初出:ぷらいべったー(2020.10.16)
風見+降谷(+景光)※CP未満
〇降谷さんが風見さんにカレーを作ってふるまうだけの話。
〇『そこそこおいしい大根の味噌汁』 の続きだけど、単独でも読める
先日、降谷零は風見裕也とカレーを食べた。そんなこともあって、二人はカレーの話をした。
――外で食べるカレーもうまいが、自分で作る家カレーもうまい。
そんな会の流れの中で、降谷零は風見に、自家製カレーをふるまう約束をした。
風見が降谷の部下になった当初。降谷は、そこそこおいしい大根の味噌汁を風見にごちそうした。あれから、数年の間に、降谷の料理の腕はめきめきと上達した。時折、降谷は風見裕也に料理を振る舞う。それは、弁当の形をしている時もあったし、一緒に食卓を囲うこともあった。
降谷が作るカレーには、隠し味にセロリのすりおろしが入っている。
そのレシピは、降谷のオリジナルではない。かつて、親友が自分のために作ってくれたカレー。そのレシピで、降谷はカレーを煮込む。
作り方を、直接、教えてもらったわけではないから、キッチンに立つ親友の姿を想起したり、味の記憶をたどりながら、手探りでそれらしいものを作っていく。
最初に作ったカレーは、セロリの量が少なすぎた。
二度目、セロリは、もっと荒くするべきだと気がついた。
その後も、何度かカレーを作ったが、なんだかしっくりこなくて、降谷はしばらくの間、カレー作りを封印した。
ある日の張り込み中。降谷は、唐突に「長野にはカレーの隠し味に味噌を入れている店があるんだ」という、幼馴染の言葉を思い出た。仕事中でなければ、すぐさまスーパーに駆け込んで、カレーの材料をかき集めたことだろう。
そして、次の休み。降谷は、久しぶりにカレーを作った。味噌の入ったセロリ入りカレーは、思い出の味によく似ていた。
セロリをおろしながら、降谷は、そういう試行錯誤の日々を思い出す。すりおろしたセロリと、みその入った、少し甘口のカレー。
降谷は、辛口が好きで、セロリが苦手な部下のことを思い浮かべた。そして、すりおろしたセロリにラップをし、遅くまで営業しているスーパーマーケットまで車を走らせた。
翌日。休日の昼間。風見は、手土産にコーヒーの豆を持って、降谷の家をたずねた。
休みの日に、上司の家でランチを食べる。普通だったら、気が滅入るようなシチュエーションだが、風見裕也は気にしない。
出会った当初、この部屋で、一緒に朝ごはんを食べたあの日から、風見は降谷に、少しだけ特別な感情を抱いている。こんなことを考えるなんて、おこがましいと自覚しながらも、年上として降谷を守ってあげたい。風見は、そういう気持ちで降谷のことを見つめる時がある。
業務時間外。風見が仲のいい部活の後輩を見るような眼で降谷を見つめる。
その視線に、降谷はほんの少しだけムスッとした顔をするが、拒絶はなかった。ムスッとする降谷の表情すら愛らしいと思いながら、風見は年上風を吹かせすぎない程度に、そして、降谷に気づかれない程度に彼の世話を焼いた。
「よし、じゃあ、僕はカレーを温めなおすから、君はご飯をよそってくれ」
「了解しました。降谷さんは大盛にします?」
「君のは、普通盛の時点で大盛だからな……。少し軽め位で頼む」
「わかりました。少し軽めですね」
風見は(どうせ、おかわりをするくせに)などと思いながら、少し軽めのご飯を盛った。しゃもじを持つ風見の足元を、降谷の愛犬がじゃれつく。
風見が、ご飯の盛られた皿をテーブルの上に置き、しゃがみこんで犬と遊び出す。その様子を横目で伺いながら、降谷は、カレーをたっぷりと皿に盛りつけた。
「ほら、できたぞ。風見、手を洗ってさっさと座れ」
「はい! ……じゃあ、ワンちゃん。また、後でな」
風見は、キッチンの流しで手を洗い、ハンカチを取り出しながら、にっこりとほほ笑んだ。
いそいそと手を拭き、席に着く。
「わあ……おいしそうですね!」
食卓の上には、ほんの少しだけ色身の違うカレーが二皿。
