絆創膏を貼りたいんです

注意書き!

〇つき合っている風降。
〇降谷さんの口が悪い。
〇風見さんがわりと強引。
〇降谷さんの初恋の思い出とか、唯一無二の親友の話が出てきます。
〇ねつ造上等!
〇性描写は、あっさりしていると思います。


 

風見裕也は、降谷零の部下であり恋人である。

その日は、雨が降っていて、降谷零のおでこには一枚の絆創膏が貼られていた。

午前三時。
降谷のベッドの上で、一通りの性行為を終えた二人は、風見の用意したホットタオルで体を清めながら、明日の予定を相談した。
10時ころに起きて。
風呂に入って、ブランチを取って……
散歩に行こうとか。
散歩なら、川岸の土手のサクラを見ながら歩こうとか。
雨が上がるなら、自動車で、ドッグランのある大きな公園まで足を伸ばしてもいいとか。
そういう話をしながら、二人は体を清めた。

一通りの清拭を終えて。

風見はパンツをはき、降谷の家に置いてある部屋着用のTシャツに袖を通した。
ベッドの主である降谷もパンツをはき、布団に滑り込もうとした。
と、その時、風見が眼鏡を装着し、ベッドサイドのライトをつけて、降谷の顔をのぞき込んだ。

「あ、やっぱり……降谷さん。絆創膏、剥がれかかっています」

 

 

絆創膏をつけた降谷零など、珍しくもなんともない。

 

 

本来であれば、影でこそこそと動かなければならないはずの降谷は、その状況を理解しているのかいないのか。
あるいは、表沙汰にならなければ、どれだけ派手に暴れていてもいいと考えているのか。
風見が知る限りでも。
また、風見が把握していない様々な場面においても。
結構な無茶をやらかし、そのきれいな顔に、均整の取れた体に、生傷をつけて帰ってくる。

風見とて、こういう仕事をしているし。
自分がケガをすることだってある。
野球小僧だった子供の頃をふり返れば、常にどこかしらをケガしていたような気がするし。
部下のけがの手当てをすることもあったし。
ケガどころか。もっと悲惨なものを見ることもあった。
だから、擦過傷や切り傷の一つや二つ。どうってことないのだけれど。

降谷零の傷については、その限りではなかった。

 

二人が恋人になったのはいつのことだったか。二人とも明確に説明できるわけではない。
けれど、風見が降谷に仕えるようになってから、それなりの年月が経っていた。

風見は降谷の体に傷ができて、癒えて、消えていく様を何度も見てきた。
そして、体調管理に細心の注意を払う降谷の傷の治りがよいことも、よく知っていた。

長く時間を共にしてきた二人は、それなりにお互いの人生について共有していた。

四年前の秋、二人は、初恋の話をした。

風見は初恋について、洗いざらい降谷に話をしたし。
降谷も、また、初恋の話の概要を風見に語った。
なんでもスマートにこなす年下の上司が、子供の頃には、ちっともそのようではなくて。
「好きな人に会う口実を作るために、傷をこさえていた」という事実を知ったとき。

風見は、思わず降谷の肩をぎゅっと抱き寄せた。

思えば、風見が降谷に対して明確な恋愛感情を抱いたのは、その時だったかもしれない。

 

傷が増えたところで、初恋の人と会えるわけでもないのに。
29歳にもなって、降谷は、新しい傷を作り続ける。
数か月前も、降谷はこめかみに、擦過傷を作った。

『降谷さん、30過ぎると傷の治り悪くなるから、なるべく無傷ですむようなやり方を考えてください』

風見がそう言うと降谷は、ひとこと「善処する」と答えて。
鏡をのぞき込みながら、こめかみの絆創膏をはがし、傷の様子を確認してから、一回り小さい絆創膏に貼りかえた。

降谷の家には、絆創膏や傷パッドの類がたくさんあって。
傷の大きさや状況によって、降谷はいくつかの絆創膏を使い分けた。

風見裕也は、降谷零がこれだけたくさんの絆創膏を常備するようになったのは、二十代半ばを過ぎてからだと知っていた。

 

二年前の夏、風見は降谷に傷の手当てをしてもらった。

夜の霊園。
人気のない第三駐車場という、たいへん辺鄙な場所で、降谷零は、愛車の運転席に座る部下の傷を手当てした。
昼間に風見が自分で貼ったという絆創膏は、ガーゼのサイズが十分ではなくて。
その絆創膏は、あふれ出る血液でぐじゅぐじゅになっていた。
それに気づいた降谷は、ダッシュボードから絆創膏を取り出し、風見の傷を処置した。

『降谷さんは、さすがですね。こんなにたくさん、色んなサイズの絆創膏を常備してて』

風見が、降谷の用意周到さをほめると。
降谷は苦笑いをした。

そして

こんなに絆創膏を持つようになったのはここ数年のことで、学生の頃、けんかをしてケガをした時、持ち合わせの絆創膏が足りなくなって、夜中に親友を起こして手当てをしてもらった……

と、そんなことを語った。

その頃の二人は、なりゆきで体の関係を持つようになってはいた。
けれど、その関係を恋人と呼べるほどには、単純ではなかった。

だから、風見は、何度かセックスをしただけの年下の上司が「唯一無二の親友」について語る横顔を見て。
嫉妬してしまいそうな自分を、コントロールしなければならなかったし。
降谷もまた、風見の眉間のしわに気がつかないふりをしなければならなかった。

