ただの人間に過ぎないあなたのこと

初出:2020/9/22(Pixiv『戀と慈しみ』より)

悩む風見裕也。
あっさり描写ですが、攻めフェラ・結腸責めがあります。

 

戀と慈しみシリーズ
努めよ、わが背 つつがなく
君の匂いと、間抜けな寝顔
君は、優しいからな
ただの人間に過ぎないあなたのこと


 

降谷さんが困っているのなら、何とかしてあげたいと思う。

ペットのお世話、捜査備品ようふくの手配、電車の窓に書かれた文字の同定、草野球の助っ人、ある程度の威力を持った爆発物の準備、それから、骨格部分がひしゃげたFDの修理費用調達。
降谷さんが困っていて、俺にどうにかできる事なら、全力で取り組みたい。そう思って、努めてきた。
降谷さんが誰かに助けを求める時、真っ先に俺の顔が浮かぶようであってほしい。

ゼロの右腕である、俺のこだわり。

降谷さんに「話がある」と、呼び出された。
手入れの行き届いた庭つきの小料理屋。その奥にある座敷。
少し、緊張しながら

「お話というのは何でしょう?」

とたずねれば

「……猥談だ」

という、ちぐはぐな受け答え。

「は?」
「僕は君と猥談をしたいと考えている」

確かに、猥談は人目をはばかってするものだ。そして、一見さんお断りのこの店は、内緒話をするのに、うってつけの場所だろう。
しかし、俺たちは、男ばかりの組織に属しており。下ネタには慣れっこのはずだ。ちょっとした猥談なら、業務の合間に済ませばいい。
俺は、少しだけ、とぼけてみせた。

「それは、例えば……好きなアダルトビデオの話などをすればよいのでしょうか?」

そうたずねれば、即座に否定された。
どうも、真面目な話をするつもりらしい。俺は、気を引き締めて降谷さんの話に耳を傾けた。

事態は思っていたより深刻だった。

降谷さんは、パブロフの犬の実験を引き合いに出し、俺の匂いと、自身の性欲が結びついてしまったことを、カミングアウトをした。

確かに、それは、不便だろう。

かつてお世話になったAVのことを思い出す。
催眠によって、とある条件がそろうと、発情するようになった女の子の性事情。あれは、とっても、かわいらしかった。
けれどもAVは、所詮、フィクションだから。あの子が、社会生活を送っていく上での困難は描かない。職場の百貨店で発情してしまっても、同僚や客の男たちと楽しくセックスをして、ハッピーエンドだ。
でも、現実はそうじゃない。例えば、現場で降谷さんが俺の匂いで発情して、俺がそれに応じたとしよう。
悪いやつらは、俺たちの性行為が終わるのを待ってくれない。だから、ハッピーエンドになるわけがないのだ。

チェーンの居酒屋で出てくるものとは、まったく別物の、マグロの赤身。おいしい日本酒。見るからに高そうな床の間の調度品。
一見さんお断りの、小料理屋の個室は、人に聞かれたくない話をするには、ぴったりの場所だろう。
秘匿すべき事項。例えば、ゼロの人事に関する相談なんてものも、ここでなら、気兼ねなくできるかもしれない。
だから、俺は単刀直入に聞いた。

「……くびですか? 俺は?」

降谷さんは即答した。

「いや。そうするわけにはいかないから、困っている」

その言葉に、安堵した。ゼロの右腕をやめる不安に比べれば、他のことはすべて、些細なことだ。そう思った。
だから、

「あるいは、いっそ、俺と一線を越えてみますか?」

性行為の提案も。
サービス税のかかった会計も。
今の俺には、少しも怖くなかった。

……というのは、嘘だ。クレジットカード決済のサイン。ボールペンを握る手は震えた。

男同士なんて。まして、上司とこんなことになるなんて。考えたこともなかった。しかし、降谷さんは、匂いによる条件反射に悩んでいて、俺は、それをどうにかしてあげたい。
降谷さんが困っていて、自分にどうにかできる事なら、全力で取り組みたい。いつだって、そう思いながら、努めてきた。

