出した。

 

「君、そのエプロン買ったのか?」

降谷が調理器具を並べながら、風見にたずねる。

「ええ。降谷さん料理するとき、エプロンするから。俺もしようかなって」
「ふーん」
「似合ってます?」
「うん。似合ってるよ。とても」

そう言いながら、降谷は、棚から昆布を取り出した。

「降谷さん、ぜんぜん、俺の方見てない」
「うん。それより、風見、まずは昆布の選び方について話すからよく聞け」
「あ、はい」

そう言うと、降谷は、自分が普段使っている昆布のメーカーを風見に伝えてから、産地ごとの昆布の特徴について概略を語った。

「なるほど、勉強になります」
「うん」
「じゃあ、次はカツオの話をしよう」

風見は降谷のレクチャーを一言一句聞き漏らさぬよう、仕事さながらの集中力を見せた。

材料の説明が終わり。
続けて火加減や、材料を入れるタイミング。いつ火を止めるのか……など。
降谷はだしを取る際の工程を説明した。
風見はメモを取り、それから、降谷にうながされて、鍋を火にかけた。

西日の差し込む、降谷のアパートで、男二人、静かにコンロの鍋を見つめた。

「で、なんで、だしなんだ?」
「え? なんでって、なぜです?」
「だって、君、忙しいだろ? 自炊なんてほとんどしないはずだし。今は顆粒だしでも十分においしいし、だしパックなんてのもある」
「まあ、そうですけど……降谷さんの、みそ汁が恋しくなる時があるんです」

降谷は、風見の背中をポンとたたいた。

「なんです?」
「風見、さっきの僕の説明、ちゃんと聞いてなかったのか? そろそろ火を止める時間だ」
「あ、すみません」

風見が、コンロの火を止める。
居間から「わん」とハロの鳴き声が聞こえた。
どうやら、昼寝から目覚めたらしい。

「あ、起きましたね」
「うん。もしかしたら、ハロはだしのにおいで目が覚めたのかもな」
「え、そうなんですか?」
「うん。ハロのご飯にだし汁を混ぜる時があるんだ。いつもではないけど。ときどき」
「犬って、だし大丈夫なんですか?」
「うん。だから、うちのハロは結構グルメな犬だと思うよ」
「ああ、俺も、降谷さんのおかげで、結構グルメになりましたからね」

風見がそう言うと、降谷は、だしの保管に使っているボトルをドンと音を立てて置いた。

「ねえ、降谷さん」
「なんだ?」
「俺の取るだしは、きっと降谷さんのだしには遠く及ばないと思うんですけど。これから、だしを取るたびに、あなたのことを思い出すんだろうなって考えたら、なんか、幸せです」

風見は、鍋の中の。透き通った、黄金色のだしを。愛おしそうに見つめながら言った。

「そう……君が幸せなら、それでいいけど……」

降谷は、冷蔵庫を開けて、中の食材を物色しはじめる。

「降谷さんも、あります? だれかに、何かを教えてもらった過去を思い出すこと」
「ああ……もちろん、あるよ」

ほうれん草を冷蔵庫から取り出しながら、少し緊張した面持ちで降谷は言った。

「なあ、風見。お前も、僕に何か教えろよ。料理でも、何でもいいから」
「え……僕が降谷さんに教えられそうなことなんて、思いつかないですけど。……そうだな、おばあちゃんがよく作ってくれたすいとんの作り方なら、教えられますよ」

おばあちゃんのすいとん
と、いう単語に、降谷の緊張が少しだけゆるむ。

「すいとん? すぐできるのか? いま作る?」
「ええ。降谷さんのご都合がよろしければ、いまでも、また別の時でも」
「いや、今にしよう。次になると、すっかり忘れてそうだ。今の会話」
「ああ、じゃあ、作りますか」

 

こうして、今度は、風見が降谷にすいとんの作り方を教え始めた。

「ちょうど、だしをとったので。このだしを使って、つゆはしょうゆベースにしましょう」
「ほうほう」
「で、ばーちゃんのすいとんなんですけど。生地に焼きのりを入れるんです。細かく刻んで……」

小ぶりのボウルで生地を練りながら、風見は祖母の思い出を語り始めた。
降谷は、それを聞きながら、つゆに入れるほうれん草のあく抜きをした。

 

そして、夕飯。
食卓には、すいとんと。降谷が焼いたしゃけと。作り置きしてあったきんぴらごぼうが並んだ。
ハロのごはんにも、風見がとっただしが、ほんの少しだけかけられている。

エプロンを外して、二人は「いただきます」を言ってから箸を取った。

「このすいとん、うまいな」

降谷が言うと、風見は言った。

「だしも、すいとんも。どちらも教師がいいですからね」
「そうだな」
「うれしいな。これから、だしをとるたび俺はあなたを思い出すし。降谷さんはすいとんを作るたび、俺を思い出すんですね」
「……うん。僕が死んでも、君がだしをとり続ける限り、僕は君と一緒に居るんだな。君がすいとんを作る時、君がおばあちゃんの思い出をたくさん語ったみたいに……」

降谷が、うつむく。
風見が音を立てて、お椀をテーブルに置いた。
降谷は、ちょっとばつが悪そうに、風見の顔を見た。

「……降谷さん」
「すまない……変なこと言って」
「あの。俺のばーちゃん生きてるんで、降谷さんの巻き添えで勝手に死んだみたいな感じで言わないでください!」

そう言うと、風見は笑い出した。
風見の笑顔を見て。
降谷は泣きたいような、笑いたいような、不思議な気持ちになったのだった。

 

 

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