僕はファービーではない

〇風降小噺
〇軽めだけど性描写があるので18歳未満の方は閲覧をお控えください
〇冷感症な降谷さんのお話(だが性機能は正常)


 

僕は性的な快感というものをほとんど感じない。
そりゃあ、射精する瞬間には、多少、気持ちいいなあというか、すっきりする感じはあるけれども、それだけだった。
性的快感は伴わないが、刺激を受ければ勃起するし射精もする。性機能はおそらく正常に保たれている。
仕事柄、僕にはパートナーがいなかったし、だから、感じないことによる不利益を感じたことはない。むしろ、ハニートラップに引っかかりにくいという意味では好都合ですらあった。
勃起障害もなく精巣機能も保たれているわけだから、しばらく抜かないと、明け方、みじめなことになる。だから、定期的に自慰をした。ただ、それは、髭を剃ったり爪を切ったりするようなセルフケアの一つに過ぎなかった。

……と。
そのような話を、風見裕也にしたのは、彼から交際の申しこまれて数日後のことだった。
正直、僕は、部下である風見とそのような関係になることに、ためらいがあった。だから、僕の体質のことを知ったら、風見は僕ではない人に目を向けるのではないかと考えた。けれど、もくろみは外れた。風見は、そういう僕でもいいと言うし、僕は僕で、そこまで言われてしまうとなんだか断りにくくて、それで、僕たちはつき合うことになった。

風見裕也は僕のことをすごく好きだった。

彼は僕のことを、少しも変えようとしなかった。
僕がどれだけ音信不通になろうとも、小言をひとつ言うだけで、それ以上は深入りしなかったし。僕が、愛情表現の類を全くしなくても、苦笑いをしてそれを受け止めた。
それは、性行為の際も同様で、風見は、僕の冷感症を治そうとしなかった。むしろ『降谷さんのその体質…便利ですよね』などと、どうやら僕の体質すらも好ましく思っているようだった。

喘ぎ声については、最初の行為の際に確認をとった。それらしい声を出した方がいいのかたずねると、風見は苦笑いをして、その申し出を断った。

『降谷さん。感じてる演技とかしなくていいんで、普通におしゃべりしましょうよ。俺、なでまわしたり、なめまわしますけど。ちゃんと会話には応じますんで。そうだな…例えば、最近のワンちゃんの近況とか教えてください』

という具合に、風見は僕におしゃべりをするよう持ちかけた。
だから、僕たちのセックスは、いつだって言葉にあふれていた。僕は、最近作った料理のレシピとか、おいしいセロリの育て方とか、犯罪心理学の話とか、思いつくままにそんな話をした。風見は相槌を打ちながら、僕の体のそこかしこを、それはそれは丁寧に愛撫した。
僕の体は性的快感を拾わなかったけれど、風見の体の温かさとか。汗でしっとりした肌の質感とか、唾液のぬるっとした感触はわかった。それは決して不快ではなかった。入浴中にお湯のあたたかさを感じるような、そういう静かな心地よさがあった。
風見の少し荒くなった呼吸の音を聞くと、少しだけ、得意な気持ちになった。
僕は、ただ、ごろんと寝転がっておしゃべりをしているだけなのに。風見は僕の体で、勝手に高まっている。
さすがに、腹の中に、風見が入ってくると圧迫感でしゃべれなくなったけれど。汗だくになりながら、僕の上に乗っている風見裕也の眉間のしわなんかを見るのは、すごく好きで。気持ちよくはなれなかったけれど、僕は、風見とのセックスが嫌いではなかった。

感じない僕の体は、風見裕也の言う通り確かに便利だった。
僕たちは、カイシャの資料室で、こっそり行為をすることもできた。風見が、声と息をぐっとこらえながら腰を振るのがすごく色っぽくて、それを観察するのが、とても好きだった。

その日、僕たちは、久々にゆっくりとした時間を過ごしていた。僕と風見は数週間前に、今日までに同じ小説を読み終えるという約束をした。そして、仕事の合間を縫って、100ページほどの文庫本を読み切った。
食事も風呂も終えた僕たちがやることといえば、一つしかない。
僕たちはベッドにむかった。
照明を落とそうとする風見を静止する。そして、僕は仰向けになりながら、課題図書を開いた。
風見が自分の服を脱いで、パンツ一枚になり、僕に覆いかぶさった。そして、Tシャツの上から僕の体をまさぐり始めた。

「風見は、この小説のどのキャラが好きだった?」
「んー。主人公の兄ですかね? 降谷さんは?」
「そうだな……僕は、主人公の婚約者かな。彼女、実はものすごく計算高くて、賢そうだ」
「ああ。協力者にするにはいいかもしれませんね」

