わかりにくいハロウィン

初出:ぷらいべったー(2020.10.31))

恋人同士の風降
オフィスでハロウィンをする二人
※実在する事件の話がちらっと出てきます(アメリカでハロウィンの時期に起きた事件)
※あとがきで、事件に対してほんのすこし言及


 

ハロウィン、ね。
世間が騒げば騒ぐほど。そのイベントとは無縁になっていく。
街の平和を守るため、俺たちは、今夜も仕事にいそしむのだ。

「山手線のハロウィンジャックで騒いでた時期が、今となっては懐かしいな……」

と、ベテラン捜査官がぼやいた。
そういえば、高校生の頃に、そんなニュースがあったなあと思いながら、書類仕事にきりをつけ、背伸びをする。

「風見、お前、この後は?」
「俺も今日は当直なんですけど。この後、仕事を頼みに来る人がいると思うので。まあ、徹夜になりますね……。あーあ、お菓子をあげたら仕事をチャラにしてくれたりとか……ないですよねー……」
「あー、そっか。……お疲れさん。悪いけど、俺は、寝れそうなうちに寝ておくわ。なんか、あったら、内線かけて」
「はーい」

午後十時過ぎ。
俺は、警視庁公安部のオフィスに一人取り残された。

眼鏡を外し、目頭を押さえて目をつむる。そして、眼窩の周縁を指でマッサージした。
降谷さんは、ポアロで勤務を終えてから、こちらに向かってくる予定だ。
人差し指で涙袋の下をぷにぷにと圧迫する。これで、クマがましになればいいが……。俺は、赤井という男と面識はないけれど、その名前を引き合いに出されて説教されるのは、あまり好きではない。
目のマッサージを終え、もう一度、大きく伸びをしてから眼鏡をかける。
十月も今日で終わり。
暖房の入っていないオフィスの空気はひんやりしている。
ふと、喉の渇きを感じた。
俺は給湯室で紙コップに湯を注ぎ、デスクに持ち帰った。白湯がおいしいと感じるようになったのは、ここ数年のことだろうか。ゆっくりと、湯をすすりながら、しみじみした気分になる。
世間は、今、お祭り騒ぎだ。
けしからん格好をした男女が、けしからんことをしたり。大勢の若者が、どんちゃん騒ぎをしていることだろう。爆発しろとは思わないが「足の小指を角にぶつければいい」と、それくらいの不幸は祈ってもいいだろう?

「Freeze!」

もしかしたら、そんな陰湿な願望が、だだもれになっていたのかもしれない。
背後から、ピリッとした声が聴こえてきた。
俺は、紙コップを置き、両手を挙げて静止した。

「そのまま、立って、こちらをふり向け」

命令の通り、起立をして回れ右をする。
青色の目が、俺を射抜いた。
ポアロから直接来たのだろうか? スーツではなく薄手のニットに厚手のジャケットを羽織った降谷さんが立っていた。ここに来る時の降谷さんは、たいていスーツ姿なので、なんだか新鮮だ。
それにしても。よりにもよって、ハロウィンの日に「Freeze」とは……。
もしかして、俺の知らないところで、アメリカの司法関係者と何かあったんだろうか。そんなことを思って、勝手に心配になる。

「よし、手を降ろしていいぞ。君の隣の席、座ってもいいか?」
「ええ、どうぞ」

俺は、机の引き出しにあるチョコレートのことを思った。
降谷さんに……と思って準備していたものだが、この様子を見る限り、自分で食べてしまった方がいいかもしれない。
そんな俺の気持ちなんてお構いなしに、降谷さんから仕事の指示を出し始めた。

そして、一通りの確認が終わった後、スープジャーを渡された。

俺はとてもうれしくなった。ポアロの期間限定かぼちゃスープの話を聞いて、食べてみたいと言ったのが、確か二週間前のこと。

「これ……もしかして、例のかぼちゃのスープですか?」

降谷さんは眉間にしわを寄せた。

「かぼちゃのスープは、一滴も残らず、売れ残ったよ。……それは、ボルシチだ」
「ボルシチ……? ですか」

なんだ。ハロウィンのごちそうではなかったわけか。
どうやら、今年の十月もハロウィンらしいことをしないまま終わってしまうらしい。
ゆっくりと、スープジャーのふたを開ける。そして、俺は絶句した。

「……体、あったまると思ってな。用意してきたんだ」
「あの……降谷さん」
「なんだ?」
「このボルシチ……真っ赤ですけど?」

そりゃあ、ボルシチなんだから、赤くあるべきなんだろうけれど。降谷さんのことだ。少し違う色合いのボルシチが入っていると思っていた。

「まあ、赤かぶを使っているからな……」
「赤かぶ、ですか」

真っ赤なスープを数秒間見つめる。
そして思い出す。
ジャックオランタンは、ハロウィンの風習がアメリカ大陸に渡る以前は赤かぶで作っていたらしい。そういう話を聞いたことがある。
俺が知っているのだ。降谷さんが、その事実を知らないわけがないだろう。
……と、すると。
たいへんに、わかりにくいが。これは、降谷さんなりのTreatなんだろう。

