君は、優しいからな

初出:2020/9/7(ぷらいべったー)

兜合わせをする風降。
風見さんと降谷さんの温度差。

戀と慈しみシリーズ
努めよ、わが背 つつがなく
君の匂いと、間抜けな寝顔
君は、優しいからな
ただの人間に過ぎないあなたのこと


 

店員が、タクシーが到着したことを伝えに来る。

支払いを、と思って財布を取り出そうとすれば、風見裕也は涼しそうな顔で

「さっき済ませました」

と言った。

「いや、でも…君……?」
「降谷さん、野暮ですよ」

風見にいさめられ、口をつぐんだ。

タクシーに乗り込むと、風見は自分の住所を言った。確かに、その方がいいだろう。
僕は眠ったふりをする。
あんな風に、誘ったくせに。風見は、指一本触れてこなかった。
風見が運転手に「ドラッグストアに寄ってください」と声をかけた。まさか、アイスクリームを買う気じゃないだろうな? などと思ったが、すぐに、別の可能性に気づいた。
確か『挿れるのは無理かもしれませんけど』とか。そのような言葉を聞いた気がする。無理かもしれないけど、試すつもりはある……という、そういうことなんだろうか。

「すみません、お待たせしました」

買い物を終えた風見が、車に戻ってくる。全力疾走したんだろうか。息が荒い。少しだけ汗の匂いがした。

ドラッグストアを出発して、五分。どうやら、目的地に着いたようだ。
今度こそ、僕が支払いを……と思ったが、寝たふりをしていた分、不利な戦いとなる。またしても風見に先を越されてしまった。

外階段を上り、風見の部屋を目指す。所在地を把握してはいたものの、実際に来るのは初めてだ。ドアや家具の配置を確認する。十二畳ほどの部屋に、ダイニングテーブルと、ソファセットがそれぞれ置いてある。間取りは1LDKといったところか。

風見は、部屋に入るなり、冷凍庫にアイスクリームをしまった。

「……アイス、か?」
「あ……いや。これは、そういうつもりのやつじゃないです。北海道のコンビニチェーンが自社開発したソフトクリームを見つけたので、つい」
「そうか」
「ええ。メロン味でおいしいんですよ。何個か買ったので、降谷さんもいかがですか?」

『抱いて差し上げます』などと、とんでもないことを言ったくせに、風見は、そういうそぶりを見せない。もしかして、あれは、都合のいい幻聴だったのだろうか? そういえば、あの冷酒。するする飲んでしまったけれど、度数はかなり高かった気がする。

「今はいい」
「そうですね……」

ソファにドカッと腰を下ろす。

「シャワーは、浴びなくていいですよね?」
「え?」
「いや、匂いの関係上」

風見は、そう言いながら、上着をハンガーにかけた。

「降谷さんも……」

手に持っていたジャケットを風見に渡し、ネクタイをほどいた。家主に無断でテレビをつける。
かさかさと、ビニールのこすれる音がした。なんとなしに、ふり返ると、風見がダイニングテーブルの上に、潤滑剤と避妊具を並べていた。

(ああ、やっぱり、するんだ)

十一時のニュースは、今日の午後に起きた強盗殺人事件の顛末を伝えた。また、毛利先生が大活躍した(ということになっている)らしい。

「ニュース、見終わってからにします? 俺も、今日の野球の結果が気になっています」
「ああ。シーズンも大詰めだもんな」
「ええ」
「……それは、スマホのアプリで調べるのでは、だめなのか?」

僕が言うと、風見はリモコンでテレビを消した。

「確かに、それもそうですね」

ソファに座り込んだまま、風見の横顔を見つめた。

「そういえば……降谷さん、どうします? キスはした方がいいですか?」
「……どちらでも…君に任せるよ」
「では、一応、歯を磨いてきますね」

その言葉に面食らう。

「え…? 別に、そこまでしなくても……? 僕は気にならないけど?」
「ああ、じゃあ、せめて洗口液だけでも、いいですか? あなたが気にしなくても、俺が気にするので」
「あ……なら、僕も」
洗面所で、二人、口をすすいだ。風見が、ちらりと、浴室に目をやりながら言う。

