〇風見+降谷+景光のお話
〇CP要素はないつもりですが、これを書いている人は、普段風降を書いていて、ひろれを読みます。
〇茶のネタバレがあります
〇降谷零が自分で髪を切る理由を、私なりに妄想した結果、こうなりました
29歳の降谷零は、髪を自分で切る。
8歳の頃の降谷零は、理髪店で髪を切った。
13歳の頃の降谷零は「髪なんて、ぼさぼさでも問題なく生きていける」と、そんな風に思って理髪店に行くのを面倒がった。彼には、理髪店に行く時間よりも、勉強したりスポーツに打ち込む時間の方が大事に思えた。けれど、彼の親友は、そう思わなかった。もっと、身なりを気にすべきだと、降谷零に苦言を呈した。
降谷零は、冗談のつもりで言った。
「じゃあ、ヒロが切ってくれよ」
それで、13歳の降谷零は、諸伏景光の親戚の家の庭で髪を切るようになった。地面に新聞紙をひいて。ポリ袋を割いて作ったポンチョをかぶって。13歳の降谷零は、透き通るような青空の下、親友に髪を切ってもらった。
彼の親友は、彼と同じ13歳で。当然、理容師の免許を持っているわけではない。けれど、駅前のドラッグストアで買った、前髪切りばさみを使って、彼は器用に降谷零の髪を刈り取った。もちろん、多少の切りすぎや、切り残しはあった。しかし、降谷零の髪は、いろいろなベクトルで伸びていたから、多少のいびつさは、目立たなかった。
彼の親友は、降谷の髪型が、一番かっこよく見える形を知っていた。彼は、降谷零の親友で、そして、専属のヘアカッターだった。
諸伏景光が降谷以外の髪を切る機会があったとして、おそらく、それはうまくいかないだろう。彼には、降谷零の髪型をかっこよく仕上げる技術しかない。決して、髪を切るのがうまいわけではないのだ。
現に、諸伏は自分の前髪を自分で切って、何度か失敗した。
「ヒロ、僕の髪を切るのはうまいのにな」
だから、諸伏景光は、その生涯において、自分の髪を自分で切ることはほとんどなかった。
17歳の降谷零も、やっぱり、親友に髪を切ってもらった。
大学生になると、降谷は、自分のアパートの浴室で髪を切った。2人は、男同士で親友というやつだったから、降谷零は、パンツ一枚で散髪に臨んだ。スツールの下に、新聞紙を引く。ポリ袋のポンチョは被らない。
そして、
「はい、もういいよ」
と声をかけられると、新聞紙に髪を丸めて、スーパーのレジ袋の押し込んだ。
スツールをよかしてパンツを脱ぐ。
「ゼロってさ。顔のわりに、がさつだよな」
諸伏景光は苦笑いをしながら、スーパーの袋を持って、浴室を出た。
そして、降谷零は、金色の髪の破片をシャンプーと石鹸で洗い流した。
24歳の降谷零は、古びたビルの屋上で、髪を切った。ターゲットを待つ待機時間。その合間を縫って、降谷零は、親友に髪を整えてもらった。ビル風がびゅうびゅう吹くし。いつ無線が入るかわからない。だけど、ジョキジョキというハサミの音を聞くと、降谷零は何故だかほっとした気持ちになるのだった。
空は、青くて。やっぱり透き通っていた。
25歳の降谷零は、自分の髪が伸びていることを自覚した。けれど、専属のヘアカッターは、もうどこにもいなかった。そうとなれば、美容室か理髪店に行くべきなんだろうと考えた。けれど、何故だか、そんな気は起きなかった。
けれども、大嫌いなあの男みたいに、長髪にするのは嫌だった。
だから、降谷零は、10年以上前に、駅前のドラッグストアで買った前髪切りばさみで、自分の髪を切ることにした。洗面所の鏡をのぞきこみながら、ジョキジョキと髪を切っていく。もちろん、きれいに切れるわけがなかった。けれど、ジョキジョキというハサミの音を聞くと、なんだか、たまらない気持ちになって。だから、降谷零は、ハサミを止めることができなかった。
それでも、ある程度のことろできりをつけて。それから、結局、近所の理髪店にかけこんだ。理容師は、降谷零の髪の流れを読みながら、彼の髪をきれいに整えた。けれど、なにかが、物足りなかった。
それから、しばらくは、理髪店に通った。
行きつけの店を作るわけにはいかないから、毎回毎回、違う理髪店を訪れた。
髪のプロたちは、丁寧に彼の髪を整えた。しかし、その仕上がりは、降谷零の専属のヘアカッターだった男の仕事には、到底およばなかった。
26歳になった頃、降谷零は、理髪店で髪を切ることをやめた。近所の理髪店は、だいたい制覇してしまった。確かに腕のいい理容師はいた。でも、何かが違った。だから、その何かを探すために、降谷零は自分で髪を切った。
失敗をした時には、理髪店で整え直しててもらうこともあった。
けれど、だんだんと、そういう失敗はしなくなった。大昔に、駅前で買った1500円ほどの前髪切りハサミは、まだ現役で。そのハサミが、ジョキジョキと音を立てるのが、とても気持ちよかった。
「降谷さんは、どこで髪を切っているんですか?」
ある日カイシャで同僚に聞かれた。降谷零は「自分で切っているよ」とは、言わなかった。
「ああ。仕事柄、同じ店には行けないから、店は特に決めずに、適当なところで切っているよ」
29歳の降谷零は、自分で髪を切る。
彼の部下である風見裕也は、最近その事実を知った。そして、ひっかかりを覚える。
(それにしたって、どうして降谷さんは、自分が来る直前に髪を切ったりしたんだろう? まあ、降谷さんだからな……あの人の考えていることは、よくわからない)