不謹慎かもしれないが、普段はしゃんとしている上司が、性的衝動に振り回される姿を見て「かわいらしい」と思った。
降谷さんが感じている姿を見たら、すごく興奮したし、俺も便乗して気持ちよくなりたいとも思った。だから、この行為に私利私欲が絡んでいなかったとは言わない。
一度目の射精を済ませた後、降谷さんに、もっとかっこいいところが見たいとか、俺の匂いで発情してしまうとか言われて、悪い気はしなかった。
そして、少しだけ調子に乗った俺は、降谷さんの性器を口に含み、じゅぶじゅぶしてやった。
降谷さんは、こういう経験が乏しいのか、それとも本人が言うように、俺に発情しているからなのか……理由はわからないけれど、とにかく感じやすかった。少し強めに吸い上げただけなのに、腰をがくがくさせながら、あっという間にイってしまう。
ぴゅるぴゅると飛び出した降谷さんの精液を口で受け止める。二度目の射精だからか、味はあまりしない。
降谷さんの股間に、ティッシュを被せた。
自分の手のひらにも、ティッシュを五回重ねて、べーっと、白く濁った液体を吐き出した。
その傍らで、降谷さんが、のそのそと体を起こし、俺のものに手を伸ばした。どうするつもりだろうと思ったが、好きにさせておく。
吐き出した降谷さんのザーメンをティッシュにくるんでゴミ箱に放り投げる。うまく入った。地味にうれしい。
ささやかな幸せに浸っていると、降谷さんが、俺の股間に顔をよせ、あーんと口を開けた。

「降谷さん、いたずらはダメですよ」

二度目の射精を済ませたばかりの降谷さんは、まだ本調子ではなくて。だから、簡単に体をひっくり返すことができた。仰向けになった降谷さんの体に、覆いかぶさる。そして、頭をなでながら

「俺は最初ので、十分気持ちよかったから、降谷さんは、フェラとかしなくていいんですよ」

と、諭した。だが、反論が返ってくる。

「されっぱなしというのは、居心地が悪い」

確かに。男として、降谷さんの気持ちがわからなくもなかった。
だから、俺は、妥協案としてローションを使っての手コキをお願いした。不満を隠し切れない降谷さんの表情。
けれども、世の中には、なかなかイケない気まずさというものがある。身長相応に、それなりに長い俺のチンコ。降谷さんの細い顎では、きっと、持て余してしまうだろう。

「俺ね、ローションを使って、手コキされるの、すごく好きなんですよ。だから……ね、お願いします」

降谷さんは、しぶしぶ、ローションの容器を手に取った。
形のいい手で、ぬるぬるされるのは、とても気持ち良かった。けれど、なんだか、手持ちぶさたである。
俺は、ローションを自分の手に垂らして、降谷さんの乳首にぬりこんだ。

そして、降谷さんの体は、他者から与えられる快楽に対して、あまりにも免疫がなかった。

結局、降谷さんが、空っぽになるまでつき合った。

気がついたら朝になっていて、俺は、ぐちゃぐちゃになったベッドの上で一人、眠っていた。
シャワーを浴びようと、バスルームに向かえば、洗濯機の中に降谷さんが使ったと思しきタオルが入っていた。浴室の床も、ほんの少しだけ湿っている。それを見て、昨日の出来事が、夢でなかったことを知る。
俺は、

「あ、新しいパンツ……渡しそびれた」

そんなことを思い出し、もしも、次があったら、新しいパンツはバスタオルと一緒に置いておこうと肝に銘じた。

空っぽになるまでやったから、降谷さんは、しばらくの間、不便を感じることなく過ごせたらしい。
しかし、一週間が経ったころ。降谷さんを自宅まで送る道すがら、助手席から

「なあ……風見、やっぱり、ダメみたいだ」

という、申し出があった。
なにが、ダメなのかはたずねずに、行き先を確認する。

「俺の家の方がいいですか?」
「うん。その方がいいな」

こうして、俺たちは、大体一週間から十日のペースで、体の関係を持つようになった。

アナルセックスを持ちかけてきたのは降谷さんだった。俺は、降谷さんの体の負担が気になり、その申し出をはねのけようとした。
しかし『射精できなくなるまで、イかせ続けるくせに、今更、体の心配をするのか?』と言われ、妙に納得した。確かに今更のような気がする。
セックスをするとき、降谷さんは、いつも、俺に気を遣っていた。
根元までおさまりきらない俺のものを、奥まで入れていいと言うし、俺の気分が盛り上がるように「かっこいい」とか「上手だな」とか褒めてくれる。恋人同士のセックスじゃないからこそ、それらの声掛けが、とてもありがたかった。

