セロリの想い出

アニ茶であらためて……
エレーナ先生への憧憬を抱き続ける、降谷零の美しさにときめいたので……
ゼロ茶軸で、エレーナ先生成分を、捏造妄想してみました。

※いずれ風降になる


 

「くしゅんっ!」

くしゃみが出た。なんとなく、ぼーっとする。
午後三時半。放課後の公園。

「ゼロ……それ、風邪じゃない?」

そう言ったのは、親友のヒロ。
最後に風邪をひいたのは、小学校に入る前だった。だから、風邪をひくということがどんなことか、わからなくなっていたけれど、鼻水も出そうだし、そうかもしれないと思う。

「なあ、ヒロ……風邪って、病気だよな?」
「うん。病気だね」
「……そっか。なら、お医者さんに行く人もいるよね?」
「うん! 僕は、風邪をひくと、おばさんが近くの、こどもクリニックに連れて行ってくれるよ。それで、シロップの薬をもらうんだ。お薬だけど、甘くておいしいんだよ」
「シロップ……」
「それにしても、ゼロが風邪なんてめずらしいね?」

ヒロが、僕のひたいに手のひらを当てる。

「うーん。熱はなさそう……かな?」
「ヒロ……僕、今日は早めに帰るね!」
「わかった、お大事にね!」

ヒロと別れ、家に帰る。そして、大事なものをいれる引き出しから、宮野医院の診察券と保険カードを取り出した。
僕は、今日、かぜっぴきだから。お医者さんに行ってもかまわない。先生に診てもらって、おいしいシロップをもらうんだ。体はちょっとだるいけど、気持ちは明るい。

 

「あら、零君……今日は、ケガじゃなくて風邪なのね」

受付で書いた、紙を読みながら、エレーナ先生が診察をすすめる。

「喉は腫れてないわね……。よし、零君、次は胸の音を聞くけど、いいかな……?」
「胸の音?」

エレーナ先生に診てもらうと、僕はいつも胸がドキドキしてしまう。もしかして、このドキドキを、聞かれてしまうんだろうか?

「ええ。呼吸の音を聞いて、肺炎などに罹っていないか確認するのよ」

ドキドキがばれたら恥ずかしいなと思い、ポロシャツの裾を持ったまま、もじもじしていたら

「あ……シャツね。零君、薄着だから、めくらなくて大丈夫よ。じゃあ、聴診器当てるわね」

と、言われてしまい、余計に恥ずかしくなった。べつに、シャツをめくるのが恥ずかしかったわけじゃないのに……。

「はい、息を吸ってー……ゆっくり吐く……」

先生に言われるまま、深呼吸を繰り返す。聞くのは、呼吸の音だと教えてもらったのに、心臓の音も一緒に聞こえるんじゃないかと思うと、とても恥ずかしい。

「はい、いいわよ。えーと……零君は、粒のお薬は飲めるかな?」

エレーナ先生が、すらすらとペンを走らせながら、僕にたずねた。

「……たぶん」

お薬、シロップじゃないのか……と思いながら、エレーナ先生の横顔を見つめる。
すると、先生は、突然、何かを思い出したように

「そうだわ……零君に、あれを……ちょっと冷蔵庫まで取りに行ってくるわね」

席を立ち、ぱたぱたとサンダルの音を立てながら、裏手に消えた。
もしかして、シロップかなと思って、ワクワクしていると。

「これ、零君には、おいしくないかもだけれど」

差し出されたのは、お漬物みたいなものがはいった、入れ物だった。

「ひとつ味見して、気に入ったら持って帰って」

先生は、ふたを開け、

「零君、手を出して……?」

と、言った。僕が手のひらを差し出すと

「セロリの浅漬けなんだけれど。風邪に、よく効くのよ」

それを一つ分けてくれる。

「私以外は、あまり食べなくてね……まあ、セロリって、苦手な人多いし、零君も無理しなくていいからね」
「いただきます」

先生が作ってくれた食べ物を食べるのは、これが初めてだ。僕は、ドキドキしながら、それを口に放り込む。

(にっっが……い!?)
「どう? だめだったら、ティッシュに出しちゃっていいわよ」

先生はそう言ったけれど、僕は、意地でも食べてやろうと思った。
シャクシャクと噛めば、口の中に、なんともいえない香りがひろがっていく。でも、まずいなんて、絶対に言いたくない。
目をつむり、ごくんとそれを飲み込む。そして、僕は

「おいしい」

と言った。

 

――僕にとって、セロリとは、そういう思い出の味だ。

 

毒や腐敗したものを、摂取しないようにという本能から、子どもは苦味や酸味をあまり好まないと聞いたことがある。
実際、僕が、セロリを心からおいしいと思えるようになったのは、中学生の頃だったし、これが苦手な人が多いことも知っている。
とはいえ……

「セロリじゃないですか!!」

と言って、セロリを吹き出した、部下にちょっとだけあきれる。苦手なら渡された時点で気がつかないのか……と。

「セロリだよ」
「ちょっと、水買ってきます……」

少しして、自動販売機でペットボトルを買った風見が戻ってくる。

「セロリ、苦手なのか……?」
「ええ。まあ……」
「危機管理が、なってないんじゃないか?」

背中越しに水を飲む音が聞こえる。

「……はー。まあ、そうは言いますけど。なんていうか……降谷さんがくれるものなら、欲しいって思っちゃうんですよね。不思議と……」

ふと、あの日の診察場面を思い出した。

(子どもだったけれど、僕は、ちゃんと飲み込んだぞ?)

なのに……君ときたら。

「それなら飲み込めよ」

立ち上がりながら、風見が言う。

「そうは言いますけどね……飲めないもんもあるんですよ」
「そりゃあ、そうかもしれないが……」
「でも、ご安心ください。仕事の頼みなら、なんでも飲みますんで」
「そうか……よろしく頼んだよ。風見」
「ええ。お任せください」

ちらりと、ほんの一瞬ふり向けば、会話の途中に渡したメモを、ポケットにしまいこんで、走り出す、風見の後ろ姿が見えた。人の体調は気にするくせに、自分自身は、風邪で休もうなどとは思わないらしい。

そして、僕はまた。風邪予防のセロリを食べる。

この味に、また一つ、思い出が加わってしまったなと思いながら。

 

 

【あとがきなど】
風見とも、こういうことがあってもいいだろ?!
という気持ちで書いたお話です。
エレーナ先生からもらった愛を、自分の中だけにとどめるんじゃなくて。また、別の誰かに注ぐことで。
かつて、自分が愛されていたことを、あらためて実感する降谷零……永遠に好き。

 

 

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