鮎の塩焼きが出てくるまでの45分間。僕たちはもどかしさでどうにかなりそうだった。

〇つき合う前の風降
〇居酒屋の個室で、お互いのことをかわいいと言い合うだけの話
〇わいぽりのネタバレが少しあります


 

僕は、時折、風見裕也と食事をする。
公園のベンチで背中合わせに座って、コンビニのおにぎりを食べることもあれば、偶然を装うって相席になりカレーを食べることもある。普通にラーメン屋に行ったり焼き鳥を食べに行ったこともあった。

風見が見つけてきた、和風居酒屋。
掘りごたつの個室で、僕と風見は乾杯をした。クールビズ、だというのに。僕も風見もネクタイを結んでいたから、よく冷えたビールがとてもおいしく感じられた。
ジョッキを置き、改めて、メニューリストに目を通す。

一週間前、僕は、なんとなしに「鮎が食べたい」と言った。
そしたら、風見がこの店を見つけてきた。風見は忙しい合間を縫って、わざわざ、ここを下見したらしい。インターネットの口コミでも十分に情報がわかるこのご時世に、なんて律義な男なんだろう。
鮎の塩焼きの写真と共に「この店、おいしかったんですけど、今度ご一緒しませんか」というメッセージが送られてきたのは、おとといの夜だった。そして、添付画像の鮎の塩焼きがあまりにもおいしそうだったから、僕はすぐに「明後日の夜なら行ける」と返事をした。

メニューを定位置に戻し、つき出しを食べる。数の子が少し入っていて、食感がいい。調味料は何を使っているのかなど分析しながら、料理を味わう。すると、風見が満面の笑みで

「うわ……これ、うまいですね! おととい食べたやつより好きかも……」

と、言った。
お通しを、おいしそうに頬張る30歳。身長は180センチを超えていて、眉毛はちょっと薄くて、目つきが悪くて、眼鏡をしていて、ちょっと面長の輪郭。目の前の男は、警視庁公安部の刑事であり、汚れ仕事もそれなりにこなす(主に僕の指示で)。そういう男に対して、僕は、不覚にも

(かわいい)

と、思った。
そして「これくらいのものなら、僕でも再現できる」と言いかけたところで、僕は箸をおろした。……いや、だって信じられるか? 風見裕也をかわいいと思った上に、僕は今、彼の中に、過去の自分を見た。
衝撃のあまり、僕は風見の話に相槌を打つのを忘れた。
風見裕也は僕の右腕で、しかも公安の刑事だから、僕の様子がおかしいことに、すぐ気がついてしまう。

「降谷さん……どうしました? もしかして、お加減でも……?」

「少し考え事をしていた」とでも言えばよかったのに。動揺していた僕は、そんなことにも気づけなかった。
馬鹿正直に「風見をかわいいと思ったり、風見の言動に昔の自分を重ね合わせたことに対して衝撃を受けた」などと言うわけにもいかない。そして、焦った僕は、とっさに

「いや……昔の僕って、かわいかったんだなとか、そんなことを思ってた」

と言った。

――失言

なんだこれ。確かに、お通しを食べる風見裕也がかわいいということは、かつて同様の行動をとっていた僕も、かわいかったのかもしれないけど……。いくらなんでも、発言がナルシストすぎる。

「ああ……」

風見が、箸をそっと置く。

(すまん……なんか…変な空気にしてしまって……。せっかく店を見つけてきてくれたのに……)

心の中で謝罪をしながら、場の雰囲気を変えるような話題を探す。
風見が、ビールを一口飲んで、ネクタイを少しゆるめた。
そして

「そりゃあ、絶対にかわいいですよね……若い頃の降谷さん。……いや、今も若いか? というか、俺より一つ下って嘘でしょって思うくらいに、今のあなたもすごいかわいいですよ」

と、やや早口にのたまった。

「なんだそれ?」

「えー……降谷さんが、かわいいって話ですよ。嫌?……ですか? かわいいって言われるのは?」

「いや……、ちょっと変な感じがする」

ああ、でも、風見が二十九歳の僕をかわいいと思っているということは、僕が風見のことをかわいいと思ってしまったのも、おかしなことではないのかもしれない。ポアロに来る女子高生たちも、すぐに、かわいいを連呼するし。kawaiiは、日本文化の一つになりつつある。
などと、そんなことを思いながら、僕も風見の”かわいい”に乗っかってみることにした。