それは、後ろでするようになって、三度目の行為の後だった。
降谷さんの中から、チンコを引き抜き、ベッドの上で胡坐をかく。ティッシュを手繰りよせ、手探りで、ゴムの始末にとりかかった。すると、降谷さんが、のそのそと起き上がり、俺の腕をガッとつかんだ。
手元が狂い、すねに、精液がしたたり落ちた。

「あ……」

あわてて、ティッシュで拭い取ろうとすれば、降谷さんが、体を折りたたんで、そこに舌を這わせる。

「降谷さん……そんなもん、舐めんでください」
「うるさい」
「……不機嫌ですね。もしかして、よくなかったですか?」

そういえば、今日は、かっこいいとも上手とも言われていない。

「君……今日も、奥まで、挿れてくれなかっただろう」

降谷さんは、顔をあげて、俺に眼鏡を差し出した。会釈をして眼鏡を受け取る。

「……降谷さんの、お心遣いは嬉しいのですが、俺は、奥まで入れなくても十分に気持ちいいんですよ」
「……そうか?」
「ええ。中のひだがね。ぎゅうぎゅうして……」

過去のセックスと比較するのは、マナー違反だから、心の中にとどめておくが。
俺は、サイズの関係で、挿入がうまくいかなかったことが何度もあるし、膣内なかで達せなかったこともしょっちゅうだ。

「……そういう、生々しいことは言わなくていい」
「そうですか? まあ……俺は、ちゃんと気持ちいいので」
「君のことはどうでもよくて……僕が、挿れて欲しいんだ」

その言葉を聞いて、ぎょっとした。眼鏡をかけて、降谷さんの表情を盗み見た。
さらさらの前髪の下に垣間見える眉間には、確かに皺が寄っている。

「と、言いますと?」
「……直腸の奥の……S状結腸。そこが、すごくいいって……インターネットの記事にあったから。なんか……ずっと、イキっぱなしになるらしいんだ。ほら……その……君のなら、そこまで届きそうだろ?」

あぜんとした。
覚えたての好奇心というやつか? あのストイックな降谷さんが……セックスにハマってしまった?
俺は、降谷さんがしてみたいと言うことには、なるべく、手を貸してやりたい。
けれども、この件に関しては、あまり気がすすまなかった。

「降谷さん……過ぎたるは及ばざるがごとし、ですよ。それに、行き過ぎた快感は体に毒です」
「……君は、僕が、セックスの快感で、自分を見失うとでも思っているのか?」
「いえ、まさか」
「だったら……」
「奥まで、挿しこむんですよね? ……さっきまで、中を引っ掻き回した俺が言うことじゃないかもしれませんが、降谷さんの体に、何らかの不具合が起きたら……と思うと、気が引けてます」

本当にそんなに奥まで入れて大丈夫なのか不安だった。それに、例えば、情事の名残で、あなたが、いつもより速く走れなかったら……とか。そういうことだって、考えてしまう。
降谷さんは、俺の枕を拾いあげて、ぎゅっと抱きしめた。
その体を抱き寄せて、頭をなでる。
ぽふっと、枕に顔を押し当てながら、降谷さんが言った。

「君の行き過ぎた優しさだって、十分に毒だけれどな」

枕が声の何割かを吸い上げたから、降谷さんの言葉は、とても小さく響いた。
聞こえないふりをすることもできただろう。降谷さんも、それを望んだかもしれない。しかし、俺は、どうしても流すことができなくて

「ごめんなさい。これが、俺のやり方なんです」

そう言いながら、耳にキスをした。

三日が経った。
久しぶりに、ワンちゃんの世話を申しつけられる。
最後にワンちゃんの世話をしたのが、小料理屋でのカミングアウトの前だから、この部屋に寝泊まりをするのは数か月ぶりになる。
仕事の方は、近年まれにみる落ち着きぶりで、とても気味が悪かった。

河川敷で、ワンちゃんとジョギングをする。ひとしきり走った後は、フライングディスクで遊んだ。空飛ぶ円盤を必死で追いかけるワンちゃんの後ろ姿は、とても、かわいらしかった。

