〇#風降プロポーズの日に投稿したお話
〇プロポーズから始まる風降
年の瀬が迫る、警察庁。その駐車場で、降谷零は久しぶりに愛車と対面した。
修理には十日かかった。
助手席に乗り込む。運転席には、降谷の部下である風見裕也が座っており
「お疲れさまです」
と、言った。
「仕上がりはどうだった?」
「業者と立会いの下、細かなところまで確認しましたが、新車のようにぴかぴかになっていたし、ここまで運転してきましたけどエンジンの具合も、すこぶる順調ですよ」
「そう。ありがとうな……」
その会話の途中で、降谷はあることに気がついた。
「……なあ、風見。なんだか、暖かいんだけど」
「ああ、気づきました? シートもだいぶ傷んでいたので取り替えたんですよ」
「……シートを変えたこと自体は構わないけど。でも……ヒーターは余計じゃないか?」
降谷が、そう言うと。風見は苦笑いをした。
「いいか? 風見。いつも言っているように、大事な血税をむやみやたらに使ってはいけない」
その言葉を受けて、風見裕也は周囲を見渡しながら言った。
「ああ。そのことでしたらご安心を。シートの品物代は経費で落としていませんから」
「……ん?」
「俺のポケットマネーですよ。給与三か月分です」
その言葉に、今度は降谷零が苦笑いする。
「そう……三か月分ね」
「受け取ってくださいます? 給与三か月分」
「……指輪じゃないんだな」
「そうですね。指輪だと、降谷さんつけないでしょう? それに、俺、あなたの薬指のサイズ、知らないですし……この時期の宝飾店で、俺みたいなのが一人でメンズサイズの指輪を探していたら、さすがにちょっと浮きますからね」
その状況を想像し、降谷は小さな声で笑った。
「で、受け取ってくださるんですか? 俺の給与三か月分」
「……ちなみに、受け取らないとどうなるんだ?」
「カイシャの経費で落とすまでです」
「おい……血税を盾に取るんじゃない」
降谷はシートベルトを締め、シートを少しだけ後方に倒した。
「だいたい、僕たち、つき合ってたんだっけ?」
「つき合ってないです。好きと言い合った事実もなければ、キスしたことすらない」
「それなのに、給与三か月分? しかも、血税を盾にとって僕を脅すとは、一体、何を考えてる?」
「深い意味はないですよ。ただ、仕事だけの関係って、俺の希望だけではどうにもならないことがあるじゃないですか……別に、今すぐ、どうこうなるってわけじゃないけど。でも、ずーっとあなたの右腕でいられるわけじゃない」
「ああ、それで、給与三か月分?」
「ええ。……ですから、降谷さん。俺をあなたの人生の右腕にしてくれませんか?」
降谷は、腕を組んで眉間にしわを寄せた。風見裕也は、そのことに気がついて、思わずぎゅっと目をつむった。
「いいぞ」
「……えっ?」
「受け取ってやるよ。君の給与三か月分」
「え……いいんですか? やったー!」
「市民の血税で暖を取るのは、居心地が悪いからな」
風見裕也が再び苦笑いをする。
「……そうですよね。すみませんでした。……さて、降谷さん、行き先はご自宅でよろしいですか?」
「ああ、そうだな」
「了解しました」
ヘッドライトが灯る。
「君、今日、少しだけ僕のところに寄れるか?」
「ええ」
「じゃあ、ハロに会っていけ」
「わあ! 俺に会いたがってるんですか?」
風見の表情がほころぶ。そして、降谷の愛車をゆっくりと動かし始めた。
「それもあるけど……ハロに報告しないとだろ。僕に婚約者ができたってことをさ」
「え……?」
「え、じゃないだろ。運転しながら、あいさつの言葉考えておけよ」
風見は、車を一時停止させた。
「あの……降谷さん」
「うるさい。僕は、寝るから、静かにしてろ」
「いや…でも」
「いいから。君は運転に集中しろ。僕、本当に眠いんだよ」
(君の給与三か月分のぬくもりが、すごく暖かで、心地がよくて、僕はなんだか眠くて仕方がないんだ)