「まあ、でも。僕も、風見のこと、かわいいって、ちょっとだけ思ったよ。お通しを食べる君、なんか、かわいかった」

僕は、しゅるりとネクタイを外し、それを、鞄にしまった。シャツのボタンを一つ外したところで、はっとする。今度は、風見が、相槌をしない。風見の顔を見る。風見はうわばみというほどではないが、決して酒には弱くない。なのに、彼は、顔を真っ赤にして目を泳がせていた。

「おい、風見……顔が赤いけれど、どうしたんだ?」

と、言いながら、僕は自分の鼓動が速くなるのを感じた。だって、やっぱり、なんか、風見がかわいい気がする。

「ああ、いえ、その……降谷さんが、かわいいって言うから……なんか、不意打ち過ぎて、照れました」
「はあ?! 君だって、僕にたくさん、かわいいって言ったじゃないか? それが、どうして、自分が言われた途端に照れるんだよ?!」

なんだか、僕まで恥ずかしい気分になってくる。僕の顔も風見みたいに赤くなっているかもしれない。

「いや…その……自意識過剰だって、わかってるんですけど……自分は、あなたを口説くために、かわいいって言っていたので。……まさか、あなたから、かわいいって言われるなんて思わなくて……その…降谷さんが言った”かわいい”には深い意味がないのはわかっているんですけど……俺は、そういうつもりで言ってたから」

え……口説くって、好きってこと?
好きって……恋愛的な意味でどうこうしたいってことか?

「ごめんなさい、降谷さん。もう、ここまで言っちゃったから、白状しますけど。俺、あなたに対して、すげえ下心持ってますから……だから、安易な気持ちで、食事の誘いのメールにすぐ返事するとか……かわいいとか言うのやめたほうがいいですよ。勘違いしないようにはするけど。俺の中に、勘違いしたい気持ちが……無いわけじゃないですから」

風見の言葉のどれが口説くための言葉で、どれが弁解の言葉なのか区別がつかなかった。全部が全部、そういう意味に聞こえてしょうがなかった。そして、どういうわけか、それが少し心地よかった。そういえば、風見の部下たちが言っていた気がする。「風見さんって、声がいいよな……」とか。

「風見……君の声、確かに、いい声だな」
「あ、降谷さん、それです。それ、やめてください。そういう思わせぶりなの……ときめいちゃうんで」

風見が、そう言って苦笑いをした。今の僕には、それすらも、かわいく思えた。

「風見……」
「なんでしょう?」
「僕もさっきから、君の言葉に、ときめいてるみたいなんだけど、どうしたらいいんだろう」
「え……??!!! では……降谷さん…いいんです……か?」
「なにが…?」
「なにがって、その……俺たち、大人なんですから……察してください」

風見が、顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。

真面目に生きてきた僕は、口説くとか口説かれるとかよくわからないし。さっきから、どんどん速くなっていく鼓動をどうやって抑えればいいかもわからない。
でもさ、これだけは、はっきりとわかった。

「君、やっぱり、かわいいな」

fin♡

 

【あとがきなど】

23歳の時の降谷さんって、風見さんとちょっと似ているのでは……? という思いつきを話しにしてみました
・おいしそうに、お料理を食べるし……
・トラックがひっくり返るという、とんでもない物理的衝撃を受けながら、無事だし
(純黒の風見さん……本当に丈夫でしたよね……)
・何をするつもりなのか、教えてもらえないままに無茶ぶりされるし……

似てません?!!!!

というわけで。降谷さん、風見さんの中に、過去の自分を見出したりしないかな?
と思って、こんな話を書きました。

あと、風見さんの居酒屋の下調べですけど。
風見さんは、降谷さんとあわよくばと思っているから、下見をするんです。
律義ではなく……すけべなだけなんです……
でも、この降谷さんは色恋沙汰に疎いから、気づかないんですね。

それから、この降谷さんは、無自覚なだけで風見のことは結構好きだったんじゃないかと思いますね。
だから、食事の誘いにも即レスだし。日時も2日後を指定しちゃうんです。自覚していないけど、早く会いたいんだよ……だって、鮎を食べたくて仕方ないなら、一人で食べに行くはずですからね。
(なんなら、渓流釣りに出かけかねない人ですから……)

 

 

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