風見の指先が、僕の乳首をくにくにと刺激した。

「なあ。主人公がさ、婚約者にふられたと勘違いして、やけを起こすシーンあるだろ?」
「あー……あそこか。銀行の窓口で結婚資金を全部引き出そうとして、行員に振り込め詐欺を心配されるとこですね」
「そう、そこ。この小説、基本的にシリアスなのに、あのシーンだけコミカルなんだよな」
「ええ。印象的でしたね……」

風見が、僕の下腹に唇を這わせる
僕は、ぺらぺらと本をめくり、そして、目当てのページを開いた。

「なあ、風見。この小説。話の中盤に、仕事に嫌気がさした主人公が、何のために俺はこんなことを繰り返しているんだろうって、虚無感に襲われるシーンがあるだろ?」
「ええ」
「君さ……そんな風に思ったりしないのか?」

風見が、体を起こして、僕の顔をじっと見つめた。

「それは、仕事のことですか?」

そう言いながらも、風見は、僕の内ももをさわさわと、なでまわす。

「仕事……というか。たとえば、僕との関係とか?」
「降谷さんとの関係ですか?」

風見が、僕のズボンを脱がせながら首をかしげる。

「そうですね……降谷さんが何を考えているのか、よくわからないなと思うことは、ありますけど……それは虚無感とは少し違いますね。どちらかと言うと諦観……ですかね?」

僕は、ズボンを抜き取りやすいように脚を動かした。風見が、僕のズボンをベッドの下に放り投げる。

「なあ、風見。感じない僕の体をどうこうして、むなしくなったりしないのか?」

単刀直入に聞いてみる。
すると、風見は、僕から文庫本を奪い取って枕元に放った。

「まあ、確かに、最初は……とてもきれいなファービー人形を抱いているような気分になったこともありますね」
「おい、ファービー人形ってなんだよ」
「知らない? おしゃべりする、おもちゃの人形ですよ」
「いや、それは知ってるけど……そもそも、行為の最中になんかしゃべれって言ったのは君じゃないか」
「まあ、そうなんですけどね」

僕は、少しだけ、むくれた。風見が僕の頭をなでる。

「降谷さん、気持ちよくならないから気づいてないかもしれないけど。体はね、意外と反応してるんですよ」
「は?」

風見をにらむ。風見は苦笑いをしながら、ぺらりと僕のTシャツをめくった。

「明るいから見えますよね? 俺、ちょっとしか触ってないのに、降谷さんの乳首……勃ってるんですよ」
「……」

風見の指摘通り、僕のそこは、ぷっくりとしていた。なんだか、恥ずかしい気持ちになる。

「それにね……これは、さすがに、見えないんですけど」

風見の右手が、僕の左乳首をつまんだ。
それから、左手で、僕のへその周りを優しくなぜる。

「降谷さんのナカね。すごく具合がよくて。こうやって、乳首をぎゅーってすると、すごく締め付けてくるんですよ」

僕はとっさに、枕元の文庫本を手に取って、風見に投げつけた。本は、風見の顔に命中し、眼鏡がずるっとずり落ちた。風見は、眼鏡を直しながら、本を拾った。

「降谷さん」
「なんだ……?」
「小説の感想について語り合うのは今度にして、今日は、お互いの体の感想について語り合うのはどうですか?」
「なんだよ…それ」
「例えば……そうですね。降谷さんは、俺の体のどこが一番好きですか? とか?」

眼鏡の奥で、風見の切れ長の目が、きゅっと吊り上がったような気がした。
僕は「意地悪そうなその目つきが好きだ……」と答えそうになったけど、それをぐっとこらえた。

僕の体は、少しも性的快感を拾わない。
けれど、風見裕也のせいで、僕はすごく恥ずかしい気持ちになり、心臓がどうにかなってしまいそうだった。

おわり

 

【あとがきなど】

降谷さん、性機能は正常なのに、仲間たちへの申し訳なさとか、もろもろの原因で気持ちよくなれない体質だといいなあって思って書きました。
感じない降谷さんは、喘がないし、『頭がフット―しそうだよぉっっ』という気分にもならないので、セックスの時間、すごくおしゃべりをします。風見さんは、そのおしゃべりを楽しみつつも。降谷さんの知らないところで、勝手に降谷さんの体を開発していくんですね……。

この降谷さんの体質は改善されないかもしれないんですけど。それでも、風見さんは、降谷さんの体を堪能するし、降谷さんは風見さんの言葉や仕草を堪能するので、2人とも欲求不満にはならないと思います。

あるいは、そしかい後、あらゆることに整理がついて、降谷さんの冷感症が治るかもしれません……。
その場合、降谷さんは『快感への耐性は全くないのに、体はパーフェクトに開発済み』ということになります。

そして、風見さんに

『降谷さん、体質変わっちゃったから、もう資料室でえっちできないですね』

などと……軽く意地悪を言われただけで、スイッチが入ってしまう、とってもちょろい降谷さんが爆誕してしまうわけですね…

 

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