泥んこになるまで遊んだから、帰宅後、すぐに、ワンちゃんの体をシャワーで洗った。続けて、自分も、バスルームを借りる。
シャワーを終え、ワンちゃんにご飯をやり、自分用に具だくさん焼きそばを作った。
焼きそばをほおばりながら、バラエティ番組を見る。ケタケタと笑う俺を見て、ワンちゃんも、なんだか楽しそうだ。
二十三時を回ったところで、テレビを消し、歯を磨いた。続いて、ワンちゃんの口の中を歯磨きシートでケアする。
それから、一杯の湯冷ましを飲んだ。
久しぶりの降谷さんのベッドに緊張する。
前回、ここで眠った時、俺と降谷さんは、まだ、体の関係を持っていなかった。布団に入り枕をぎゅっと抱いてみる。
そして、組織の仕事に邁進しているだろう、降谷さんのことを考えた。
いつもの日課、明日の予定の確認。
明日は五時半に起きて、ワンちゃんと散歩に行き、シャワーを浴びる。ベランダのプランターに水をやったら、登庁し、書類仕事を片付ける。明日も、時間にゆとりがあるようだったら、部下たちと一緒にラーメンを食べに行こう。食後は喫煙所に同行して、久しぶりにタバコをたかるのも、いいかもしれない。

「ワンちゃん」

俺がそう呼べば、ワンちゃんはベッドをよじ登る。

「君のご主人はさ……漫画のヒーローみたいにすごい人だけれど。やっぱり、人間なんだ」

ワンちゃんが、俺の頬を、ぺろりと舐めた。俺は、眼鏡を外し、ティッシュで瞼をおさえた。

「できることだったら、何だってしてやりたいよ。でも、俺のやり方では、きっと、あの人の気持ちには応えたことには、ならないんだ」

人命救助する際の、マウス・トゥ・マウスにキスの意味が無いように、降谷さんの性処理を助けるセックスには恋愛感情が必要なかった。
降谷さんの枕を、抱きしめる。

「アン! アン!」

ワンちゃんの鳴き声で目が覚めた。
時計を見る。時刻は、もうすぐ八時を迎えようとしていた。俺は、布団から飛び起きて、バタバタと洗面所に駆け込んだ。
その後ろを、ワンちゃんが追いかけてくる。

「……ごめんな。寝坊をしてしまって、朝の散歩は行けそうにない」

髭を剃りながら、謝罪をすると、ワンちゃんが、俺の前に、小さな鈴のついた、おもちゃを置いた。

「……お前、これ」

剃刀を、洗面台に置き、しゃがみこむ。

「くれるのか?」

ワンちゃんは、キリッとした顔で

「アン!」

と、返事をした。
俺は、一分きっかり、ワンちゃんの体をなでた。
そして、大急ぎで支度を済ませ、ダッシュで部屋を飛び出した。

それから、数日は、いたって普通に過ごした。
ワンちゃんと俺は、いつも通り遊んで、飼い主のいない隙に、ほんの少しの贅沢を楽しんだ。
そして、降谷さんから、帰宅予定を知らせるメッセージが届いた。俺は、その時間に合わせて、掃除を済ませ、部屋を後にする。

畳の上で、間抜けな顔をしながら眠っているべきだったのかもしれない。
あるいは、帰ってきた降谷さんをハグかなにかで、出迎えればよかったのかもしれない。
けれど、今の俺たちには、そのどちらも、不自然なことに思えた。降谷さんが俺に求めることと、俺が降谷さんに与えられるもの。その二つは、一見するとそっくりで、だけど、ほんの少し違う性質を持っている。それがとても、厄介だった。

久しぶりの我が家。枕元に、ワンちゃんがくれた、おもちゃを置いて、眠りに就こうとした。
しかし、眠気は、なかなかやってこない。やけくそになった俺は、夜更かしすることを決めた。
怪コレのクエストをこなし、新しくリリースされたゲームをDLして、チュートリアルまで終える。新しいゲームはキャラクターが魅力的で、設定も俺好みだったけれど、それほどには、のめりこめなかった。
のどの渇きを感じる。キッチンに移動し、冷蔵庫から、ミネラルウォーターを取り出した。
ダイニングテーブル上に置いたスマホが、一秒間、着信音を鳴らしながら振動した。
音だけでわかってしまう。その電話を鳴らしたのは、誰か。だって、これは、あの人専用の着信音だから。
待ち受け画面を確認する。時刻は午前三時二分だった。
電話を折り返そう、とは、思わなかった。

真夜中に、俺の携帯を一秒だけ鳴らした降谷さん。あの人が、ただの人間であることを思うと、俺はいつも、たまらない気持ちになる。

だから、この胸のざわつきを解消する方法は、一つしかないだろう。ペットボトルの水をがぶ飲みし、上着を羽織る。そして、俺は、財布とキーケースとスマホを握りしめて、部屋を飛び出した。

