出会いたての風降。
風+降って感じだけど、この二人は、いずれ愛し合う運命なので風降です。
――どうにも、違和感がある。
異動は、秘密裏に行われた。相変わらず、俺の所属先は警視庁公安部だ。主要な仕事もそのまま、テロ対策と要人警護。
だが俺はゼロの右腕になった。そして、二人の公安刑事を直属の部下として、預かることになった。
そのゼロの捜査官は俺より一つ年下だった。もう、何年も実力主義の世界を生きている。年下の男の指揮下に入ることに対して、今更、思うところはない。それよりも面食らったのは、その男の持つギャップだった。
初対面の時、彼は爽やかな笑いをふりまいた。その容姿も相まって、さぞかし女性にモテるのだろうと思った。
少しして、俺達は意見の相違というやつに直面した。違法作業は極力控えるべきだという考えは正しい。だが、それをすることによって、より優位な状況で物事を進められることもある。
くってかかろうとする俺に、有無を言わせぬ口調で彼は言った。
「君のやり方は理解した。だが、僕はなにか間違えたことを言っているか?」
ああ。最初の頃の優男ぶりはどこにいってしまったのだろう? そう思いながら、俺は持論をひっこめた。
違法作業を極力控えた結果、事態の収拾にてこづることになった。焦るあまり、俺は自身の部下二名を怒鳴りつけた。しかし、ゼロの捜査官殿は、深呼吸を一つしてからこう言った。
「落ち着け、風見。焦りこそ、最大のトラップだ」
そして、山積みになっていたトラブルを一つずつ着実に解決していった。
俺より一つ年下のその男は金色の髪をかき上げ、ふうと息を吐いた。その横顔が、ひどく美しい。なにをしても様になる人だ。金髪に褐色の肌。瞳は青くスタイルが抜群にいい。
なによりも、圧倒的な実力。
嫉妬する気すら失せる。
認めよう。
年下の男の指揮下に入ることに、思うことがないなんて、そんなのはやっぱり嘘だった。
ゆえに、いつもどこかで、この人を過小評価しようとする自分がいた。だが、もう降参だ。降谷零は俺の上司である。それも、まったくもって完璧な。
降谷零のやり方でヤマを片づけた俺は、今度は、本隊の業務に追われていた。久々の机仕事。ため込んだ書類を処理していくうちに夜は更けていく。
パソコンに向かって、もう何時間が経っただろうか?
かすみ眼にぎゅっと瞼を閉じれば、ふいに肩をたたかれた。ぎょっとしてふりかえる、ひたいに何かがぶつかる。ずれてしまった眼鏡を正しながら確認する。どうやらそれは弁当の包みらしかった。
「君、ちゃんと食べてるのか?」
説教っぽい口調。おそるおそる、包みに手を伸ばした。
「食べて……ます。一応」
「夕飯は?」
「まだ……ですね」
「もう二十三時を過ぎてるぞ?」
「えーっと……キリがついたら食べるつもりでした」
「ふぅーん? それは、このカップ麺をか? それとも、このチョコレートバーを?」
弁当箱を開く俺の傍らで、降谷零は俺の備蓄食料を点検した。
「ああ……あなたは、料理もお得意なんですか?」
「得意と言うか……コツさえつかんでしまえば、どうということはないよ。教えてくれたやつがいるんだ」
「そうですか」
上司の手製弁当。なんとなく気が進まないが、体は正直だ。いろどりのよい料理に、忘れかけていた食欲が、一気に湧き上がってくる。
「いただきます」
まずは唐揚げをひとつほおばる。
「うま……」
冷めているのにめちゃくちゃうまい。
「いや……降谷さん……これ、めちゃくちゃうまいです!」
俺がそう言ったとき、降谷さんの姿はそこになかった。
(神出鬼没かよ……)
ため息をつき、グーッと背伸びをしてから、再び箸を取る。
次は、レンコンのきんぴら。シャキシャキとした食感とだしのきいた味付け。ていうか、どのおかずもうまい。
それは、たまらなくおいしい弁当だった。
初対面の印象は「とっつきやすい優男」。仕事をするうちに知った「人を動かす力」と「冷静さ」。そして料理上手という一面。
人間とは複雑な生き物である。誰もがみな、さまざまな顔を持ち合わせている。
だが、なにかが引っかかる。降谷さんのそれは、自然ににじみ出るというより、意図的に切り替えをしているような感じがするのだ。
テロ対策や要人警護と言った仕事の中で、たくさんの人を見てきた。信用できる相手なのか、そうでないのか。見極めるためには、ささいな違和感を大事にする必要がある。
なぜかはわからない。降谷さんに対し、俺のセンサーが反応している。
(嫉妬ゆえのあらさがしか?)