『なあ、風見』

降谷が、風見の肩に寄りかかりながら言った。

『なんでしょう?』

風見は眼鏡の位置をくいっと直しながら返事をした。
降谷は、何も言わず、窓の外を指差した。
遠くに、花火が上がるのが見えた。
花火を見ながら、風見が、説教覚悟でつぶやいた。

『降谷さんが、手当をしてくれるなら。仕事でへまをするのも悪くないですね』

風見は、降谷が凛とした声でとうとうと自分を叱責することを予想したが。
返ってきたのは

『ばーか』

という、その一言だけだった。

 

「剥がれかかってるか?」

「ええ」

降谷は、自分で絆創膏に触れて、状況を確かめる。

「んー、洗面所で貼りなおしてくるか」

ベッドから這い出ようとする降谷の左腕を、風見の右手が捉えた。
降谷が風見の方をふり向く。

「俺じゃ、だめ?」

「だめって?」

「絆創膏、貼るの俺じゃダメですか?」

「……すぐ、貼りなおしてくるから」

「……貼らせてくれないなら……もっぺんやらせてください」

そう言った風見の顔があまりにも真剣だったので。
降谷は、何も言わずに、風見の眼鏡を外した。

風見は、静かに腹を立てた。
降谷がそうやってうやむやにしようとすることに対して。
そして、なによりも、自分の情けなさに、腹を立てた。

風見は、いつもよりも、乱暴にキスをした。
降谷は、そのキスを受け入れながら風見の首に腕を回した。

風見が、パンツを脱いで、避妊具を自らの性器に装着する。
それから、Tシャツを豪快に脱ぎ捨てた。
そのTシャツを脱ぎ捨てるさまが、絵になっていたものだから。
降谷は少し目を奪われた。

数十分前まで、風見のペニスを受け入れていたそこは、十分に、やわらかく潤っていた。
風見が、降谷のパンツを膝のあたりまで下げる。
降谷は太ももをぐっと、体に引き寄せて。
風見に入り口を示した。

ゆっくりと、しかし確実に、風見は降谷の中に自分の性器を押し込んだ。
ずぶずぶと、自分の中を出入りする風見を感じながら、降谷は目をつむった。
数分ほど経って、降谷は自分の顔に、ぽたぽたと液体が落ちてくるのを感じて、眼を開いた。
液体の正体は、風見の顎を伝って降りてきた、汗の粒だった。

苦笑いをしながら、降谷は言った。

「がっつき……過ぎだ……ばかざみ」

そして、体位の変更を申し入れて、降谷が風見の上に乗った。
風見の手が、降谷の腰をがっつりとホールドする。
降谷が、自分のいいところにあたるように腰を揺らすと。
風見は、ちょっとずつ、それを妨害した。

「……ぉいっ……ふざけんな……」

「俺は、本気です」

「………あとで話すから……今は、もっと、本気出せ」

その言葉を聞いて、風見は黙って、降谷の腰を突き上げた。
降谷は、喘ぎ声を抑えきれずに。
快感を、少しもこぼさないよう、丁寧に拾った。

 

それから、スイッチが入って。
行為が終わったのは、朝の五時だった。

 

数時間前に立てた本日の予定は、練り直さなければならないだろう。

二人で、シャワーを浴びる。
降谷は、絆創膏の上に防水フィルムを貼った。
二人とも無言だった。

シャワーを終え

風見が部屋着のTシャツをかぶった。
降谷は風見の右手をひねり上げて言った。

「ばか」

「……申し訳、ありません」

降谷が風見の腕を開放する。

「お前、こんないい思いしてるくせに。絆創膏ごときで嫉妬とかするな」

「いや……嫉妬というか、なんというか……いや…嫉妬なんですけど」

降谷が、洗面所の棚から、応急処置セットを取り出す

「貼れ」

「は?」

「僕に絆創膏、貼りたいんだろ?」

「あ、はい」

降谷はパンツを履いて、ジャージを一枚だけ羽織いスツールに腰かけた。
風見は、降谷のおでこから絆創膏を静かにはがした。

「なあ、風見」

「なんですか?」

「僕の手当てをしてくれた人がどうなったか。君、知ってるだろ?」

風見は、降谷の傷口を確認しながら、眉間にしわを寄せた。

「だから……頼みたくなかったんだ」

「……絆創膏一枚で、なに言ってるんですか」

風見がそう言うと、降谷は風見のすねにローキックを入れた。

「どの口が言ってんだよ。ばか。その絆創膏一枚で嫉妬した上に、こんな無体を働きやがって」

風見が笑う。そして、笑いながら言う。

「降谷さん、この古い方の絆創膏取っておいてもいいですか?」

「気持ち悪いこというなよ。……もう、お前、だまっとけ」

「ええ。じゃあ、ふさいでください」

風見はそう言って、降谷にキスをした。
降谷が風見を突き飛ばす。

「やっぱ、自分でやる。貸せ。その絆創膏」

「え、僕に貼らせてくれるって言ったじゃないですか?」

二人のレクリエーションのような口喧嘩は続く。

 

洗面所から聞こえる男二人の声によって、目を覚ましたハロは

『犬も食わない』

と、思ったかどうか。

 

 

あとがき 絆創膏を貼りたいんです

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