全力疾走だった。サンダルで飛び出したことを後悔しながら、途中の大通りで、タクシーを拾う。降谷さんのアパートの少し手前で、タクシーを降り、そこからまた、全力で街を駆け抜けた。
つい半日前まで過ごした部屋を目指し、足音が響き渡るのも気にせずに、外階段を駆け上る。見慣れたドアの前。俺は、呼吸を整えながら、鍵穴に合鍵を挿しこんだ。
玄関には、降谷さんの靴があって、部屋の電気は消えている。俺は、まっすぐに、降谷さんが居るであろう、奥の部屋を目指した。
引き戸を勢いよく開け、部屋の電気をつける。
ワンちゃんが、ビクッとして、ベッドから落ちた。

「……風見?」

降谷さんは、上半身を起こして、枕を抱きしめた。

「はい」
「どうして?」
「どうしてって……着信があったので」
「……別に、あれは、急ぎの用じゃなかったからいいんだ。気になったのなら、メールかなにかで、折り返せばよかったのに……」
「降谷さん……俺ね、眠れなかったんです」
「そうか……」
「そんでスマホのゲームも、全然楽しめなくて……」
「おい、就寝時にスマホを眺めるのは、あまり……」

ベッドに近き、膝をついた。

「眠れなかったのは、降谷さんのせいですよ」
「……そうか。それは、すまなかったな」

俺は、降谷さんの顔を睨みつけながら言った。

「どうして、俺なんかに恋をしたんです?」

“それは君のうぬぼれだ“そんな風に笑い飛ばしてほしかった。それなのに、降谷さんは、実に淡々とした声で言った。

「さあな……実のところ、僕も、よくわからないんだ」

――そうですか。あなたは、それを認めてしまうんですね。

「降谷さん」
「なんだ?」
「あなたは、俺の優しさを毒だと言いましたが……。俺のしたことは、あなたを傷つけましたか?」
「いいや、君は僕を傷つけていないよ。僕は最初から、君が優しい男だということを知っていたし。だから、僕が傷ついたとしても、それは僕個人の問題だ」

優し過ぎるのは、いつだって、あなたの方じゃないか。そう言ってやりたかった。

「降谷さん……俺はあなたを抱きに来ました。抱いてもいいですか?」
「そうか……抱いてくるのなら、助かるな。この布団には……君の匂いがしみこんでいるから」

準備が終わるまで、犬の寝かしつけをするようにと言われて、ワンちゃんと台所で二人きりになった。寝かしつけ……と、言われても、何をどうしたらいいかわからないから、とりあえず、ペット用のベッドで丸くなるワンちゃんの体をなでた。

「なあ……俺は、今から、君のご主人に酷いことをするよ」

ワンちゃんは、何も答えない。それでも、自分の胸の中にとどめておくことが、どうしてもできなくて、ひとりごとを続けた。

「それが正解なのか、俺にもわからないのだけれど、君のご主人がしてほしいと言ったことを、してみようと思うんだ」

ワンちゃんが、すぴすぴと寝息を立て始めた頃、引き戸が開いた。

俺は、ベッドサイドの、間接照明の明かりを頼りに、服を脱いだ。
ベッドの上には、降谷さんが、素っ裸で、寝転がっていて。ぐちゅぐちゅと、自分で中をほぐしていた。
俺は、コンドームを持参していなかったし、見える範囲に、それらしきものも見当たらなかった。
だから、すべての服を脱ぎ終えると同時に、眼鏡を外して、それを、畳のローテーブルの上に置いた。
降谷さんに覆いかぶさるように、ベッドの上に乗る。

「準備……できてるから」

降谷さんは、自分の指を引き抜いて、俺に背を向けながら尻をこちらに差し出した。俺は、膝立ちになり、降谷さんの腰に手を添え、まずは、尾骨のあたりに自分の性器をあてがった。
三度、深呼吸をし、竿を何度かこすり上げてから、先っぽを、降谷さんの穴に押しつける。
ぐぷっと、やや強引に、先っぽをねじ込む。降谷さんのひだが、俺のものをぎゅうぎゅうと締め付けてしまい、なかなか先に進めない。

「降谷さん、自分で……チンコこするの、できます?」
「……うん」

降谷さんが、自分で自分のものをしごき始める。俺は、ぐにぐにと、ひねりをくわえながら、降谷さんの中を押しひろげた。いつもよりも、強引な挿入。けれど、ひとまず、三分の一くらいは中に納まった。
少し腰を引き、前立腺のあたりを狙って、ゴリゴリと、先っぽを押しつける。
降谷さんの呼吸がどんどん荒くなっていく。そして