「もう一度、確認しますけど……シャワーは、いいですよね?」
「うん」

僕がうなずくと、風見は僕の背後に立ち、両肩に手を乗せた。

「じゃ、ベッド行きますよ」
「え……? うん」

風見にハンドリングされて、寝室に向かう。途中、視界に、潤滑剤と避妊具のパッケージが飛び込んできたけど、それには気づかないふりをした。

寝室につくなり、風見は、服を脱ぎ始めた。

「降谷さんも、脱いでください。汚すといけないので」

そう言われて、僕も、シャツのボタンを外していく。
風見裕也の胸板を見るのは初めてではない。以前、術科センターで組み手をした際、雑談をしながら着替えをした。
だが、僕たちはこれから、性的な行為をするのだ。あの時とは状況が違う。
それなのに、風見は、なんのためらいもなく、するすると服を脱ぎ、パンツ一枚になった。
そして、部屋の照明を少し暗くし

「忘れ物を取りに行ってきますね」

と言った。
ああ。やっぱりあれを使うんだ……と思いながら、僕はいそいそと服を脱いだ。服を脱ぐ過程を見られるよりは、服を脱いでしまった状態を見られた方が、恥ずかしさがましな気がした。
ベッドサイドに置かれたテーブルに、服を重ね、ベッドに腰を下ろしたところで、ドアが開いた。パンツ一丁の風見が入って来た。手には、やはり、例の物品。
シャワー……断ってしまったが、浴びるべきだったんじゃないだろうか。急に、自分の体の匂いや、汚れが気になってくる。
風見が、眼鏡を外して、ベッドボードの上に置いた。

「どうすれば、いい?」

僕がたずねると、風見は考えるそぶりを見せてから

「とりあえず寝っ転がりましょうか?」

と言った。
風見は、掛け布団をはぎ取って、壁際に寄せた。
僕が先に横になる。風見がベッドに上がれるよう、壁際まで体をずらした。
ギシッという音がして、風見は僕の体を抱き寄せながら、ベッドに寝転がった。

「どうぞ、お好きなだけ、匂いをかいでください」
「……ああ」
「枕もありますけど、いかがです?」
「それはいい」

風見の首筋に、鼻をこすりつけ、分厚い胸板に手のひらを添えた。

「どうです?」
「……どうって?」
「俺の匂い」
「……風見の匂いだなあという感じ」
「はあ……それだけ、ですか?」

いつもより、近い場所から、発せられる声。それは、いつもより、ほんの少しかすれていた。

「そうだな……好ましいと思うよ」
「それは、よかったです」

風見が、僕の背中に大きな手を這わせた。しっとりした感触。僕はたまらず、体を、もぞもぞ動かした。

「降谷さん……?」

風見は、疑問形で僕の名前を読んだ。我慢ができなかった。腰が、ゆらゆらと動いてしまう。匂いと、声と、素肌で感じる体温。それだけで、僕の体は、こんな風になってしまうのだ。
それが、とても恥ずかしくて、でも、パンツ一枚で抱き合っている相手に、それを隠し通すことは難しかった。

「触っても……?」
「……うん」

風見は、まずパンツの布越しに、僕のそこを触った。

「……っん」

そして

「ごめんなさい。パンツも先に脱いでおけばよかったですね……あとで、新品のやつ、差し上げます」

と言った。
自覚はあったけれど。布越しで、少し触っただけでも伝わってしまう程度には、僕のそこは分泌物を垂れ流していたらしい。

「ちょっと、失礼しますね」

そう言うと、風見は体を起こして、僕のパンツを脱がした。本来は隠すべき部位が空気にさらされる。風見の匂いが遠ざかってしまったのが寂しい。僕は枕を手繰り寄せた。
風見が、僕のパンツを丁寧に折りたたんだ。汚れものをそんな風に扱わないでほしい。
折りたたまれた僕のパンツは、ベッドボードの上に置かれた。
風見は続けざまに、自分のパンツを脱ぎ、それを床に放り投げた。

「……あっ!」
「どうした?」
「いや……降谷さん、パンツの匂いも、かぎたかったかなと思って」
「……そんな気遣いはいらない」
「確かに」

そう言って笑う風見をちらりと盗み見た。足の間にあるものは、だらんとしたままだ。
僕ばかりが、こうなっていることが恥ずかしかった。風見の匂いのする枕を、ぎゅっと、抱きしめる。

「そうだ。キスはしておいた方が、よろしいですか?」

まるで、業務上の必要事項を確認をするような口ぶりで、風見が言った。でも、

(それもそうか)