「さあ、食べよう」
「はい! いただきます!」
風見が、大きく口を開け、スプーンでカレーライスを運ぶ。そして、もぐもぐと、頬張りながら、目を細めた。
「あー……降谷さん、これ、すごくおいしいです」
「だろ? 君の口に合うように、少し辛くして……でも、コクも出したかったから隠し味にチョコレートが入っている」
本当は、インスタントコーヒーも入れてあるのだが、すべての隠し味を教えてしまうのは、なんだかもったいない気がして、降谷はそれを言わなかった。
「玉ねぎも、飴色になるまで炒めてあるんですね」
「うん」
それから、また、二口、三口と。風見はカレーを食べていく。
そして、半分まで、食べすすめたところで降谷にたずねた。
「降谷さん……ところで…なんですが」
「なんだ?」
「降谷さんが食べてるカレー……自分のと少し違いますよね? コンロにも、鍋が二つありますが」
「ああ。違うな」
「よろしければ、そちらのカレーも、少し食べてもよろしいですか?」
風見がたずねれば、降谷は、淡々とした口調で言った。
「それは無理な相談だな」
「えー?! どうしてですか?」
「……これは、僕専用のカレーだからだ」
その言葉に、何か思い至ることがあったのか、風見は少しだけ視線を伏せた。
「……そうですか」
「ああ。僕が食べているカレーには、セロリのすりおろしが入っているんだ。君、セロリが苦手だし。カレーは辛い方が好きだろ? だから、具を炒めるところまでは同じレシピで作って、途中で鍋を二つに分けたんだ」
「……それは、お手間をおかけしました。でも、カレーですし、すりおろしなら、セロリを食べられると思います。それに、家で食べるカレーなら、甘口もありだなあって思いますし……」
「うん。でもこれは……」
降谷が、説明をしようとしたところで、風見がそれを遮った。
「ええ。大丈夫ですよ。わかっていますから。大事な味、なんですよね?」
降谷は、少し微笑み、こくんとうなずいた。
「いつか、いろんなことにけりがついたら、君にも、このカレーをごちそうするよ」
「本当ですか? やったー!」
「だから、今は、そのカレーで我慢しててくれ」
降谷がカレーライスをスプーンですくう。
その様子を見つめながら、風見は言った。
「やだな、降谷さん。俺は、我慢なんてしないですよ」
スプーンを動かす降谷の手が静止した。
「降谷さんが、俺のために作ってくれた特製レシピで”すよ? 我慢”なんて言ったら罰が当たる」
風見は、そう言いながら、再びカレーを食べ始めた。
特定の誰かの味覚であるとか、好き嫌いを考えながら、レシピを工夫し料理をすること。そして、その料理をおいしいと言って食べてくれる誰かがいること。そんなことを考えながら、降谷は、カレーを口に含んだ。ゆっくりと味わいながら、それを食べる。
そして、誰に言うでもなく
「おいしい」
とつぶやいた。
その「おいしい」を聞きながら、風見はカレーを平らげる。
そして
「降谷さん、おかわり、もらいますね」
「ああ。まだあるから、どうぞ」
勝手知ったる上司の家。
風見は自分でライスを盛り、上司特製レシピのカレーを、おたまですくった。
【あとがきなど】
私は、三者関係が大好きです。
この風見さんは、諸伏景光のことを知らないという設定です。
けれど「降谷さんは、大切なだれかと辛い別れをしたらしい……」ということは察してるかんじです。
※詳細につきましては、前日譚である『そこそこおいしい大根の味噌汁』をご査収ください。
ある人から与えられた経験を、今度は、与える側として追体験した時。
与える側の気持ちを、なんとなく理解し、自己の経験に対する理解が深まる。
そういうことって、わりと、普遍的にあるなあと思っていて(あるよね?!)
降谷さんは、風見さんを通してヒロとの日々を自分の中で解釈し統合していくのではないかなあ……と妄想しています。
それは、風降であってもなくても。