「降谷さん」

俺は、机の引き出しを開け、オレンジと黒の包装紙に紫のリボンのついたチョコレートを取り出した。

「ハッピーハロウィン」

そう言って、渡せば、降谷さんがそれを受け取る。

「ああ……ありがとうな」
「どういたしまして」

何年かぶりに、ハロウィンらしいことをした。なんだかうれしくなる。
そして、言うか言うまいか迷って

「それにしても……」

結局、言った。

「降谷さんのハロウィンは、ずいぶんわかりにくいんですね」

降谷さんが、少しだけむすっとした。

「わかりにくくて……いいんだよ、別に。……君が、わかりさえすればいいんだから」
「え、でも……俺が、気づかなかったら、どうするつもりだったんですか?」

それとも、降谷さんは、俺なら絶対に気づくと踏んで、こんな回りくどいハロウィンの準備をしたのだろうか。

「気づかなかったら、まあ、それまでだから」
「え……?! それまでって?」
「あー……まあ、いいんだよ。君はちゃんと気づいたんだし」

降谷さんがそっぽを向いた。その様子が、とても、かわいらしく思えた。

「あのー……そういえば、降谷さん。恋人の俺から、もう一つTreatがあるんですが。よろしいですか?」

ちょいちょいと、パーカーの袖をひっぱる。

「……なんだ?」

降谷さんが、ふりむいた瞬間、俺はその額にキスを落としてやった。
そして、右手で額をおさえながら、降谷さんが俺をにらむ。

「風見……これは、どちらかといえばTrickの方じゃないか?」

降谷さんの抗議。でも、本気で怒っているわけではないのだ。だって、声のトーンはやわらかだ。

「そうかもしれませんが……確か、Treatには特別なお楽しみ……なんて、意味もありましたよね」

俺が笑ってみせると、降谷さんが、にわかに周囲を警戒し始めた。その真剣な目つきに、緊張感が走る。
人の気配は感じられないが、降谷さんは、なんらかの危険を察知したのだろうか?

「風見……」

名前を呼ばれ、はい、と返事をすれば、ネクタイをひっぱられる。椅子がギシっと音を立てた。
唇に柔らかいものが当たり、中に熱いものが入ってくる。俺は、慌てて、それを絡めとった。
左手を降谷さんの腰に添え、右手で背中を抱き寄せる。
ぴちゃぴちゃとした水音。二週間ぶりの口づけ。職場だというのに、思わず本気になりかけた。

だけど、それは、すぐに中断することになる。

胸に、ドンという衝撃。久々のキスは数分のうちにお開きとなった。
興奮で速くなった呼吸を、浅い息の出し入れの繰り返しで、通常に戻していく。

「お前な……特別なお楽しみ、というなら、これくらいやれ」

そう言う降谷さんの唇は、どちらのものかわからない唾液で、ぬらぬらになっていた。

「……あの、降谷さん、このスープジャーはいつ返せばいいですか?」
「確か……君は、明日の朝には、非番になるよな?」
「ええ」
「……僕はこのまま家に帰って、明日は一日中家にいる」

はっきりしない言い方。
だけど、仕事が終わったら、部屋に来い、ということらしい。

「ああ。了解いたしました」
「……じゃあ、さっきのやつ頼んだぞ」

降谷さんを見送る。オフィスに静寂が戻ってくる。

ふたを開けっぱなしにしていたせいで、少し冷めてしまったボルシチをスプーンですくう。
そして、ふと、降谷さんがスーツではなくて安室透の格好をしていたのは仮装だったのかもしれないということに気がつく。
なんて、わかりにくいハロウィンなんだろう。
ベッドの中と同じくらいに、とは言わないが。日頃のコミュニケーションも、もう少しだけ、わかりやすくしてくれればいいのに、と思う。

そして、スープを食べ終えた俺は、給湯室の流しでジャーを洗いながら、上司から頼まれた仕事をどの順番で片づたらいいか、なんてことを考え始めた。

 

【あとがきなど】

風降がハロウィンするとどうなるんだろうと思って、妄想したうちの一つです。
降谷さんは、恋人である風見さんと、ハロウィンらしいことをしてみたいんだけれど
上司である手前、そんなことを言えるはずがないので、こういう、回りくどいことをします。

そして、私は……

普段は、まわりくどくて、わかりにくいくせに。
ベッドの上では、どこが気持ちいいかとか、なにをしてほしいかとか……風見さんに全部筒抜けになってしまう降谷さんが大好きです。

そんでもって

普段のまわりくどい降谷さんの表現も、なぜかちゃんとキャッチできてしまう風見裕也にも、めちゃくちゃ、ときめきます。
風見さんは降谷さんに対してだけ、スパダリ属性を発揮する特殊体質であってほしいな……
※話の中で、出てきた事件について知りたい方は「ハロウィン Freeze」で検索してください。

【サイト版だけの追記(2020.11.8)】
本作ではハロウィンの時期に起きた、実在事件について言及しております。
15年前に、この事件を知りました。
ハロウィンの季節が巡ってくるたび、この事件のことを思い出すのは、私の習慣です。
そして、風降の二人も、この事件のことを多少意識するんじゃないかなと考え、結果、事件に関して言及しました。
twitter上で、本件に関するご意見と思しきものを拝見したのですが、それでも、当該描写を削らずに転載します。

 

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