と、僕は変に納得する。

「一応、しておくか。せっかく、口をすすいだことだしな」

風見が、ゆっくりと横になり、僕から枕を奪い取った。

「失礼」

風見の右手が、僕の輪郭に添えられた。こめかみから、つーっと、顎骨をたどって、おとがいで止まる。少し上にずれて下唇に。ド近眼だなあって、思いながら、顎を少し上に向けた。
ちゅ……っと、音がした。風見の唇が、僕の下唇を挟むようにして食んだ。
舌を差し出して、風見の唇をつつく。キスの角度が変わった。温かな舌が、僕の舌をからめとる。
風見のキスは丁寧だった。それこそ、仕事をしてる時みたいに、正確に僕の意図を汲み、それに応えた。
僕は、自身のぬるぬるを、風見の下半身にこすりつけた。
唾液がじゅるじゅるになって、それが口の端からこぼれた時、風見は、唇を離して僕の顎を舐めた。
おそるおそる、風見の下腹部に手を伸ばす。そこは、半勃ちくらいの硬さにはなっていて。でも、サイズはおそろしいほどに、大きかった。
そういえば、警視庁公安部のメンバーと雑談している時に「サイズでいったら、風見さんが一番エグい」という話を聞いたことがある。確かに、これが、完全に勃ちあがったら、どうなるんだろう?
右手で、風見のものを握りこんで、ゆるゆると手を上下させた。

「……んっ」

風見が、吐息まじりにそのような声を出したものだから、僕は嬉しくなって、先のぬるぬるしたところを、指でつついてみた。

「降谷さん……お待ちくださいね、今、ゴムしますんで……」

風見が、体を起こしてベッドに腰かけた。器用にライトを灯し、眼鏡をかける。
僕は、その背中を追いかけ、ペタリと、自分の体を押し当て、うなじに鼻を寄せた。

「降谷さんの体……あったかいですね」
「うん」
「少々お待ちください。今、ゴムつけるんで」
「……挿れるのか?」
「ハハ……挿入はしませんよ。ただ、あなたに、俺の精液をかけてしまうのが忍びないので」
「じゃあ、僕もつけた方がいいか?」
「あ、それは大丈夫です。俺は気にならないので」

そう言いながら、風見は、ガサゴソとコンドームのパッケージを開けようとした。

「風見、挿れないのだとすれば……その…潤滑剤は?」
「ああ? これですか?」
「うん」
「手コキするのに、ぬるぬるした方が気持ちいかなと思って買ったんですけど……ローションプレイはお嫌いでした?」

風見の体に腕を回し、コンドームの開封を妨害する。

「……ちょっ…降谷さん?!」
「君……変な病気持っているのか?」
「いや、持ってないですよ……持ってないですけどね……」
「なら、しなくていいだろ? 僕も……君のがかかっても、構わないから」

手探りで、風見のそれを探しあてる。さっきより、大きくなっていて、それが嬉しかった。

「ん…っ……降谷さん、いたずらっぽいところがあるんですね」
「……小さい頃は、わりと、やんちゃだったんだ」
「いや、今でも、わりとやんちゃですよ」

風見が、僕の腕をぎゅっと握る。
それから、視界がぐるんと回って、気がついたら、ベッドに背中を押しつけられた。

「今なら、寝技で一本取れそうですね?」
「……それはどうかな? 試してみるか?」
「いえ……この状況ではしゃぐと、海綿体がぽっきり、いきかねないので止めておきます」

仰向けになった僕を、風見が見下ろす。

「少し、失礼しますね」

両太ももを握られて、グイッとM字に開脚させられた。風見の大きなものが、僕のものにペタペタと触れる。
先ほどと違い、ベッドサイドには小さな明かりがついていて、風見は眼鏡をつけている。
だから、見えてしまっているだろう。例えば、僕がどのような表情をしているか、とか。
しかし、風見は、僕の表情には触れずに、僕の性器に手を添えながら言った。

「きれいな形してますね……色もきれいです」
「ん……っ。君が、言うなよ……そんな立派なものを持ってるくせに」
「いえいえ、俺のなんて、規格外のB級品ですから……」

風見の右手が、自分のものと、僕のものをいっぺんに握った。

「降谷さんも……よろしければ、お手を……」

そう言われて、右手を伸ばせば、風見の左手がその手首を捕まえる。そして、それらを握らされた。

「では、はじめますが、よろしいですか……?」

「いちいち、確認してくるな」そう言いたい気持ちをこらえて、風見の亀頭を指でなぞった。
それが合図となった。風見が自分の性器を僕のものにこすりつけながら、二人分のものをぎゅうぎゅう、扱き上げた。ちょっと痛かったけど、その痛さすら悪くなかった。