「あ……っ! ああ!」

降谷さんが腰をがくがくさせ、体をこわばらせた。
数十秒ほどの硬直ののち、今度は、体の力が抜ける。降谷さんの腰がぺたんと下に落ちそうになるのを、無理やり引き上げて、俺は、ひと思いに、チンコを突き立てた。

「あ……ふ……んあっ!」

降谷さんの体が、こわばる。中のひだが、ぎゅうぎゅう言って、先っぽが何かにつきあたる。
ガチガチの性器がきつく締めあげられて、少し痛いくらいだった。降谷さんが、うわごとのように、何かを言っていたけれど、それを聞き返す余裕はない。
根元まで、残り数センチ。俺は、思い切り腰を打ちつけて、ぴったりと閉じた壁をぶち破った。
じゅぶじゅぶと、降谷さんの中のなにかが、俺の先っぽに吸いてくる。それが、たまらなく気持ちよくて、俺は、夢中になって、腰を打ちつけた。
ああ、今、誰かに襲撃でもされたら、俺たちは、きっと、ひとたまりもない。
そんなことを思うのも束の間、俺は、降谷さんの奥に、自分の精液をぶちまけた。

「ハァ……ッ、ハァ」

降谷さんの中から、チンコを引きずり出す。そして、降谷さんの体を寝返りさせながら、体を横にした。
二人、向き合って、息を整える。降谷さんは、息をするだけでも、気持ちいいのが来てしまうらしくて、ベッドの上でもぞもぞし続けた。

その体を、抱き寄せた。

「降谷さん」
「……うん?」
「大丈夫です?」
「……あまり…っん」

降谷さんの頭をなでる。

「ごめんなさい。抑えが……全然、効かなくて」
「いや、僕の方こそ……君に……こんなことさせてしまって」
「嫌では、なかったです。すごく、気持ちよかったし……。ただ、やっぱり、これが正解だとも思えない」
「うん……」

言うべきか、言わないべきか、少し迷ったが、結局、自分の正直な気持ちを打ち明けることにした。

「これでは、あなたの想いに、応えたことにはならないと、わかってはいるんです。……でも、俺は、あなたのために、できることは、全部してやりたいと思っている」
「そっか……ありがとうな」
「降谷さん」
「うん」
「この感情が、何であろうと。俺は、真夜中に着信を聞いて……あなたを、抱きたいって思いました」

降谷さんが、俺の背中に腕を回した。

「風見、僕はね。恋であろうとなかろうと、君の気持ちが、うれしかったよ」

俺の首筋に、降谷さんが、唇をよせた。

「降谷さん……朝まで、あと少ししかありませんが……続きをしますか?」
「……うん」

降谷さんの体を仰向けにしながら、その上に覆いかぶさる。そして、俺たちは、キスをした。

俺の気持ちは、多分、降谷さんと同じではなない。
けれども、俺は、降谷さんのためにできることがあるのなら、何だってしてあげたいと思う。

そして、俺の腕の中で、快感にうち振るえるこの人が、ただの人間であると思い至るたびに、いつだって、たまらない気持ちになってしまうのだ。

 

【あとがきなど】

私は、ハロが大好きです。そういう気持ちで、最初の話を書きました。

そして、どう考えても、一つ目を書いた時点で、終わりにすべき話だったと思っています。

しかし、風見さんの匂いの染み付いた寝具で眠る降谷さんがどうなってしまうのか妄想したら、自制が効かなくなり、続きを書きました。

二つ目の話を書いた時点で「あ、この二人の感情の違い、確実に事故るやつじゃん」と思ったので、話の整合性とか、そういうのは度外視の上、二人が事故るところまで書きました(どちらかというと、風見裕也の自損事故に近い?)。

恋する相手に慈しみの感情で抱かれることと。自分に恋している人間を慈しみの感情で抱くこと。

私の脳内の風見裕也は、人助けの性行為ができてしまう男なので、時折、こういう事故を起こします。

そして……!!
初めて結腸責めを書きました!!!
結腸責めのことを、あまり理解していなかったのですが『直腸は20cm』と解剖学の教科書に書いてあったので、風見さんの竿は『20+x cm』を合言葉に、文章を書きました。
私は、毎日のように、風見裕也のチンコがデカいことを祈っています。

 

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