違和感を持ったのは、風見裕也だけではなかった。
(あの時、どうして僕は、自分で髪を切っていることを話したんだろうか? 今まで誰にも話したことがなかったのに……)
けれど、深くは考えないことにした。そして、その2週間後も、降谷零は自分で髪を切った。
それから、数か月が経った。2人は自分たちが感じた、ごくごく小さな疑念のことをすっかり忘れていた。
秋の始め、風見裕也が安室透の部屋を訪れた。仕事が忙しくて、散髪をする暇がなかった降谷零の襟足は、だいぶ伸びていた。
「おはようございます。お迎えにあがりました」
「うん」
「あれ……? 降谷さん。襟足、ずいぶん伸びましたね」
「ああ、そうかもしれん」
「……今日の予定ですけど、結構、余裕ありますし。今、切ってはどうです? タイミングを逃したら、また、しばらくは切る暇がないかもしれないですし。俺、散髪が終わるまで、ワンちゃんと遊んで待ってますから……」
降谷零は、右手で自分の襟足の長さを確認した。
「確かに、だいぶ伸びてるな」
風見は、しゃがみこんでハロを呼んだ。
「降谷さん、髪が伸びててもかっこいいですけど。なんとなく、もう少し短い方が、降谷さんぽい感じがします」
「僕っぽいって、なんだよ」
「うーん。しっくりくる感じ?」
風見裕也は、そう言いながら、ハロをなでた。
「……しっくりくる感じ、ね」
「ええ」
「……じゃあ、切ってくる。ついでにもう一度シャワーを浴びるから、時間……30分ほど見てもらってもいいか?」
「了解しました。では、いってらっしゃい」
風見裕也に送り出されて、降谷零は、着替えを準備をし、浴室に向かった。
服を脱いで髪を切る。降谷零は、やや豪快にハサミを動かし、襟足をジョキジョキと切り取った。
風見裕也は、ハロと遊びながら、あることを思い出した。それは、交番勤務していた頃。精神保健に関する研修を受けた時の記憶。
「髪を自分で切ることは、自傷の一種だと解釈する場合もある……ね」
風見は、ハロに顔をぐっと近づけた。
「なあ、君のご主人……寝つきが悪かったりとか、途中で目が覚めたりとかしてないか?」
ハロはふいっとそっぽを向いた。そして、すたすたと部屋の隅まで歩き、犬用のおもちゃをくわえて戻ってきた。浴室からシャワーの音が聞こえてくる。
「黙秘か……」
風見は、苦笑いをしながらおもちゃを受け取った。
(あの人に限ってそんなことはないと思うけれど。この「あの人に限って」というバイアスが厄介だ)
そんなことを考え、風見裕也は少し不安な気持ちになった。だが、ハロと遊ぶうちに、少し気が晴れた。
やがて、洗面所から、ドライヤーの音が聞こえてきた。その音を聞き、風見は自分の鼓動が速くなるのを自覚した。そして、10分経過した頃、降谷零が洗面所から出てきた。ハロが二人の顔を交互に見る。
「どうかな?」
と、降谷は言った。そして、体をひねって、自分の襟足を風見裕也に見せた。
その襟足は、きっちり切りそろえられているわけではなかったが、とても自然に降谷零のうなじを覆っていた。それを見て、風見裕也は、自分の取り越し苦労を確信した。
「ああ、やっぱり、しっくりきますね」
「うん」
「その長さが、一番、かっこよく見えます」
「そうだろ?」
「降谷さんは、セルフプロデュース能力も高いですよね。髪型ひとつとっても、どうすれば、見栄えが良くなるかを理解している」
(セルフプロデュース……ね)
髪をかき上げながら降谷零は言った。
「かつて、僕には専属のヘアカッターがいたんだ」
「え…? 専属の……ですか?」
「そう。そいつに任せておけば、僕の髪型はいつも完ぺきだった」
「はあ……そうですか」
コホンと、咳ばらいをしてから、降谷は言う。
「……さて、専属のスタイリストさん。今日の僕のネクタイを見繕ってくれるか?」
「え……? 専属のスタイリスト……? ですか?」
「……君のことだよ。僕は君に言ったんだ。まさか、ハロに言ったと思ったのか?」
「いや……なんていうか、まさか自分のことだとは思わなくて……」
「じゃあ、今から君を僕の専属スタイリストに任命してやる。というわけでさっさとタイを探してこい」
「はい! 専属スタイリストの役職…拝命いたしました! ネクタイ、全力で選ばせていただきます!」
終わり
【あとがきなど】
降谷さん、何で髪を自分で切るんだろう……という素朴な疑問から妄想を広げたら、こうなりました。
そして、その妄想の中で
「髪をセルフカットするのは、実は自傷の一種かもしれない」
という言葉を思い出し、これを軸にお話を書いてみました。
降谷零のセルフカットは、自傷なのか、それとも、ただの散髪なのか……というお話。
タイトルの「hair cutter 」は、髪を切る人という意味もあるし、髪切りばさみという意味もあるらしいです。
(Exclusive)は「専属の」という意味だと辞書に書いてあったんですが。よくよく、辞書を読んでみると「排他的な」という意味もあって。なんだかたまらない気持ちになり、つけ加えてみました。
降谷零にとって、諸伏景光は過去であり無意識的存在。風見裕也は「今、ここ」の現実であり意識的存在なんだと思っています。
意味がかわからない?
安心してください。
書いている本人も、意味わからねえなって思っています。