出会った頃の風降
まだくっついてないけど、いつかくっつく
降谷零のコンプレックス話
「さすが降谷さん。何でもできちゃうんですね」
初めて料理をふるまった時。風見はそう言った。そこになんの含みもないことはわかっていたし、だれかに褒められることも慣れていた。だから、さらっと流せばいいのに、その日はそれができなかった。
風見が僕の右腕になって数か月。与えられたのは、なかなか骨の折れる仕事だった。僕も風見もお互い口にはしなかったが、今回の結果が自分たちの今後に大きな影響を及ぼすことはなんとなく理解していた。
とあるスキームを使った大規模な詐欺事件。通常であれば捜二の管轄になるが、某国が関与しているとのタレコミがあった。
ヒロと組んでいたころとは、だいぶ、勝手がちがう。
風見は、僕の部下だ。それなりに意見を言ってくることはあるが、基本的には上司である僕の判断に従う。忙しさの中、僕の説明が言葉足らずになっても、ひとまずは仕事を引き受け、それをしっかりこなす。
とはいえ、風見裕也も人間だ。彼は、疑念をそのまま棚上げにできるような男ではなかったし、だからこそ、僕は彼を右腕に指名した。
人間関係のフォローに関しては、松田と僕以外は、みんなそれなりに上手だったと思う。だけど、一番はハギかもしれない。
ヒヤリとする瞬間は何度もあったが、僕と風見はなんとか、難所を乗り切った。
一難去ってまた一難。一番の山場を迎えたとき、なりふり構わず動いてしまった自覚がある。風見の中にも「振り回された」感覚はあるだろう。
こんなとき、彼らなら、どうするだろうと考える。
そして
「え? ご招待してくださるんですか? あ、じゃあ、酒、なにか買ってきます。降谷さんはなにが好きですか?」
風見を部屋に招待することにした。
「……そうだな。普段あまり飲まないけれど、最近、仕事の関係で洋酒ばかりだったから日本酒や焼酎なんかもいいな」
「了解しました。特に銘柄にこだわりがなければ、自分が選ばせていただきます」
飲食ができ、じっくり話ができるのであれば、場所はどこでもよかった。
だが、秘密保持のこともあったし、なによりも久しぶりに料理を作りたかった。
僕は、幼馴染の作る料理が好きだった。仕事が一段落した後に食べる彼の手料理が、本当に大好きだった。
テーブルに料理を並べる。
少し、張り切りすぎたかもしれない。
調理に使った鍋類を洗い終え、シンク周りの水気をふき取っていると、インターフォンの呼び出し音が聞こえた。
仕事の都合上、風見には合鍵を渡しているが、僕の在室時、風見がそれを使うことはない。
風見を玄関で出迎える。洗面所で手を洗うよう声掛けし、料理にかけていたラップをはがしていく。
「うわ、料理、うまそー! デパ地下? とかですか?」
「いいや僕が作ったんだ。君のお口に合うといいんだけれど」
「え……? これ、手料理なんですか?」
「ああ」
「さすが降谷さん。何でもできちゃうんですね」
風見から渡された焼酎。
箱を開けようとしていた手が止まる。
「……降谷さん?」
今回の仕事は、とても骨が折れた。
風見という右腕を得て、初めてのヤマ。完璧とは言えないが、当初、想定していた以上の成果を得られたと思う。
部屋の外から、救急車の音が聞こえた。風の音も聞こえてくる。
「あ。その焼酎微妙でした? 乾杯ならビールですかね? 駅から来る途中にあったコンビニ。あそこが、最寄りのコンビニですか? 自分買ってきますよ。えっと、ビールなら、銘柄は?」
「……ビールなら、冷蔵庫に少しある。乾杯はそちらにしようか。それから」
風見は、ヒロのことを知っている。
「ヒロ……、その」
「諸伏景光」
「うん」
冷蔵庫から缶ビールを取り出しグラスに注ぐ。ビールのおいしい注ぎ方を教えてくれたのはだれだったろう。
「料理が上手だったのは、僕じゃなくてヒロだった」
「……そうだったんですか」
風見は、僕からグラスを受け取ると、神妙な面持ちでそれをテーブルに置いた。
「僕、もともとは、かわいげのない性格で」
「……はい」
「だから、こうやって、大きな仕事の後に部下をねぎらおうみたいなことを考えるのは僕じゃなくて」
「……」
「だれかの、真似事なんだ」
「……真似事?」
「……すまん。初めて一緒に飲むっていうのに。今のは忘れてくれ。とりあえず乾杯しよう」
「はい、では」
風見はすばやくグラスを手に取った。そして
「お疲れ様です!」
グラスを合わせるなり、ビールを一気に飲み干した。
「あー……うま。……やっぱビールうまいっすね」
「……よかった。料理も冷めないうちに」
「はい。では、いただきます……あ、うわ……これ、……うん……めっちゃうまい」
風見がモリモリ食べて、ビールをごくごく飲んでいるのを見て、僕はなんだかほっとした。
あのまま僕が話し続けていたら、彼は酒や料理に手を付けられなかっただろうし、打ち上げとは程遠い空気になっていたはずだ。見た目は少々強面だが、たぶん、風見は優しい人間なのだと思う。
酒が進む。
風見は、今回の仕事で一番苦戦したところを、詳細に語り
「まあ、なんとかなったんですけどね。危なかったですよあれは……!」
と言って笑った。
笑ってよいものかと戸惑いながら、僕は今後どのように対策していけばいいかを語った。
「君にも二人くらい直属の部下をつけてもいいかもしれないな」
「え……? 本当ですか?」
「僕の力では二人が限度だが……二人位なら何とかなると思う」
風見は僕が用意した料理をほとんど平らげた。酒も進んだようで、焼酎を一人で三合ほど飲んでいたと思う。
僕が皿洗いを始めると、風見は手伝うと言った。しかし僕が「大事な皿を割られては困るから手伝いは不要だ。水を飲みながら少し休んでろ」と言うと、おとなしくそれを受け入れた。
妙に静かだから、寝たかなと思って、ちらりと様子を窺えば、風見はダイニングテーブルに肘をつき、僕の方を見ていた。
僕は、慌てて視線を戻し、スポンジに洗剤を継ぎ足した。
「降谷さん……」
「なんだ」
「俺の母親、料理が上手なんですよ。でも、自分は、そこまで料理上手じゃないし。夕飯を宅配で済ませることもあります」
「そうか。まあ、一人暮らしの社会人男性ならそんなもんなんじゃないか?」
「はきはき返事をするのは、少年野球のコーチに言われたからだし、今着てるスーツのメーカーは憧れの先輩の真似です」
「……そうか」
風見がどんな顔でそんなことを言うのか、気になりはしたけれど、今はそれを拝む勇気はなかった。
だが、笑顔なんじゃないかという気がする。
「……逆に、いくら真似したくても、できないこともたくさんありますよ。土壇場で発揮するむこうみずなところとか」
「ん……? 何か言ったか?」
「いえ、お水もう一杯もらえます?」
「自分でやれ」
「えー……いいじゃないですか、それくらい」
ビールを少しと、焼酎を三合飲んだ男の言葉だ。
真に受け過ぎない方がいいのはわかっている。だけど酔っぱらっている人間の言葉だからこそ、信じられるような気もした。
終