いや、そんな感情はとうに消え失せた。
あらゆる顔を使い分ける、潜入捜査という仕事の影響かもしれない。複数の人物を演じ続ける。それは並大抵のことではないのだから。
降谷さんに対して感じた違和感に対し、とりあえずの答えをあてがった俺は、上からの呼び出しに応じるため廊下を急いだ。
俺をゼロの右腕に推薦した男は状況報告を求めた。
降谷さんが担う仕事は重大だ。ゆえに、降谷さんにはいくつかの特別な権限が与えられている。その一つが、機密情報へのアクセス権。限られた人物にしか閲覧が許されていない情報を降谷さんは知ることができる。
大きな権限には大きな責任を伴う。そして、大きな誘惑も。
俺の仕事はゼロの右腕として、降谷さんを補佐すること。そして、もうひとつ「監視」。降谷さんの様子におかしなところはないか感知することも俺に与えられた重要な仕事の一つである。
「この前の件はご苦労だった。彼ともうまくやっているようだな」
「ありがとうございます」
「どんな些細なことでもいいが、気になることはないか?」
その問いに、迷いながらも正直に答えた。
「なるほど。そうか……」
「ええ。ですが、これは問題にはならないと存じ上げます。潜入捜査官ゆえの職業病といいますか……。よく、役者が役を憑依させるみたいなことを言うでしょう? そのような感じが普段の生活でも抜けなくて、キャラクターを切り替えているような印象があるのではないかと」
「なるほど……憑依か」
「ええ」
「まあ、実際やつには、ついているかもしれんな」
「ついている?」
「……まあ、そのうちわかる」
それから三日後。
降谷さんの運転で、カーチェイスを経験した俺は、彼の新たな顔に度肝を抜かれた。
一通りの処理を終え、降谷さんとビルの屋上で缶コーヒーを飲んだ。
夜の風は涼しい。俺は前日の面談で聞いた「ついている」という言葉の意味を考えながら、月が雲の影に隠れるのを眺めていた。
「どうした?」
先ほどの危険で大胆な運転のことなど、まるでなかったかのように、降谷さんが落ちついた様子で、俺の顔をのぞき込んだ。
まさに、なにかが憑依したかのようだった。「ハンドルを握ると性格が変わる」という言葉があるが、そういう感じではない。降谷さんの運転で助手席に座るのは三度目だが、最初の二回は安全遵守で、むしろ丁寧な運転だった。本当に、なにかに「憑かれた」ような変貌ぶり。
「いや……なんていうか、降谷さんって、本当にいろいろな顔を持ち合わせてるなって」
「そうか……?」
「まあ、そういう才能があるから、潜入捜査の仕事をこなすことができるんでしょうけど」
降谷さんは缶コーヒーを飲み干すと
「いや……僕はゼロだから」
と言った。
なにを言い出したのかと思ったが、その言葉のトーンであったりとか、視線の行方に、なんだか「さみしさ」のようなものを感じた。
「え……そりゃあ、ゼロでしょう?」
「……まあ、そうだが」
「あなたはゼロで、だから俺はあなたの右腕だ」
「……?」
降谷さんが、不思議そうな顔でこちらを見た。
自分が、妙なことを口走っていることに気がつく。
「いや……ええっと。ですから。あなたはゼロという仕事をしている。だから、俺はあなたの右腕に命ぜられて……えーと……つまり??? あ……いや、これ、さっきと同じことを言ってますね? 俺?」
「うむ……まあ、でも、なんとなく伝わる」
「伝わってます?」
「……んー。やっぱ、わからんかもしれない」
「えっ……えっと、ですから……」
「はは……いやいや、冗談だ」
降谷さんがほほ笑む。
さみしさは和らいだんだろうか? 本当のところはわからない。だけど。
「どうした、僕の顔をじっと見て」
「自然だな、と」
俺は、今この瞬間、初めて、自然な感じの降谷さんに触れたような気がした。
「……自然?」
「あっ……えっと。なんていうか。俺の勘違いかもしれないんですが、降谷さんって……なんていうか、切り替え? みたいな感じで、表情や言動が変わる印象があったので」
「あー……そうか……そうだな」
「やっぱり、職業病みたいな感じですか? いろいろ、演じてらっしゃるから?」
「いや……」
ふと空に目をやれば、月がまた、雲の隙間から顔を出す。
「君は案外……侮れないな」
「えっ……そりゃあ、あなたより年上ですから」
「一歳だけだろ?」
「そうですけど……まあ、それに」
降谷さんの顔を見つめる。
本当に、憎たらしいほどに、きれいな顔をしている。
「自分はゼロの右腕ですから」
「……そうか」
「ええ」
「……そうだな。君は僕の右腕だものな」
よくわからないけれど、ふたり、にこりと微笑み合った。降谷さんがこちらに右手をさし出した。それに応じて握手をかわす。
俺は、この人のことがわからない。今、なんで握手しているかもわからない。だけど、降谷さんは、納得しているみたいだから、それでいい。
降谷さんはゼロだし、俺はその右腕だ。
俺たちは、それだけでいい。その絆があればいいのだ。
【あとがきなど】
仲間の顔を借りてなんとなく取り繕っていた降谷さんと、その違和感に気がつく風見。
風+降っぽいけど、どうせそのうち、恋に落ちるしセックスもすると思う。
勘のよさで、核心を掠めていく風見裕也は、私の性癖。