「かざみ……かざ…っみ……」
「うん……降谷さん…っ気持ちいですね」
「きもちい……かざみ…!」
「降谷さん…っ……かわいいですよ」

風見に、かわいいって言われた。でも、そういう風見だって、今まで見たことがないくらいに、かっこよかった。
だから、キスをねだった。
風見は眼鏡をしたまんまだったから、フレームが、顔に当たって最悪だった。左手で眼鏡を奪い取り、そのまま、風見の首に腕を回した。
先ほどは、とても丁寧だったキスが、今度はほんの少し一方的で。風見もちゃんと興奮してるんだなとか、そんなことを思った。体温が上がってきたからかもしれない。風見の匂いが、濃くなった気がした。
ローションをつけていないのに、手のひらは、ぬるぬるのベタベタになっていた。風見の作り出すキスと手コキの緩急はとても絶妙で、じんわりと涙が浮かんできた。
息が苦しくなってくる。でもキスをしていたい。
そういう、僕の呼吸の変化に、やっぱり、風見は気がついてしまって。キスは終わり、今度は、耳たぶを吸い上げられた。

「も……っだめ…いきそ…っ、かざみ」

風見が、僕の耳元でささやく。

「俺もいきそ……です……」

風見が、少しだけ握りこむ手の力を強めた。そして、二人分のそれをぐっちゃんぐっちゃんにした。体がひんやりする感じがする。

「あ……ぅ…あ、へん…なんか」
「降谷さん……」
「あ…っあ……!」

僕が精液を吐き出すのと、ほぼ同じくらいのタイミングで、風見もイったらしい。

僕が、ぐったりしていると、風見が眼鏡をかけて、部屋を飛び出した。バタバタと音がして、キッチンから電子音が聴こえる。僕は、風見の枕を手繰り寄せ、その匂いをかいだ。
極まったばかりの上司をベッドに放置するなんて

「あとで説教だな……」

と、ひとりごちていると、風見が戻ってきて、僕の下腹部にホットタオルを押し当てた。

「熱くないですか?」
「うん」
「ホットタオル、レンジで作ると、すごく熱くなる時ありません? 俺、髭を剃る時にホットタオルを使うんですけど……」

風見が、僕の腹を拭きながら、楽しそうにおしゃべりを始める。僕は、それを適当に聞き流しながら体を起こし、風見が持ってきたミネラルウォーターを口に含んだ。

「……さて、すっきりしましたし。あとは、眠るだけですね。ちゃんと間抜けな顔で寝ますので、確認の程よろしくお願いします」

あんなことしたくせに、いつも通りの風見が、にくらしい。僕は、その鼻を明かしてやりたくなった。

「なあ……風見」
「なんでしょう?」
「僕、もう一度、君のかっこいい顔を見たいな……」
「かっこいい……? ですか?」
「うん。さっきの君、すごくかっこよかった……」

その言葉に、風見の目がきょろきょろ泳いだ。

「しかし……降谷さん、普段は、七日から十日のペースで抜くって言ってましたよね? 先ほども、ずいぶん出してましたし。ご無理なさらない方が?」

ペットボトルを風見に渡し、風見の枕を抱きしめる。

「言っただろ? 僕は…その…‥君の匂いをかぐと……は、はつ……えっと…その発情をしてしまうんだ」

 

【あとがきなど】

私は、風降にはまって、最初に書いた話(今は消した)に「上司に精液をかけることを、やたら恐れる風見」というモチーフをぶちこみました。
だから、ある意味、原点回帰です。

余談なんですけど。
私の中には

「風見さんは、ゼロ茶くらいの心理的距離感でも、十分に降谷さんの性処理につき合える」

という仮説があります。

ハロの世話をするのと同じくらいの感覚で、風見さんは、降谷さんの体をどうこうできちゃう気がするんです。
挙句、降谷さんが挿入を求めて来たら、事前にウリ専の青年と交渉して、行為しないまでも少々の実践を交えて、いたし方を聞くくらいのことはするだろうし。
結果、降谷さんを不機嫌にします。
(『ワンちゃん!』回の、警察犬と接してから……のオマージュです)

 

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